第48話 私の選んだ道
(気付けなかったな)
と、レイシアが呟いた。
その時私はソファに座り、研究所の皆に貰ったお菓子を食べて、お茶を飲んでいた。ここは研究所のバルコニーで、風通しがよく、屋根が透明なので星空が綺麗に見える。
私の頭の隅の方で、レイシアはその真っ赤な瞳に遠くの方の景色を映した。
(何百回も死を繰り返してきた癖に、わたしは何も得られなかった)
目を閉じると、より彼女の姿が明瞭になる。
彼女の顔には寂寥と、後悔と、自分への苛立ちが色濃く滲んでいた。
(謎を解く鍵も、何とかする方法もあったんだ。なのにわたしは、何にも気付けないまま時間を無駄遣いした。同じ時間で、もっとできることはあったはずなのに)
馬鹿だなあ、わたし。と、彼女は言った。
私はお茶を飲み干してから、雲のない夜空を見上げる。
「……私が色々と動くことができたのは、あくまで元の世界の知識があったからよ」
何せ、レイシアと私とでは状況が全く違うのだ。
科学や医療が発展していないこの世界で生きていた彼女にとって、ウイルスやら寄生虫やらと言った概念は縁遠いものだ。私だって真っさらな赤子としてこの世界に生まれていたなら、解決策を打ち出すことなんてできなかっただろう。
それに、周囲の協力も大きい。特にセオドアだ。前回のループで彼に貰った手紙がなければ、私はずっと行き詰まったままだったかもしれない。
レイシアは初めのループでセオドアに殺されてから、その後彼には一度たりとも関わらなかったそうだ。それは多分、本当に彼のことが好きだったからなのだろう。好きだったからこそ、これ以上傷つけられたくなかった。その気持ちは理解できる。
「それに、そんな時間があったからこそ、こうして私がこの世界に来られたんだし」
レイシアが過ごした時間だって、決して無駄じゃなかった。確かに素敵な時間だったとは言い難いのだろうけど、今私がこの世界で生きているのは、彼女の数百年があったからこそだ。
(……ミコト)
「はぁい」
(ねえ。ミコト。本当に……)
「なに。どうしたの」
(……やっぱり。わたしに身体、返さない?)
「? 急になによ」
(人格の、主導権の交替。できるんでしょ?)
「……」
(そうすれば、あなたは死の苦痛なんて感じずに済むし。わたしは慣れてるから、どうってことないし……)
「……嫌よ。返さない」
(ミコト、)
「ふわふわの金髪、かわいくて気に入ってるもの」
私は指に髪を巻きつけて笑った。
レイシアは顔をぐしゃりと歪め、それから私と手を繋ぐみたいに言った。
(……一人に、しないからね。絶対)
「ええ」
(ひとりにしないでね……)
セオドアがかけた時間遡行の魔法。あれは肉体に刻まれたものだ。この身体の中に収まっている魂を過去へと送り飛ばすもの。ならば理論上は、私もレイシアも同時に同じ地点へ遡行する、はずだ。これに関しては、セオドアの見立てを信じるしかない。
レイシアの魂を起こしたのは、単に記憶の容量を増やすためだけではない。私だって、このいつ終わるかも分からない旅路に、一人で挑む勇気はなかったのだ。
傍で手を繋いでいてくれる誰かが欲しかった。
「……れ、レイシア。ミコト」
「あ」
すると、馴染みのある声が聞こえた。
私は声の聞こえた方へと振り返った。そこにはセオドアの姿がある。彼は長い前髪の隙間から目を覗かせて、柱の陰から少しだけ顔を見せていた。それは好きな女の子に頑張って声をかけた引っ込み思案の子供のような態度だった。
私は「こっちに来なさいよ」と言って、彼を傍へ呼んだ。研究の結果、数分近くに居る程度で変異体Xが暴走することはないと判明している。短い間の接触ならばさして問題ない。
「……き、聞いた、よ。四年が経ったら。死んで、またやり直す、つもりだって」
彼は少し距離を取って、隣のソファに座った。そして俯き、地面を見ながら呟く。
私は意外に感じた。きっと、セオドアは血相を変えて私を止めるだろうと思っていたからだ。
「怒らないのね。それって、レイシアを殺すということでもあるのよ」
「き、君は、それが最善だって、判断したんだろ。なら僕には、それを止めることなんて、できない」
レイシアは、彼の顔をじっと見つめていた。
セオドアは深く息を吐き、それから自分の頬を両手で叩いた。
「僕は、僕にしかできないことを、やる。だって、君が過去に引き継ぐつもりなのは、悲劇の回避方法だけじゃないんだろ」
「……ええ」
「僕がレイシアにかけた魔法を解く方法。君は、その知識も持ち越すつもりなんだろう? だから君はあの時、『どれだけ時間がかかってもいい』だなんて言ったんだ」
セオドアの言う通りだ。
肉体が死ぬと魂が過去に送られる。そんな魔法を解く方法を、セオドアには調べてもらっている。けれど、これもまた途方もない時間が必要な難題だ。だから私は、人工精霊の作成方法と共に、ループを解除する研究も引き継いで、次のセオドアへと渡すつもりでいる。
セオドアはそれを察していた。だから最初から、この計画が途方もない長期間に及ぶということを踏まえて、地道な研究を続けている。
「ひ、悲劇は、回避できたのに。まだ魔法が解けてなくて、寿命で死んだら結局振り出しに戻るとか、全然、洒落にならない、し」
彼は途切れ途切れにそう言った。
変異体Xを根絶させ、この国を救ったとしても、この身体にかけられたループの魔法が解けない限りは、真の意味で全てが解決したということにはならない。私とレイシアが本当に自由になるためには、彼の助力が不可欠なのだ。
私は「任せたわよ」と言って、彼に向かって親指を立てた。
「……そう言えば」
「?」
「ウォーレンは? 彼はなんて?」
「え」
「い、いや別に気になるわけじゃないけど。一応、話すことは、それなりに多いし。あくまで、一応だけど。だから、あいつが落ち込みすぎてないか、確認したいだけで……」
「──」
「……え? ま、まさか、言ってないわけ、ないよね?」
「そ、それはないわよ! ちゃんと伝えてるわ!」
自分の選択を、伝えてはいる、が。
『──そっか』
『それが、ミコトちゃんの選んだ道なんだな』
彼の反応を、どう噛み砕けばいいのだろうか。
「……彼が何を考えてるか、よく分かってないの……」
いつもみたいに直接距離を詰めて話をすればいい。なのに何故だか、面と向かって顔を合わせるのが少し怖い。その理由は、自分にも分からない。彼に対してそんな思いを抱いたことなんて、今まで一度もなかったのに。
「……君も、そんな顔すること、あるんだね」
「どういう意味よ」
私が顔を顰めると、セオドアは目を逸らした。
それから私はウォーレンのことを考えて、無性に彼に会いたい気持ちと、彼に背を向けてしまいたい気持ちの間で板挟みになった。私は自分の胸を押さえた。その奥の方に、黒い棘のようなものがつっかえているような感じがしたからだ。




