第44話 元凶の在処
「それで、ぶっ飛ばした結果がこちらよ」
私は埃を払うように手を擦り合わせつつ言った。
私の目の前には、蜂の大群に襲われたかのように顔中を腫らしたヴァージル侯爵が転がっている。勿論頑丈に拘束をして、身動きが取れない状態にして、だ。
魔銅鏡にその光景を映し出すと、アイザックやセオドアは「それ死んでないよね?」とでも言いたげな目線を私に向けた。
「死んでないわよ。むしろまだ殴り足りないくらいね」
この男が私たちにしたことを考えれば当然だ。レイシアも頭の中でうんうんと頷いている。
「ず、ずびまぜんでじだ……もう二度と悪巧みなんてじまぜんがら……許じでぐだざいッ……!」
「そう。でもあなた、覚えてないでしょうけど、物凄く私たちの恨みを買ってるの。だからもう一発殴らせなさい」
「っ、ひィィィィッ!!」
恨みを買う、というのは、タイムリーパー相手に一番やってはいけないことなのかもしれない。何故ならこうして時空を超えて、必ず恨みを晴らされるのだから。
追加でもう一発拳を入れた私はすっきりとした気持ちで、後ろに立っている見守り要員・ウォーレンの方へと振り返った。そして元気よく手を振る。
「清々しい気分だわ!」
「そ、そっか……。ちなみにこのオッサン、何したの?」
「国家転覆。プロムで学園の生徒たちに毒を盛ろうとしたの。あと私たちのことをいやらしい目で見てた」
「もう五十発くらい殴っておいてもいいんじゃねえ?」
ウォーレンは真剣な顔をして言った。
私はヴァージル侯爵を見下ろす。
「そうしたいのは山々だけど、気を失われたら本末転倒だから、ここまでにしておくわ」
今回のループで、私はウォーレン以外を連れず、二人でヴァージル侯爵の屋敷へと乗り込んだ。
それが何故かと言えば、今回は私が直接ヴァージル侯爵に事情を問い質したかったからだ。
私はヴァージル侯爵に最低限だけ近寄って、彼へ問いかけた。
「ねえ。あなたが使おうとした毒って、どんなもの?」
「ヒッ! ど、毒なんて、そんなッ」
「正直に答えなさい。さもないと──」
「わっ、分かった! 分かりました! はなすっ、話しまずッ!」
ヴァージル侯爵はすっかり顔を真っ青にして言った。
「りッ、隣国から密輸したっ、魔力を乱して精神を壊す毒ですッ!」
「それって即効性? 摂取してからすぐに効果が現れるもの?」
「いッ、いいえっ! 効き目が出るのは、早くても一か月は経ってからで……」
「……それは、調べればすぐに分かるようなこと?」
「は、はいっ」
私はウォーレンを見た。彼は首を横に振り、ヴァージル侯爵が嘘をついていないことを動作で示す。
私は知りたかったことを全て聞き終えて、それからすぐにヴァージル侯爵を手刀で気絶させた。もう起きていてもらう必要がなくなったからだ。この男の処遇は、まあおいおい考えるとして。
「……アイザック」
私は魔銅鏡越しに、アイザックへと声を掛けた。
彼の青い目を見て、私は少し息を吸ってから言う。
「単刀直入に言うわ。──私は、国王を、あなたの父を疑っているの」
鏡の向こうで、彼が息を呑んだことが分かる。
私は話を続けた。
「前回のループで、私はヴァージル侯爵の身柄を国王に引き渡したわ。そして王国の審問官によって、その罪の全てを明らかにされた、はずだった」
けれど王は私に、使われていた毒が「遅効性」のものであるということを知らせなかった。
私は王に、悲劇はヴァージル侯爵の用いた毒によって「すぐに」起こるはずだった、と伝えていたにもかかわらず、だ。
つまり彼は前ループ時、悲劇の直接的な原因がヴァージル侯爵ではないということを知っていたのに、それを隠蔽していたということになる。
「国王は確実に何かを隠しているわ。……あなたにとっては、受け入れがたいことかもしれないけど」
彼にとっては実の父親なのだ。受け入れられないなら、それも仕方がないことだと思う。
けれど、浮かんだ疑念のことは正直に伝えておかねばならないだろう。たとえそれで、アイザックの協力を失ったとしても、だ。
「あなたが苦しく思うなら、これからは私たちに協力せずとも構わないわ。ただあくまでも公平に、邪魔立てはしないでもらえると助かるのだけど……」
『──えっ? 邪魔?』
「え?」
『僕が、かい? 君たちの?』
アイザックは、本当に予想もしていなかった言葉を投げかけられた、とでも言わんばかりに目を見開いていた。
私は首を傾げる。
「私、あなたの父親を疑っていると言ったのよ? 嫌な気持ちにならなかった?」
『……ああ。そういう、ことか。それは、その、うん』
アイザックが頬を掻く。その顔は、私が想像していたよりもずっと深刻じゃない色合いをしていて、私の方が拍子抜けするくらいだった。
『普通だったら驚くし、悲しく思うのかもしれないね。……でも僕は実の所、父上とはあまり関わったことがないんだ』
実の父相手に“関わったことがない”なんて、凄く変だと思うけどね。と、彼は俯きながら呟いた。
『僕の母上が病に臥せっていることは、多分皆知っているだろう?』
「ええ」
『……母上が病を患ったのは、僕とエドガー兄さんを産んでからなんだ』
彼はぽつぽつと語った。
『ただでさえ魔力を持った双子を産むのには負担がかかる。その上僕は、母上の持っていた魔力のほとんどを奪って生まれてしまった。だから母上は魔力欠乏症に陥ったんだ。体内で魔力を生成できなくなって、次第に生命力すら衰えていく病だ』
彼は自身の眉間を押さえた。
『僕の魔力は、母上にだけは適合しなかった。だから僕には母上の病気を治すことはできなかった。父上からすれば、僕は憎しみの対象でしかないだろうね。大事なものを奪っておいて、それを返すことすらまともにできないんだから』
彼は自嘲するように唇を曲げる。
『だからかな。父上は、僕にも兄さんにもほとんど話しかけることがなかった。王子としての教育は施してくれたし、何不自由ない生活を与えてくれた。それはとても有難く思ってる。でも根本的な所で、父上は僕たちに無関心だった。それが分かっていたから、兄さんはこの国を離れたのかもしれない』
アイザックは、『だから』と言葉を続けた。
『僕は、父のことをよく知らない』
「──」
『確かに、期待も信頼もしているよ。でもそれは父としてのものじゃなくて、この国の王として尊敬できる人であってほしいという気持ちだ。それは多分、民衆が王に向けて手を振ることと変わりないのだろう』
彼が顔を上げ、私を真っ直ぐに見つめる。
『僕は君と、レイシアを信じている。だから君たちが、父上が重大な秘密を隠していると疑っているのなら、僕もその真相を確かめたい』
正直に言って、私は驚いた。
だって私はこれまで、彼の心の弱さを多く見てきたのだ。その大半は彼の心を蝕む何かのせいだったのかもしれないけれど、それでも彼の精神に脆い部分があるのは事実だった。
けれど今の彼は、周囲と自分を比べ嘆くのではなく、ただひたむきに真実を追いかけていた。そうして一人でも多くの人を救いたいと祈っていた。私は彼の顔を見つめ、それから深く頷いた。
数秒の間を置いてから、ウォーレンが「にしても」と言う。
「王様は何考えてんだ? 病気が広がってることを知られたら不都合だったのか?」
『……最近では隣国との情勢が悪化しているとも聞く。それが何か関係しているのかも……』
皆が顔を下に向けて思案に暮れる。
私は、そもそもこの病の原因が、いつどこで発生したものなのかを考えた。
たとえば元々病原体を持っていた生物が居て、そこから人間に移っただとか。あるいは病原体に汚染された水が国内に出回っているだとか。
もしくは──。
『──人為的に、作った?』
セオドアが呟く。
私はその微かな言葉を拾い、そして勢いよく顔を上げた。
かつてセオドアから聞いた話を思い出す。
魔法士は極限状態に追い込まれることで覚醒状態へと至る。魔力量は爆発的に増大し、奇跡にも届くほどの魔法を行使できるようになる。これまでのループにおいて発狂した者たちもまた、恐らくはこの覚醒状態へと達していた。
もしもこの病の原因である“何か”が誰かの手によって作られたものなのだとすれば、その目的は感染者を覚醒状態へと至らせることにあったのではないだろうか?
そうだとすれば、それはどこで作られた?
人の身体に住み着き、魔力を餌にし、そして覚醒状態を作為的に引き起こせる、そんな生物を作ることのできる場所は──。
「──あ」
私は口を押さえた。
そうして頭の中でレイシアと顔を見合わせ、それから互いに頷き合ったのだった。
× × ×
「マルファン所長」
廊下で部下に呼び止められたマルファンは、焦る気持ちを身体の奥底に何とか押さえつけながら、「何だ」と言って振り返った。
何も知らない部下は、気さくな笑顔を浮かべて片手を挙げる。
「所長をお呼びになっている方がいらっしゃいまして……」
「はあ。何の用事で?」
「さあ……詳しくは分かりませんが、とにかく“この研究所の責任者を呼んでほしい”と」
マルファンは内心で舌打ちをした。
何やら面倒事の気配がする。今は一刻の猶予もないというのに。
マルファンは部下に、「まずは面会の約束を取り付けるよう説明しておいてくれ」と言いつけ、彼を下がらせた。
今は他事に手を回せる状況ではないのだ。早く対処法を見つけなければ。早くどうにかしなければ。そうしないと、この国は──。
「──あなたがマルファン・モドラートね」
その時、不意に名を呼ばれた。
振り返ってみれば、美しい金色の髪を靡かせた少女と、その後ろに立つ黒縁の眼鏡をかけた緑髪の青年の姿があった。
彼女は迷いのない足取りでマルファンへと近寄り、そして目の前で立ち止まる。
「私はレイシア・エルフェドール。名前くらいは聞いたことがあるかしら」
「え、」
マルファンは目を見開いた。
エルフェドールと言えば、かの有名な公爵家ではないか。つまり彼女は、公爵家の御令嬢ということになる。
マルファンは慌てて頭を下げた。自分を呼びつけていたのは彼女だったのか。公爵令嬢からの呼び出しを無視することなどできない。
しかし、一体何の用で。
「あなたに聞きたいことがあるの」
「は、はあ……」
「内密に話せる場所はある?」
そう尋ねられ、マルファンは彼女たちを地下研究所の所長室へと案内した。
彼女はマルファンの対面に座り、そしてその深紅の瞳でマルファンを射抜く。
マルファンはその視線に狼狽えつつも、彼女に問いかける。
「そ、それで……話とは。どのような用件で?」
「あなたたちが生み出した魔法生物について」
喉を鋭い刃物で掻き切られたような心地になった。
彼女の言葉が胸に突き刺さり、心臓が止まったかと思うほどの寒気に襲われた。
彼女と目が合わせられなかった。
それは彼女の疑問が、マルファンの抱えていた苦悩の核を貫くものだったからだ。
「ねえ、マルファン。真実を教えてちょうだい」
「っ、ぅ、ぁ」
「──この魔法士養成学園の地下研究所で、あなたたちが一体何を作り出してしまったのか」




