第38話 レイシア・エルフェドール
× ? ×
視界が揺れる。
わたしは何かに腰掛けながら俯いて、自分の膝を見つめている。
意識がぼんやりとしていて、自分が今何をしているのかも分からない。寝すぎたあとの寝起きのように頭が回らず、ただ心地の良い揺れに身を任せるしかない。
『まもなく、茅ヶ崎、茅ヶ崎。お出口は、右側です』
するとどこからか、抑揚のない女性の声が聞こえてきた。魔法で拡声でもしているのだろうか。不思議と耳の奥に染み渡る音声だ。けれど、言葉の意味は分からない。
わたしはその時やっと顔を上げた。
そうして気が付いたのは、自分が動く箱のような何かに乗せられていること。
そして、目の前に一人の少女が座っていることだった。
美しい少女だった。
艶々とした黒髪を針のように真っ直ぐに伸ばしていて、前髪の先もまた定規で引いたかのような美しい一直線を描いている。
彼女は水兵が着るような白いセーラー服と、膝丈で紺色のスカートを身に纏っていた。そうして長い睫毛を伏せ、静かに本を読んでいる。
わたしはその花のような姿に見惚れ、思わず息をすることさえ忘れてしまった。
なんて綺麗な女の子なんだろう。
あれ。でもわたしは、彼女の顔を、どこかで。
わたしはしばらく彼女を見つめ、それからふと我に返り、辺りを見回した。
広い長椅子にはわたしと彼女だけがぽつんと腰掛けていて、周りに他の人の姿はない。不自然なほどに静かな空間だ。まるで夢の中に居るみたいに。
すると突然、対面に座っていた彼女が、持っていた本を静かに閉じる。
「──はじめまして、と言うべきかしら?」
彼女の桜色の唇から、凛とした声が紡がれる。込められた意思の強さで人を打ちのめすような、そんな明瞭な声色だった。
彼女の大きな黒い瞳が、わたしの方へと向けられる。
わたしは彼女の顔を真正面から見て、そうしてやっと気が付いた。
「あんまり初対面な気はしないけど、でもこうして話すのは初めてだし。それならやっぱり、うん。はじめまして、が正しいわね」
彼女は立ち上がり、長い黒髪を手の甲で払う。
そうして彼女はわたしの前に、腰に手を当てて立った。その姿を見たわたしは、心臓を握り潰されたような気分になる。
「はじめまして。私の名前は黛ミコトよ」
「──ぁ」
「やっと会えたわね。──レイシア・エルフェドール」
そう言って不敵に笑う彼女は、確かにわたしが自分の呪われた人生を押し付けた女だった。




