第37話 恨めしい女
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わたしは、どこかで悪いことをしたのでしょうか。
だから神様から、こんな罰を与えられているのでしょうか。
だとしたら、わたしは善行を積みます。
やりたくないけれど、人助けをします。わたしを殺した人たちにもうんと優しくします。わたしを切り刻んだ人たちも抱きしめます。困っている人も、困っていない人も、皆わたしが幸せにします。
そうすれば、神様はわたしを許してくれますか?
わたしはあとどれくらい善いことをすれば、この地獄を終わらせてもらえますか?
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ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
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──。
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────。
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──ああ、そうか。
これは、神様の罰なんかじゃないんだ。
悪いことをしたから、こんな目に遭っているんじゃない。そういうことじゃないのだ。
わたしの地獄に理由なんてない。
あるとすれば、それはただ「運が悪かった」というだけのこと。
わたしは外れのくじを引いた。だから地獄に突き落とされた。
ただ、それだけのことなのだ。
「──なら、誰かが代わりになってよ」
誰でもいいなら、わたしじゃなくてもいいだろう。
わたしはもう十分頑張ったじゃないか。できることは何でもやった。わたしなりの最善を尽くした。それでも駄目だったのだから、仕方がないだろう。
そうだ。これは、仕方のないことなのだ。
もうわたしには、こうするしかないのだ。
「精霊じゃ、魂の形が違いすぎる。わたしの身体に適合しない」
呼び出した精霊に身体の主導権を渡そうとしたが、魂の形があまりに違うために、わたしの肉体に完全に馴染むことはなかった。
わたしは親指の爪を噛み、舌打ちをした。
これでは駄目だ。精霊の意識をわたしの身体に移すことは不可能だ。
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それならば、もっと近い形の魂を探せばいい。
わたしの身体は異世界と繋がる門のようなものだ。つまり、無数に存在する異世界の中から、わたしの肉体に適合する魂を見つける必要がある。
「異なる世界から魂を……。死亡した直後の魂なら、こちらの世界に呼び出すことが可能?」
そうして呼び出した魂を、わたしの身体に定着させる術式を組み上げる。
そうすればわたしの意識は身体の奥底に沈み、呼び出した魂に主導権が渡るはずだ。
「それなら、わたしは解放される──!」
この呪われた身体と運命を押し付けることができるだろう。
わたしは自分の肩を抱いた。頬を温かい雫が伝う。身体の震えが止まらず、ひとりでに口角が持ち上がった。
誰かを犠牲にすることで、わたしは自分の不幸を手放そうとしている。最悪だ。最低だ。人間失格だ。
分かっている。それでもわたしは、自分のことが可愛かった。自分だけ助かれば、あとはもうどうでも良かった。
わたしはわたしが大事だ。もうこれ以上苦しみたくないのだ。自分を優先して何が悪い。人間なんてそんなものだろう。わたしを責める権利があるのは、わたしと同じ地獄を味わった者だけだ。
わたしは必死に自分を正当化した。「こうするしかないんだ」と自分に言い聞かせた。
それでも震えは止められず、わたしは壊れたように笑いながら泣き続けた。
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この肉体に適合する生物の居る世界を見つけるまでに、相当な時間を要してしまった。
けれどわたしはやっと探し当てた。
この「地球」という名の異世界には、こちらの世界の人間とよく似た生物が多く存在していた。
──よく、見える。
長い年月を重ねる中で、わたしの媒介体としての能力は大きな成長を遂げた。
こうして異なる世界を覗けるようになるまで、随分と歳月を費やしたものだ。今ではまるで空に目がついているかのように、自由に異世界を見渡すことができる。
この地球には魔力を持つ人間が居らず、代わりに「科学」とやらが随分な発展を遂げているらしい。けれどそれ以外は、こちらの世界とあまり変わりない。地球に住む人間の構造も、こちら側の人間とほぼ同一だ。
これならこの世界の人間の魂を呼び寄せ、わたしの身体に乗り移らせることができるだろう。
わたしは地球という広い異世界を見回した。
呼び寄せられるのは、今この瞬間に死んだ人間の魂だけだ。とは言え地球には大量の人間が住んでいて、その分毎秒誰かが命を落としている。つまり選択肢は星の数ほどあって、わたしは誰を呼び出すべきか悩むことになった。
──本来なら、悪人の魂を選ぶべきだったのかもしれない。
今からわたしは、刑期のない地獄を肩代わりさせるのだ。ならばその相手は、せめてどうしようもない罪人であるべきなのかもしれなかった。
今更わたしの肉体がどう扱われようが構わない。わたしの身体を使ってどんな悪事を働かれてもいい。だってどうせ、死ねば振り出しに戻る。ならわたしの身体にどんな腐った魂が入ろうが、別にどうだっていい。
だからわたしは、どれだけ苦しんでも心が痛まないような、そんな悪人を呼び寄せるべきなのかもしれなかった。
それなのに。
「──危ない!」
わたしは見てしまった。
わたしの心を焼き焦がす、太陽みたいに光り輝く少女の姿を。
彼女は自分の命を犠牲にして子供を救った。
ネジが緩み、落下してきた巨大な看板。その下にいた子供を突き飛ばし、自分が看板の下敷きになった。
素晴らしい美談だった。見ず知らずの他人のために、彼女は自分の命を呆気なく差し出したのだ。
その姿を見て、わたしは──どうしようもなく嫉妬した。
『きっと、愛されて育ってきたんだね』
誰かのために命をかけられるというのは、きっとそういうことだ。
他人のために何かを成せる人間は、それを可能にするだけの優しさを周囲に与えられてきたのだ。
『誰かに殺されそうになったことなんて、一度もないんでしょ?』
誰にも届かない声で、わたしは呟く。
『理不尽な敵意に晒されたことなんて、一度もないんでしょ』
それがないから、赤の他人のために命をかけられるのだろう。
わたしには、もう無理だ。自分の命を磨り潰して誰かを助けるだなんて、できるわけがない。
それどころか、自分を楽にするためだけに、見ず知らずの他人に永劫続く痛苦を背負わせようとしている。
そんなわたしの前に現れた彼女の、なんと眩しかったことだろう。
眩しくて、綺麗で、美しくて、それが憎くて憎くて仕方がない。
殺したいほど羨ましくて、泣きたいくらいに恨めしかったのだ。
『──わたしと同じ地獄を味わっても、あなたの心は綺麗でいられる?』
否。そんなことは有り得ない。
美しかった彼女も、きっとわたしと同じ結論に辿り着くはずだ。
この苦痛を誰かに押し付けたいと。他人を犠牲にして自分だけは助かりたいと。そう思わずにはいられないだろう。
ああ、分かっている。
これはただの醜い嫉妬だ。彼女があまりに綺麗だったから、わたしと同じ所まで落ちてきてほしかったのだ。
わたしと同じだけ歪んでほしかった。どんなに心の清らかな人だって、わたしのように地に落ちるのだと証明したかった。
『あなたが代わりに、“わたし”になってよ』
そんなどうしようもなく浅ましく身勝手な理由で、わたしはわたしの身代わりを選んだ。
何の罪もない彼女に、わたしの人生を押し付けると決めた。
羨ましかった。妬ましかった。呪わしかった。恨めしかった。
でも、もっと他に。
他に何か、言いたいことが、あったような。
『わたしを──』
けれど、その続きは思い浮かばなかった。
きっと卑しい嫉妬と同じくらいに、ろくでもないことだったからだろう。
だからわたしはそれ以上を言わず、死にゆく彼女の哀れな魂を手のひらの中に閉じ込めて、わたしの方へと引き寄せた。




