第36話 終わりのない地獄
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学園に行くのも駄目だ。家に閉じこもるのも駄目だ。
わたしはきっと、誰かと関わること自体が駄目なのだ。わたしは人を不幸にするように設計されていて、誰かの人生を根っこから腐らせてしまう。
だから、誰にも何も言わずに、ひっそりと姿を消すことにした。
そうして街の外れで、誰にも関わらずに暮らし始めた。
突然行方をくらましたわたしを、家族は必死に探しているだろう。けれど、これがお互いのためなのだ。こうしなければ、わたしたちは揃いも揃って不幸の底へと落ちて行くのだ。
わたしの中では、もう何十年もの歳月が過ぎている。一人で生きていくための知識や技術は、一通り身につけていた。それだけの時間は、十分にあった。
だから、一人ぼっちを選んだ。
なのに──。
「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
「あの女っ、あの女をッ!」
「殺すっ、殺さなきゃっ、あの人をっ!」
ある日わたしは、街の人たちに取り囲まれて、殴られて、蹴られて、首を絞められた。
わたしを殺したのは、大して関わりもない、話したこともないような見知らぬ人たちだった。
もう、何もかも分からない。
もう、全部がどうでもいい。
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わたしは全てを捨て、隣国へと逃げた。
別に、何か壮大な計画を立てていたわけでもない。現状を打破する聡明な解決法を思いついたわけでもない。
ただ、逃げたかったのだ。
わたしを殺した全てから離れたかった。もう何も見たくなかった。うんざりだった。吐き気がした。
だからセルベルク王国を去り、隣国へと逃げ込んだ。
そうしてわたしは、隣国の森の奥深くで暮らし始めた。誰も立ち寄らないような、鬱蒼とした森の奥だ。とても人が暮らせるような環境ではなかったが、かえってわたしには好都合だった。精霊に力を借りれば何てことない。誰とも関わらずに済むのは有難かった。
四年が経った頃、わたしはセルベルク王国が滅んだことを知った。
突然いくつもの内乱が王国内で勃発したらしい。国の中で沢山の小さな戦争が起こり、国の要人たちは皆命を落としたそうだ。
恐らくは、かつてのわたしの友人たちも皆、もう既に亡くなっているだろう。わたしが昔大事にしていた全部が、わたしの見ていない所で壊れているはずだ。
しかし、わたしの心は少しも揺れなかった。
むしろ、安堵さえしていた。
わたしは思った。思ってしまった。「ざまあみろ」と。「皆、死んでよかった」と。
だって、仕方がないだろう。わたしは何度も殺されたのだ。痛かった。辛かった。苦しかった。「なんでわたしばっかり」と、繰り返し思った。
わたしを殺した人間に、同じだけの苦しみを味わわせたかった。わたしと同じだけの苦痛を噛みしめながら死んでほしかった。
皆のことが大嫌いだった。
好きでいられるわけがなかった。わたしは、わたしを殺した全部を、心の底から憎んでいた。
けれど何よりそんなふうに思うようになってしまった自分が一等醜く感じられて、わたしは何もかもから目を逸らすために隣国へと逃げたのだ。
だから、わたしの目の届かない所で全てが終わって、わたしは心底ほっとした。
心に大きな穴が空いて、その穴を安堵が埋めていくのが分かる。
それからのわたしの人生には、何一つ波がなかった。
ただ朝に起きて、生きるためにご飯を食べて、死ぬために眠る。その繰り返しだ。
誰にも会わず、誰とも話さない。
森の奥でたった一人、ひたすら無益に歳を取る。
十年、二十年と、歳月が流れていく。
一人ぼっちの人生は、恐怖こそないものの、喜びも楽しみも縁遠い。孤独が心を蝕んで、「あといくつ朝日を見ればわたしの人生は終わるのだろう」とばかり考えた。わたしは一体何のために生きているのだろう。ああそうだ、死にたくないから生きているのだ。ただそれだけの、ちっぽけな理由で。
「──、」
苦痛も幸せもない生涯が、やっと終わる。
わたしは死ぬときも一人だった。
誰に看取られることも、死んだことを知られることすらもない。誰も来ない森の奥でそっと、わたしは老いに身を任せる。
枯木の枝のようになった手を胸の前で重ねて、皺だらけの瞼を下ろす。
ああ、やっと、終わるのだ。
わたしの長い人生が、やっと終わる。
──お願いだから、終わってください。
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「──あ、ああ」
目を覚ますと、目の前には白い壁が広がっていた。
光の差し込む窓と、勉強机があって、わたしは椅子に腰掛けている。
自分の手を見つめる。染みのない真っ白な手の甲がそこにはあって、窓ガラスには絶望的なほどに皺のないわたしの顔が映っている。
「あ、あは、あははは」
現状を理解した途端、喉の奥から勝手に笑い声が漏れる。
ああ、そうか。
わたしはまた、十五の頃に戻ってきたのだ。あの忌まわしき朝に戻された。
わたしが積み重ねた数十年の孤独は、たった今「なかったこと」にされたのだ。
「あっ、あはは、あははははは!」
わたしはお腹を押さえ、喉が引っくり返るほどの大きな声で笑い転げた。
「──ああ」
わたしには、死ぬことが許されていないのだ。
悲劇に背を向けて逃げたって、意味がなかった。だってその先で老いて死んだら、わたしはまた悲劇の前に引き戻される。
わたしの地獄には、終わりがない。
「あ、ぁ、ああああああああああ!!」
窓ガラスに拳を叩きつける。ガラスの破片が棘のように手に食い込む。血が零れる。でもそんなことはどうだっていい。
「なんで! なんでぇっ!!」
わたしの悲鳴とガラスが割れる音を聞きつけたのか、慌てて誰かが階段を上ってくる音がする。アンナだろうか。他の使用人だろうか。それとも両親だろうか。
けれど、それもどうだっていい。だって、結局は全部なかったことになるのだから。
「死なせてよ! 死なせて! お願い! お願いだから!」
割れたガラスの欠片を手に取る。それを首筋に押し当てる。
部屋の扉が開かれる。
アンナはわたしを見て、そして絶叫した。
「──ッお嬢さ、」
「っ」
その悲鳴を聞き終えるよりも先に、わたしは自分の首をガラスの破片で切り裂いた。
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「────」
何度も繰り返し自分の命を絶つ中で、どうやらわたしのやり直しには残機というものがないらしいことが分かった。
死を重ね続けていれば、いつかはこのループにも限界が来るのではないかという希望的観測により、短い時間で何度も首を掻き切ってみた。しかし、終わりが近づいてくる気配はない。
「……四年」
ヴァージル侯爵の陰謀を止めたとすれば、わたしには四年の猶予がある。
四年間は、この国に居ても悲劇に見舞われない。
何度探っても、四年後に惨害が起こる原因は分からなかった。わたしはもう、悲劇を止めることに匙を投げていた。
だってどう頑張っても、結局わたしは殺される。助けようとした人たちに殺意を向けられる。そんな人たちを助けようだなんて思えるわけがない。
それに、もし悲劇を止められたとしても、その先で死ねばわたしはまた過去に戻されるのだ。どれだけ懸命に走ろうとも、ゴールテープを切った瞬間にわたしは振り出しに立たされる。そんな地獄の中で、立ち上がる理由なんて見つけられるはずがない。
「この、四年を、繰り返せば」
だとすれば、何も起きることのない四年間を繰り返した方がマシだ。
悲劇が起こる前に、できるだけ苦痛の伴わない方法で命を絶つ。そうすれば、わたしは平穏な日々を過ごすことができる。
無残に殺されるくらいならば、穏やかに自ら死ぬ方がずっと楽だ。
この四年の中に閉じこもろう。
そうして怖いものに追いつかれる前に死のう。
誰とも深く関わらず、平穏な学園生活をずっと眺めていよう。
それがわたしに許された最善なのだから。
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──でも、これは。
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これは、いつ。
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いつになれば、終わるの?




