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第35話 予定調和の破滅




× 3 ×




 分からない。分からない。分からない。

 そんなにわたしのことが憎いのですか。

 そんなにわたしのことが嫌いなのですか。

 そうまでして、わたしを殺したいのですか。

 わたしが生きていることが、皆はそんなに疎ましいのですか。


「うふっ、ふふふ、あはははは! これでやっと、レイシア様はわたしだけのもの!」


 お友達だと、思っていたのに。

 親友になれたと、思っていたのに。

 そう思っていたのはわたしだけなのですか。心を許してはいけなかったのですか。

 あなたもわたしを殺すのですか。

 またわたしは殺されるのですか。


「レイシア様……大好き」


 皆、同じことを言います。

 わたしのことを好きだと言ってくれます。わたしが大事なのだと言ってくれます。わたしのことを愛していて、愛しているからこうするのだと言います。




× 4 ×




 好きだけど、憎いのだと言います。

 好きだから、憎いのだと言います。

 自分はあなたをこんなにも愛しているのに、あなたは同じだけの愛を返してくれないから。あなたは自分以外を見つめるから。自分以外と話すから。自分以外に心を砕き、視界に入れ、同じ空間に存在して同じ空気を吸うから。

 それが憎くて、許せないから殺したいのだと、皆は言います。


「大丈夫だ。キミが迷う必要は、もうどこにもない! キミの前に置かれていた障害は、たった今俺が切り伏せたからだ!」


 わたしがあなたの手を取らないのは間違ったことだから、正しく在るために殺さねばならないのだと言われました。

 わたしを自分だけのお人形にしたいから殺すのだと、そう言われました。

 わたしがあなた以外を見るから、殺さなくてはいけないのだと言われました。

 わたしのことを守りたくて、ずっとずっとずっとずっと傍に居たいから殺すのだと、そう、言われました。




× 5 ×




 首を絞められました。

 氷漬けにされました。

 切り刻まれました。

 そうしてわたしは死にました。死に続けました。死ぬ度に時間が巻き戻って、また死ぬまでの三年間を過ごすのです。

 死ぬのが怖い。死にたくない。もう殺されたくない。

 誰か、わたしを。




× 10 ×




「はぁっ、はぁっ、はぁッ……!」


 わたしは大きく肩を揺らし、光の剣を地面に突き立てていた。

 広大な屋敷の中、首筋に伝う汗を拭う。辺りには目に悪いほど豪奢な衣服をまとった貴族たちが倒れ伏している。

 その原因は、勿論わたしだ。けれど命を奪ってはいない。ただ気絶させているだけだ。


「みんな、ありがとう」


 わたしの周りを浮遊する光の粒たちに礼を言う。

 彼らはわたしが呼び出した精霊だ。ここまでのループの中で、わたしは自分が「媒介体」と呼ばれる特異な体質であるということを知った。そのため精霊術を学び、戦う術を身につけたのだ。

 わたしの目の前には、大きく腹の膨らんだ、一際華美な装飾で身を飾った男が、口から泡を吹いて倒れている。

 この男はヴァージル侯爵──プロムの日、貴族の子息たちに精神を錯乱させる毒を盛り、国を傾かせようと企んでいた男だ。


「やった……やった、やった!」


 度重なるループの中で、わたしはその真相をやっと突き止めた。そうして単身で彼の屋敷に乗り込み、彼が計画を実行する前に、その野望を打ち砕いたというわけだ。

 陰謀の証拠も既に揃えているし、彼らを捕縛して国王に突き出せば終わりだ。

 わたしは胸を強く押さえた。どくん、どくん、と温かい振動が手に響く。胸の内に湧き出た安堵が、指の先まで染み渡るようだった。


 ──全部、この人たちのせいだったんだ。

 皆、そのせいでおかしくなっていたんだ。心を壊す毒を盛られていたから、あんな悲劇が起きていたんだ。

 もしかすると、神様はこの陰謀を止めるために、わたしに何度も同じ時間を繰り返させていたのかもしれない。


 皆、わたしのこと、嫌いになったわけじゃなかったんだ。


「よかった、よかった……!」


 わたしはその場に蹲り、祈るように組んだ手を額に当てた。

 ヴァージル侯爵の陰謀は食い止めた。もうこれで、怖いことは何も起こらない。わたしは誰に怯える必要もない。

 ──いつか、わたしを殺した人たちの顔も、ちゃんと見れるようになるだろうか。

 きっと今は、目を合わせることができない。彼らが悪いのではないと分かっていても、心の核に刻まれた恐怖と失望が離れない。でもいつかは、それも薄れていくのかもしれない。また前と同じように、良き友人に戻れる日が来るのかも。

 そう思うと、涙が溢れて止まらなかった。




 ──それから、一年の月日が流れた。


「おお、おお、何と美しい……!」

「その上、世にも珍しき精霊に愛された身体だ」

「ああ、手に入れたい。我が物としたい」

「おい、話が違うぞ。“皆で平等に分け合う”という取り決めだったはずだ」

「分かっている。だから、今から公平に刻もうではないか」


 ひそひそ。ざわざわ。

 声が聞こえる。

 わたしは拘束されていて、身体を動かせない。

 でも意識はあって、視覚もあって、痛覚もある。ここはどこだろう。見知らぬ貴族のお屋敷だろうか。わたしの周りを沢山の貴族が取り囲んでいる。


 ざく。ざく。

 ぶち。ぶち。

 わたしの身体の至る所から音が聞こえる。口を塞がれていて、悲鳴を上げることすら許されない。わたしは、わたしの身体がバラバラにされていく所を、ただ黙って見ていることしかできない。


「おい。貴様の取り分の方が多いではないか」

「何? そう難癖をつけて、この女を独占する腹積もりか?」


 するとわたしの身体を中途半端に切り刻んだまま、彼らは言い争いを始めた。険悪な空気が一瞬で広がって、彼らは何の躊躇もなく互いに剣と魔法を向ける。

 呆気なく始まった無価値な殺し合いは、最後の一人が決まるまで続いた。


「やった……勝った、勝ったぞぉ゙っ!」


 勝利を手にした貴族は、真っ赤になった肩を激しく上下に揺らしている。彼は「は、ァ、ア、ハハハハハ!!」とけたたましい笑い声を上げながら、潰れた足を引きずって、寝台に横たわるわたしに近づいてきた。


「これで、私の、私のものに……」


 目を真っ赤に血走らせたその姿は、まるで悪霊か何かに取りつかれているみたいだった。

 わたしは声も上げず、涙も流さず、ただじっとその男を見つめる。


「……なんだ」


 その瞬間、男の中で何かが破裂したようだった。


「なんだ、その目はッ!!」


 男は床に落ちていた剣を拾い、わたしに馬乗りになる。


「私がッ、こんなにも心血を注いでッ、貴様を手に入れたのにッ! 馬鹿に、馬鹿にしやがってええええええええッ!!」


 彼は何度も、何度も何度も何度も、わたしの身体を滅多刺しにした。

 そうして予定調和のように、ゴミみたいに、わたしはまた殺された。




× 13 ×




「わたし、学校に行きたくない」

「レイシア?」


 入学式の朝、わたしは父と母にそう言った。

 彼らは困惑した様子で顔を見合わせ、わたしに尋ねる。


「どうしたんだい? 何かあったのかい?」

「昨日まで、あんなに繰り返し式辞の練習をしていたのに……」

「……ごめんなさい」


 わたしは首を横に振った。


「とにかく、行きたくないの。外にも、出たくない……」


 わたしはもう、家の外には行きたくなかった。外を歩くのが怖い。誰もがわたしの命を狙っている気がする。「いつ殺してやろうか」と、皆がわたしを睨んでいるように思える。

 わたしは自分の体験を上手く言葉にできず、不器用な説明しかできなかった。それは朝早くに起こされた子供が「まだ寝ていたい」と駄々を捏ねているような、何ともお粗末でくだらない我儘みたいだと、自分でも思った。

 けれど両親は、そんなわたしの身勝手を無下にせず、わたしに柔らかく微笑みかけた。


「……お前がそこまで言うんだ。きっと、何か事情があるのだろう」

「言いたくないことなら、言わなくてもいいわ。大丈夫。わたしたちは、あなたの味方だから」

「殿下には事情を伝えておこう。お前は何も気にせず、部屋でゆっくりと休みなさい」


 父はそう言って、わたしの頭を優しく撫でた。


「美味しいものを食べよう。温かくて、元気が出るものを」


 わたしは俯きながら、「……はい、お父様」と小さな声で答えた。

 涙が床に落ちる。わたしは唇を噛み、鼻を啜る。そんなわたしを、父と母は黙って抱きしめる。

 わたしは、自分が一番安心できる場所に閉じこもった。部屋に鍵をかけ、布団で鎧を作り、外の世界をわたしから遠ざけた。


 なのに、棘のような不安が消えてくれない。

 それはきっと、心のどこかで、また「こう」なることを予感していたからかもしれない。



「さあ、レイシア。席に着きなさい」

「──」

「思えば私はいつも仕事で忙しく、お前と過ごす時間を十分に取ってやれなかった。お前には寂しい思いをさせてしまったな」

「──」

「でも、もう邪魔は入らない」


 父は上機嫌に微笑んでいる。

 わたしは乾いた唇を何とか動かした。


「……お、母様、は」

「ああ。マリアとは、お前への方針の違いで口論になってな。悲しいことだが、お前のためにも処分させてもらったよ」

「────」

「使用人たちももう居ない。これからは親子水入らず、ゆっくりと共に過ごそう」


 父は笑ってそう言った。

 そしてその数秒後に、色の抜け落ちたような無表情になる。


「返事は?」


 わたしは何も返さなかった。

 彼は壊れそうなほどの勢いで机を叩き、立ち上がった。


「返事はと! そう言っているのが聞こえないのかッ!?」

「──」

「……ああそうか。私はお前を、少々甘やかしすぎていたようだな。父親として、時には厳しい躾も必要だということに、改めて気づかされたよ」


 ぐにゃぐにゃと、目の前が歪んでいく。大好きだった父親が、父親の形をした化け物になっていく。

 家族が壊れていく。いや、壊したのはわたしなのかもしれない。

 いつもそうだ。おかしくなるのは、決まってわたしの傍に居る人たちばかり。

 だとすると、本当に悪いのはわたしなのかもしれない。

 わたしが全部の元凶で、皆はそれに巻き込まれただけ。皆が被害者で、わたしだけが加害者。そうだとしたら、今すぐに死んでしまいたい。死んで、全部を終わりにしたい。


 それなのに、わたしは死んでも死ねない。





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