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第31話 あなたたちの知らないこと




「はい。あ~~~~ん」

「い、いや。自分で食べれる……食べれます、から」

「む。遠慮は不要よ。大人しく私の手作り弁当を手ずから食べなさい」


 私は箸でつまんだ卵焼きを、ウォーレンの口元へと近づけた。しかし彼は全力で首を横に振り、私と距離を取ろうとする。

 裏庭のベンチに腰掛け、私は彼と激しい攻防を繰り広げていた。


「味の心配をしているのかしら? それなら問題ないわ。私はこの世に存在しているほとんど全ての物事をそつなくこなせるの。無論、料理の腕前も申し分ないわ」


 私は自他ともに認める完璧超人。勉強や運動は勿論、料理や掃除といった家事の類も非の打ちどころなくやってのけられるのだ。

 前回のループでは家事の一切をウォーレンに任せていたが、あれは私がバリバリ働いて稼いでいたからである。それに彼は、どうにも人の役に立っている実感がないと情緒不安定になるタイプらしく、私にご飯を食べさせることで自己肯定感を保っている節があった。なので毎日美味しいご飯を作ってもらっていたのだが、しかしたまには私も彼にお返しをしたい。


「あなたの好みの甘めな味付けにしてあるわ。ほら、口を開けなさい」

「いや……あの……」

「?」


 花が枯れるように背を縮こまらせる彼を見て、私は「もしかしてあまりお腹が空いていないの?」なんてことを考える。彼に怯えられている──なんて考えは微塵も浮かばなかった。何せ、彼に好意を向けられている状況が、私にとっての日常だったので。


「食欲が湧かないのかしら?」

「ま、まあ……あんなとんでもない話を聞かされた後だし、そりゃあ……」

「そう……」


 私は「それもそうか」と思った。

 私がつい先程彼に聞かせた話──私の正体と、これまでのループでの経験談は、確かに誰が聞いても頭の中が滅茶苦茶に散らかるような内容だろう。


『──と、いうわけなの』


 十分前。

 事のあらましを一通り話し終えた私は、反応を伺うためにウォーレンの顔を覗き込んだ。

 すると彼は目を閉じ、すっと顎を引いた。そして両目を見開いて、私の肩に手を乗せながら言った。


『今すぐ教会とかに行こう!』

『なんで!?』


 ウォーレンは、自分の子供に深刻な病気の予兆が現れた時の親みたいな表情を浮かべていた。そのくらい真剣で、逼迫した顔つきだった。


『絶対……絶対に何かの催眠を受けてる! もしくは頭をぶつけちまったとかだ! とにかく今すぐ教会に行って治してもらおう!』

『わ、私のことを疑ってる……!?』


 衝撃であった。

 彼に疑念の目を向けられたことなどただの一度もなかったので、私は有り得ないものを見たような気持ちになった。


『あなた、他人の嘘を見分けられるでしょ!? なら私が嘘をついていないことも分かるでしょう!』

『分かるけど……てか何でそれ知ってんの!?』

『だからさっきも言ったじゃない! 私はあなたと色んな苦難を共にして、未来では一緒に暮らしていたんだって!』

『そんなわけがなさすぎるだろ……!』


 私は歯噛みをした。前回のループではすんなり信じてくれたのに、一体前と何が違うというのだろう。


『た、確かに嘘はついてねーんだろうけどさ。あまりにもぶっ飛びすぎてて、本気でそう思い込んでるだけって考えた方が自然っつーか。……というか転生とかループとかより、オレと暮らしてたって辺りが一番信じられねーんだけど……』

『──あなたは料理が得意で、甘めの味付けが好きで。靴は右足から履くタイプで、眼鏡の度は全然合ってない。あとおへその横にほくろが二つある』

『なっ、何!?』

『私があなたについてどれだけ詳しいかを教えたら、信じるしかないかなと思って。どう?』

『どっ、どうも何も……! な、なんだよ、何なんだよ、マジで……』


 信頼の根拠になるかと思って、彼に関する知識を指折り数えながら答えてみたのだが、余計に混乱を招いてしまったらしい。

 彼は『……一旦、受け止める時間をくれ』と呟いて、それから息を殺すように黙り込んだ。

 あまりの情報量の多さに胃もたれを起こしてしまったのだろう。私はそう結論付けて、彼が落ち着くのを待った。

 そうして暇を持て余したので、彼にぴったりくっついて、彼に手作り弁当を食べさせ始めたというわけだ。


「……レイシアちゃんが、レイシアちゃんじゃなくてミコトちゃんだった、ってのは、分かったよ。まあ式辞の時から、本名じゃねーんだろうなってのは薄々気づいてたし……」

「ミコトちゃん」

「え? あ、そう呼んじゃダメだった?」

「いえ。いいわ。もう一回言って」

「ミコトちゃん……?」

「ふふふ。ちゃん抜きで」

「ミコト……?」

「んふふふふ!」


 そう呼ばれていたのは、体感で言えばもう十数年も前のことになるのだが、悪くない。全くもって悪くない。レイシアとして振る舞ってきた期間が長く、レイシアという名も心に馴染んではいるのだが、やはり好きな男から呼ばれる本名は格別だ。

 これまでは、公衆の面前でその名を呼ばれては周囲の混乱を招くということで「レイシア」と呼んでもらっていたのだが、もうその心配をする必要もなくなるだろう。

 それがどういう意味かは、おいおい明らかになることだとして、だ。


「まあ、それならお腹が空いたら食べることね。はい、お弁当」

「あ、ありがとうございます……?」

「……何故か距離感が遠くなってるのは不服だけど、まあいいわ」


 私は彼に弁当の入った袋を渡し、それから顔を後ろへ向けた。


「そこで黙って突っ立ってないで、話に入ってきたらどう?」

「えっ?」


 私がそう告げると、ウォーレンは目を瞬かせた。

 すると土を踏みしめる音が聞こえ、校舎の陰から細い人影が現れる。

 目元が隠れるくらいに長く伸ばした白い前髪の隙間から、こちらを憎々しげに睨みつけている青年だ。まだあどけなさの残るガラス細工のように繊細な顔立ちを、ありったけの猫背と墨のようなクマで帳消しにしている男──セオドア・イリアスである。


 彼が私たちの話を盗み聞きしていたことには気づいていた。いや、むしろ聞かせていたと言った方が正しい。その方が話が早いからだ。

 逃げるセオドアを追いかけるのは、中々骨の折れる作業なのだ。その点向こうから私に接近してくれるのであれば、その手間が省けるというもの。


「私の態度を不審に思って、後をつけてきていたんでしょ」

「そりゃこんな平民風情に構ってたら不審がられるって……」

「一旦ウォーレンは黙っていなさい。あとで寝落ちするまで話してあげるから」


 そんなやり取りをしていると、目に見えてセオドアの顔色が変わる。

 元々青白かった顔に、怒り由来の赤色が差したのが分かった。


「……な、なんだよ。それ」


 セオドアは震える指先を私に向けた。


「さ、さっきの、話も。訳の、分からないこと、ばっかり言って。突然、レイシアに成り代わってた? そんな馬鹿げた話が、信じられると思ってるのか……!?」

「な……」

「おっ、お前が! レイシアの身体を、乗っ取ったんだろっ……!」


 ウォーレンは彼と私とを交互に見つめて、「な、なあミコトちゃん? これ大丈夫なのか?」と焦った様子で呟く。

 私はそんな彼の前に一歩出て、臆することなく腕を組んだ。

 しかしセオドアからすれば、怒りたくなるのも当然だろう。何せ自分の想い人の中に、全く別人の魂が入っている光景が見えて、その別人は意気揚々と自由に振る舞っているのだ。私が彼の立場でも声を荒げるだろう。


「レイシアはっ。本物のレイシアは、どこに居るんだ……!」


 整った顔を歪めながら、彼が私の胸倉を掴む。

 私はその様子を見て、「そういえば初めて会った時のセオドアってこんな感じだったわね」と、何だか懐かしい気分になった。


「レイシアを、返せ……!」

「お、おい。ミコトちゃんに、そんな乱暴な真似は……」

「だっ、黙れ! 何も、何も知らない癖に!」

「な……」

「僕は、あの子に! レイシアに、もう一度会うためだけに、生きて、きたのに……」


 私たちの間に割って入ろうとしたウォーレンに、彼は鋭い眼差しを向ける。その目尻には冷たく光る涙が浮かんでいた。


「返せよ。返してよ。レイシアを……」


 呟く彼の腕から、段々と力が抜けていく。

 セオドアは糸が切れたようにその場に崩れ、塞ぎ込んだ。

 私はしゃがみ、そんな彼に目の高さを合わせる。


「ええ。元よりそのつもりよ」

「かえ、……ぇ?」


 私がそう告げると、彼は呆気に取られた様子で口を大きく開けた。


「……え? かえ、す?」

「そうよ」

「……い、や。そんな、都合のいい言葉で、誤魔化されたりなんか……」

「あのね。別に私だって、好き好んでこの身体に入ったわけじゃないの。返せる手段があるなら返すわよ。……ま、それで私の意識が消えるなんてことがあれば、今までの努力が無駄になっちゃうから。そこは何とか工夫するけれど」

「そ、そんなこと言って、僕を騙そうと……」

「第一、その方法を教えてくれたのはあなただし」

「はっ?」


 私は笑ってピースをした。


「頼まれたのよ。未来のあなたに」

「なっ。な、ぁ……?」

「あなたも、ウォーレンも、知らないでしょうけど」


 私は立ち上がり、二人の手を取って言った。


「──私たち、すっごくいい友達だったんだから!」


 ポカンとした表情を浮かべて、二人は石になったみたいに固まった。

 その幼くて丸い間抜け面に、何だかちょっと泣きそうになってしまったのは、私の中だけの秘密だ。





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