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第29話 ウォーレン・グレッグ




 一目惚れなんて、薄っぺらくて馬鹿馬鹿しい気の迷いに違いない。

 だってそうだろう。会って間もない、まだ何も知らない相手のことを好きになるなんて、その人の外側だけを見ているとしか思えない。

 美しい見た目に惹かれた癖に、それを「運命」だなんて高尚な言葉で包んで誤魔化しているだけ。

 だと、いうのに──。




× × ×




 ウォーレン・グレッグは人の嘘を見抜くことができる。

 相手の顔を見れば、まず間違いなくその人が言っていることが本当かどうかが分かる。声だけでも何となく分かるし、ある程度大きくなってからは紙面上の嘘も判別できるようになった。

 それは間違いなく天から与えられた才能であり、あるいは■■の魔眼とすら呼べる代物であったが──田舎にある、ごく普通の村の、ごく普通の平民の息子として生まれたウォーレンには、知る由もない話だった。


 ──うちも、今年の小麦の収穫はこれだけなんだ。すまんが、分けてやることはできんなぁ。


 嘘だ。


 ──この聖水を買って教会に寄付をすれば、あなたたちの魂は死後天国へいけるのよ!


 嘘だ。


 ──お前の父親が残した土地は、お前が一人前になるまで俺がきちんと預かっておくから、お前は何も心配するな。


 嘘だ。


 ──愛してる。オレにはお前だけなんだ。


 嘘だ。


 ──君の見た目なんかじゃない。その優しい心に、僕は一目で恋に落ちたんだ。


 嘘だ。


 どうして皆は嘘をつくんだろう。

 なんてことは、少しも思わなかった。だって、皆が当たり前に嘘をつくのだ。自分の家族だって嘘をつくし、父が母に、母が父に嘘をつく。村中の人間から人格者と慕われている青年だって平気な顔をして嘘をついていた。

 人間とは、そういう生き物なのだ。生きるためには息を吸ったり、ご飯を食べたり、目を閉じて眠ることが必要なのと同じように、嘘をつかなければ生きていけないのだ。幼きウォーレンは、人間の嘘を「生態」として学んだ。だから嘘をつくことにも、つかれることにも嫌悪感はなかった。


 周囲の大人は、ウォーレンの目に嘘が見えることを知らなかった。家族や、兄弟ですらもだ。

 人が呼吸をした時に、「今息を吸ったな」と指摘する人なんて居ない。ウォーレンも、それと同じように、「今嘘をついたな」とわざわざ口に出すことがなかったのだ。だから誰も、ウォーレンの特異な体質に気が付かなかった。

 ウォーレンが十歳になってからしばらくして起こった、ある日の事件までは。


「わ、わだしっ、とっ、とっで、ないのにっ!」


 ある日家の外に出てみると、隣家の娘が泣いていた。彼女の家は村で一番貧しく、彼女はいつも粗末な布切れのような服を着ていた。母親は幼い頃に死に、父親は荒れていつも酒ばかり飲んでいる。父親の「もっと金を持ってこい」という怒鳴り声が夜中に聞こえてくるような、そんな悲惨な家だった。

 彼女は村の大人に囲まれ、「お前が盗ったんだろうが」と胸倉を掴まれ、罵られていた。


「ちがっ。ちがうのっ。わたし、やってない……!」


 話を聞けば、領主に納めるために村人たちから集めていたお金が忽然となくなったらしい。

 それで真っ先に疑われたのが、村で一番貧しい家の娘だった。金に困り、村で集めていた金貨に手を付けたんだろうと、はなから犯人だと決めつけられていた。


「ほっ、ほんとに、やってないのに……!」


 彼女を庇うものは誰も居なかった。彼女の父親ですら、「俺は何も知らない」「盗ったとしたら、それはアイツが勝手にやったことだ」「俺には関係ない」と、自分の無関係を主張するだけで、彼女が犯人ではないとは一言も言わなかった。

 ──今思えば、彼女が嘘をついていようがいまいが、多分皆どうでも良かったのだろう。

 大事なのは、自分が疑われていないことだった。少しでも庇えば、今度は盗みの疑いが自分の方へと向くかもしれない。だから誰も何も言わなかった。皆目を逸らしていた。


 けれどウォーレンには、そんな保身が分からなかった。

 ただ周りの人間は、自分みたいに、他人の嘘が見抜けないのだということだけを知っていた。だから皆、彼女のことを信じてやれないのだと思い込んだ。

 泣いている彼女のことを、心底可哀想だと思った。

 助けてやらなくてはいけない、と思ってしまった。


「大丈夫。君が嘘ついてないこと、分かるよ。オレ」


 村の全員から後ろ指をさされた彼女を、ウォーレン一人だけが庇った。彼女が嘘なんかついていないことが、ウォーレンには一目で分かったからだ。


「オレなら本当の犯人を見つけられる」


 そうすれば、彼女が疑われることはなくなる。

 ウォーレンは「な」と言って笑った。彼女は目を丸くして、困った顔でウォーレンのことを見ていた。

 金を盗んだ真犯人を見つけるのは簡単だった。「金を盗ったか」と聞いて、そこで嘘をついた人間が犯人だ。ウォーレンにとってそれは確認作業のようなものだった。


 別に、大層な正義感に駆られているわけでもなかった。間違ったことが絶対に許せない、という性分でもなかった。

 ただ、ほんの少し。ほんの少し、困っている人に手を差し伸べたかっただけで。


「皆の金を盗ったのはこの人だ」


 そうしてウォーレンは指をさした。

 指の先に居たのは、領主の一人息子だった。


「この人が自分の遊ぶ金欲しさに手をつけた。自分の使用人に金の入った袋を盗ませて、その罪を彼女に着せようとしてた」


 それは何から何まで完璧に正しかった。

 ウォーレンはただ事実を述べただけだった。そこには一点の曇りもない。間違ったことなど何一つなかった。

 ただ、その時ウォーレンは十歳で、「嘘をついている人を見分ける方法」は知っていても、「それを信じてもらう方法」なんて少しも分からなかったのだ。


「──な。何を、ふざけたことを!」


 図星を突かれた領主の息子は、顔を真っ赤にして大激怒した。

 自分の罪を公衆の面前で詳らかにしたウォーレンを、何としてでも潰してやろうと躍起になった。


「お前だろっ。お前こそが犯人なんだろう!」


 権力者の息子と、しがない平民の息子。

 周囲がどちらを信じて、どちらの味方をするかなんて、分かり切ったことだった。

 誰もがウォーレンを白い目で見た。ウォーレンを信じる者なんて居なかった。


「私の息子がそんな真似をするはずがないだろう! このッ、薄汚い平民風情がッ……!」


 領主は息子を庇い、ウォーレンを悪し様に罵った。

「この親不孝者」と、両親は泣いて喚いた。違う。自分はやっていない。ただ本当のことを言っただけだ。ウォーレンはそう訴えた。しかし両親は、ウォーレンを憎悪の籠った目で睨みつけるだけだった。


「このっ、嘘つき!」

「盗人!」

「大法螺吹きめ!」


 村人たちの怒りの矛先は、瞬く間にウォーレンに向いた。

 憎しみをぶつけられるなら、自分たちが疑われずに済むのなら、相手は誰でも良かったのだろう。


「……あの人が」


 皆から盗みの疑いをかけられていた隣家の娘は、村人たちに囲まれながら、ウォーレンに指の先を向けた。


「あの人が。犯人です。……あの人が、皆のお金を盗んだ」


 助けようとした彼女は、自分の身を守るために嘘をついた。村人たちと同じ側に立って、自分が言われた言葉をそっくりそのままウォーレンに吐いた。


「……は」


 ウォーレンは、その時初めて知った。

 人間が嘘をつくのは、自分の身がかわいいからだ。人間は嘘をついて自分を守るのだ。

 だからその嘘を暴かれると、人はああやって怒るのだろう。


「この村から出て行け、嘘つき!」

「死んじゃえ泥棒!」

「アンタなんてあたしの子供じゃない!」


 皆は噓つきのことが大嫌いなのに、嘘が大好きだった。

 だからウォーレンは嫌われて、村での居場所を失った。石を投げられて、両親から殴られた。

 このままここに居ると、多分殺されるんだろうなと思った。

 領主を敵に回したのだ。このままでは更に罪を着せられて、理由をつけて死罪にされるかもしれない。


 そう思ったから、逃げ出した。

 一文無しでは生きていけないと思ったから、父親が愛人に貢ぐために買って家の棚に隠していた宝石を盗んで村を出た。

 それから街のギルドに駆け込んで、持ち逃げした宝石と交換でしばらく面倒を見てもらった。小さな屋根裏の空き部屋で寝泊まりさせてもらって、その間に必死で読み書きを覚えた。

 ギルドを出てからは、いくつも仕事を掛け持ちして生活費を稼いだ。それでも子供が稼げる金なんてたかが知れていて、毎日生きていくだけで精一杯だった。


 冬が嫌いだった。

 身元不明の子供に家を貸し出してくれる所なんてあるはずがない。住み込みで働かせてくれる雇い先が見つかればいいが、冬になって食料が貴重になると、どこも困窮して、子供は真っ先にクビになった。そういう時は勝手に人の家の家畜小屋の中に入って、藁に包まって眠った。それでも寒くて死にかけたし、家主に見つかって泥棒と間違われて殺されかけたりもした。だから冬が嫌いだった。どうせいつか死ぬのだとしても、せめて冷たい場所で死にたくはなかったのだ。


 故郷の村にはロクな思い出がなかったが、「嘘を暴くと憎まれる」と学べたことだけは唯一の収穫だった。だから嘘をついている人間を見ても、極力何も触れず、ただヘラヘラと笑っていることにした。

 嫌われるのが怖かった。家族だと思っていた人たちに罵られるのが怖かったし、助けようとした人に突き飛ばされるのが怖かった。

 それなら、初めから嫌われていた方がマシだとすら思った。「コイツはそういう軽薄な奴なんだ」と思われていれば、「嘘つき」と言われたって傷つかない。

 だから嘘を見ても笑って目を逸らして、自分も適当なことばかり言って、皆と同じようにろくでもない嘘をついた。そうしている間は、自分も皆と同じになれる気がした。自分の異常を誤魔化せた気がして、心がちょっと楽になった。

 わざと度の合わない眼鏡をかけて、何とか皆の嘘を見ないようにした。何も通さずに見た世界は、あまりにも欺瞞の形が浮き彫りになりすぎて、自分のおかしさを突きつけられてしまうからだ。


 転機があったのは、ウォーレンが十五になった年のことだ。

 このセルベルク王国では、齢十五となった子供に、一律に魔力検査が行われる。それはウォーレンも例外ではなかった。絶縁した身ではあるが、一応国に戸籍は登録されている。魔力検査は義務であり、ウォーレンは国の兵士によって検査所へと連れられた。

 幸運だったのは、そこで微弱ながらも魔力反応が見つかったこと。ウォーレンの身にはささやかな魔力が宿っていた。

 おまけに、魔法士養成学園の試験は正誤を問う選択式だった。「あ。いける」とウォーレンは思った。試験内容は全く分からないが、これなら自分でも合格できる、と。

 別に立派な魔法士になりたいなんて志はない。ただ学園に入学しさえすれば、そこからの三年間は無償で住処を確保できる。安全で、暖かくて、ちゃんと屋根のついた部屋に住める。それならこの機会を逃すわけにはいかない。


 入学が決まっても、心が浮き立つなんてことはなかった。自分はこれからの三年間を、これまでの人生と同じように、ただ生きるためだけに意味もなく過ごすのだろうと思っていた。

 それなのに──彼女と、出会った。


「私の名前は──レイシア・エルフェドール」


 ──嘘だ。

 嘘だ。嘘だ。全部が嘘だ。

 意味が分からない。どうしてそんな嘘をつく。何故全てが嘘に塗れている。

 ウォーレンは酷く混乱した。あの女は、恐ろしいほどの嘘つきだ。名乗った名前すら嘘で、本当のことなんて何一つ喋っていない。

 なのに。

 なのに、どうして、あんなにも眩いのだろう。


 一目惚れだった。

 たった一瞬見ただけで、それだけのことで恋に落ちた。

 一体彼女の何を知っているというのだろう。惹かれるだけの関わりもない癖に、どこを好きになったというのだろう。自分でも分からなかった。顔が綺麗だとか、声がかわいいだとか、もしかしたら本当にそれだけの理由なのかもしれない。でも、もっと、他に、言葉に言い表せないような何かが、あるような。

 薄らと馬鹿にしていた一目惚れとやらに、完膚なきまでに頭を殴られたのだ。

 しかし彼女は高貴なご令嬢。対する自分は身元すら怪しいただの平民。まず釣り合うわけがない。本来ならば話しかけることすら叶わぬ相手だ。けれどこの学園では、誰もが平等に接することを許されている。

 何、嫌われるのには慣れている。むしろ、初めから煙たがられていた方がいい。それなら臆することなく声を掛けられる。

 それくらい、いいじゃないか。今までの人生、いいことなんて何一つなかったのだ。温かい記憶なんてなかった。なら、ちょっとくらい綺麗な思い出があったっていいだろう。

 そう思っていたのに。


「ウォーレン!」

「ちょっとウォーレン、聞いてるの?」

「その時は、また同じリボンを贈ってくれる?」

「……私と踊ってよ……」


 夢みたいな毎日だった。

 分かっているのだ。彼女にとって死と隣り合わせの時間を「夢みたい」と言うだなんて間違っている。でもあまりに都合が良すぎて、「これは全部夢なんじゃないか」と思わずにはいられない。

 それなりに彼女の役に立って、彼女と共に困難を乗り越えて、街の外れの綺麗な家で彼女と暮らす。

 こんな幸福が自分の人生に舞い込むなんて、考えられなかった。


 だからウォーレンはいつも怯えていた。この幸せな夢が、いつか突然終わるんじゃないかとばかり考えていた。

 ある日何の前触れもなく打ち切られて、次に目を覚ました時にはまた冷たい馬小屋の中で身体を丸めているんじゃないかと恐れていたのだ。


 そうやって怯えていた終幕が、気付いた時には真後ろに立っていた。


「……レイシア?」


 ある日、彼女が外で楽しそうに知らない青年と話し込んでいるのを見た。

 彼は最近近くに引っ越してきた青年だった。彼女は楽しそうに口を押さえて笑い、それに照れた様子で青年が顔を赤らめる。

 彼は彼女の淡い金髪を指で梳き、親しげに肩を抱き寄せた。


「──」


 ──実の所、レイシアは一言二言、彼に挨拶をしただけだった。すれ違ったから頭を下げて、少し世間話をして、それで終わり。気安いと呼べるほど近づいてもいないし、髪に触れられてもいない。

 けれど、ウォーレンには確かにそう見えていた。

 幻覚だった。本来は存在しないはずの光景を、捻じ曲がった脳が勝手に目の前に映し出していた。

 しかし本人がそれに気づくことはできない。自分が正気を失っていることを自覚できないまま、胸の中が黒く汚れていく。


 ──彼女と自分とでは、住んでいる世界が違う。

 ──どうして、一緒に居てくれるのか分からない。

 ──今の自分は、彼女の役に立てていない。役に立てるようなことがない。

 ──自分は用済みだ。なのに、何故。

 ──捨てられるのが怖い。もう独りになりたくない。

 ──他の人と話さないでほしい。寄り掛からないでほしい。頼らないでほしい。笑いかけないでほしい。

 ──いつか見放されて、捨てられるくらいなら。


 ──いっそ、この手で。


「……ウォーレン?」


 きょとん、とした顔の彼女と目が合う。

 その瞬間、頭の中に白い稲妻のようなものが走った。一瞬だけ意識の輪郭が明確になる。そうして気が付いた。自分が刃物を振り上げ、今にも彼女の背に突き立てようとしていることに。


「──あ」


 だめだ、と思った。

 自分は今、彼女に殺意を向けている。それを理解した。

 理解したから、自分の手のひらを刺した。

 痛みで何とか正気に返った。大量の汗が額に浮かび、ウォーレンは自分が何とか踏み止まれたことに安堵する。


「大丈夫。だ、だいじょう、ぶ」


 彼女の声はか細く震えていた。自分が傷つけられることには耐えられるのに、自分以外が血を流すことにはてんで弱い人なのだ。


「大丈夫よ。な、なんとか、なるから」


 だからだろう。

 普段ならば防げたはずの一撃を、彼女は動揺のあまり見逃した。ウォーレンの方が先に気付けた。だから彼女を突き飛ばすことができた。


 ──あー……。死ぬな、これ。


 地面に零れていく自分の中身を、ウォーレンは他人事のような目で見つめた。

 熱くて痛くて苦しくて怖い。ああ、そうか。これが死ぬということか。こんな思いを、彼女はもう四度も繰り返してきたのか。それはどれほどまでに恐ろしかったことだろう。それでも折れずに前ばかり向いていた、その彼女の気高さがひたすらに眩しい。


 きっと、何かを間違えていたのだ。

 何か大きなものを見落としたまま、ここまで来てしまった。だから壊れてしまったのだろう。

 頭の中に沢山の言葉が溢れる。言いたいことが山ほどあった。

 きっともう時間はない。だから言わなければ。一番伝えたいこと。伝えなければならないことを。

 彼女の頬に触れ、回らない頭を何とかひっくり返して、言う。


「──長生き、しろよ」


 ……いいんだ。

 オレのことなんてどうでもいいから、お前は長生きしてくれ。

 お前が死んだら、全部なかったことになる。皆を助けられる。やり直せる。

 でもそのために死ぬなんて、あんまりじゃないか。

 何も助けられなくったっていい。世界がどうなろうと知ったこっちゃねえ。お前が死んでどうにかしなきゃ壊れる世界なんて、壊れたままにしちまえばいい。


 ああ、でも多分、こんなこと言ったってお前は、皆を助けるためにやり直すんだろう。

 だからこんな言葉、お前にとっちゃ呪いでしかない。

 そうだ。オレはお前を呪いたかった。

「全部自分のため」だなんて言って、結局誰も見捨てられないお人好しのお前が、誰かのために自分を殺す度思い出す呪いをかけた。

 ずっと覚えていてほしかったのだ。もし別の世界で、オレじゃないオレに出会ったとしても。今ここで死んでいくオレのことを、火傷みたいにずっと覚えていてほしかった。


 他の全部を放り出してでも、お前に生きていてほしいと願った、取るに足らないオレのことを、どうか。




× × ×




 一目惚れなんて、薄っぺらくて馬鹿馬鹿しい気の迷いに違いないと思っていた。

 だってそうだろう。人間は、「あなたの心に惹かれた」という嘘をつきながら、綺麗な顔に見惚れるものだ。「君の人柄に惚れた」と偽りを口にして、身体に触れようと手を伸ばすものだ。そういう建前をいくつも見てきた。だから信じていなかった。


 でも、きっと、一目惚れでなければ駄目だったのだ。

 一目惚れだから意味があったのだ。


 だって、一目見た瞬間に恋に落ちるのだとすれば、この先どんな世界で出会ったとしても、必ず彼女を好きになれる。

 彼女がどんな見た目をしていて、どんな声をしていて、どんな性別で、どんな種族であったとしても、一目で彼女を好きになる。


 だから、あとは頼んだ。きっとこれから彼女と出会う、オレではないオレ。

 きっと彼女のことを好きになるオレへ。


 そこに立っているのがオレじゃないのは、地面を転がって泣き喚いてやりたいくらいに悔しいけれど。

 何があっても手を離さずに、ずっと彼女のことを信じて、彼女の傍に居てやってほしい。

 彼女の長い長い旅路が、どうか少しでも優しいものになるように。




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