第2話 バッドエンド
──なのに、どうして。
どうして、こうなったのだろう。
何が、いけなかったのだろう。
私は、どこで間違えたのだろう。どこで誤ったのだろう。いつ道を踏み外したのだろう。
全て、順調だった、はずだ。
魔法士養成学園に入学した。努力を重ね、主席の座を勝ち取った。
友人も多くできた。充実した学園生活を送った。
アイザックは、記憶の通り、優しく穏やかな人だった。彼に告白された時は嬉しかった。私も彼の思いに応えたいと思った。
全て、順調だった。
何もかもが、上手くいっていた。
なのに、なのに、なのに、なのに、なのに、どうして。
どうして私は今──。
「──君が、」
今。
「君が、悪い」
──そのアイザックに、殺されようとしているのだろう。
「君が、君が、君が君が君が悪いんだ!!」
吐く息が白い。爪先から凍り付いていくようだ。──否、確かに、凍り付いていく。
アイザックの氷魔法は、これまで何度も近くで見てきた。彼の魔力量は、この学園の中でも一二を争うほどで、その凄まじさを私はよく知っている。よく知っているから、これから先の、私の末路が鮮明に分かる。
「ぼっ。僕、をっ。捨てるっ、す、捨てるッ、つもりだったんだろッ!!」
「な、に……」
「だっ、だって、ぼ、ぼく以外、僕以外を見て、僕以外にも笑いかけてた! 見つけたんだ、ろ、僕よりも、大事な、大事な、人をッ!!」
彼が何を言っているのか、分からない。
心当たりがない。根拠がない。理由がない。
分からないけれど──ああ、これは、ダメだ、と思った。
説得の余地がない。話し合えるわけがない。彼の話を聞いた所で意味がない。
私は噛み合わない歯を震わせながら、視線を左右に動かした。
先程まで、ここでは卒業式とプロムが開かれていた。私はめいいっぱいに着飾って、アイザックに貰った花を身につけていたのだ。
誰もが見惚れる花道になるはずだった。けれど煌びやかな笑顔の代わりに転がっているのは、氷漬けになった死体と、死体と、死体と死体と死体と死体と死体と死体と──。
「う、ぶ」
友人だった青年の腹に氷柱が突き刺さっているのを見て、腹の底から苦酸っぱい液体が込み上げてくる。
私はその場で胃の中身を撒き散らし、折角のドレスを惨めに汚した。
一体、どれくらいの人が生き残っているのだろうか。
会場一面に広がる真赤の氷を見る限り、希望的観測は止めた方が良いだろう。
「──また、僕以外を見たな?」
アイザックに髪を掴まれる。
私が視線を彼に向けると、彼はほっとした様子で私の髪から手を離し、代わりに両手で頬に触れた。
「こわい、怖いんだ、レイシア。レイシア。君が僕以外を見て、僕を僕以外と比べて、僕を置いてどこかに行ってしまうのが」
「ぁ……」
「レイシア。どこにもいかないで。僕だけを見て。僕を見て。見ろ。見ろよ。見ろよなあオイッ!!」
どこか遠くの方から少女の悲鳴が聞こえた。
そう思った数秒後に、その声が自分の喉から漏れ出たものだということに気がついて、自分でも驚くことしかできない。
私の右手には氷でできた杭が突き刺さっていて、そこから毒が広がるみたいに、氷が身体を侵食してくる。
「どうせ君も僕を捨てるんだろ僕なんかいらないって言うんだろ僕より優秀な兄がいるから僕より出来のいい人が居るから僕は君しか見てない君しか要らない君のためなら何だってできる君以外何も見たくないのに何で君は同じ気持ちじゃないんだ何で僕以外を見るんだ僕以外に笑わないで本当の僕を好きになって優しくない僕を愛してお願い僕を、僕を、僕のことだけ見てみてみてみてみてみて」
痛みと寒さで意識が朦朧とする。アイザックの声が遠くに消えていく。
その時私はふと、「これは呪いなのかもしれない」と思った。
本来なら、これはレイシアが歩むべきだった人生だ。それを私は横から奪い取り、彼女が得るべきだった幸福を彼女の分まで享受した。
学園に通っていた三年間で、彼女に身体を返す方法は見つからなかった。それなら仕方がない、と私は考えた。私がいじけたって何も変わらないのだから、なら割り切ってレイシアとしての人生も楽しませてもらおう。そう思ったのは事実だ。
だから私は、レイシアとして好きに振る舞った。元の人格が見つかりそうにないのだから、これもまあ第二の人生か、と割り切ることにしたのだ。
もしかすると、この世界のどこかからレイシアがそれを見ていて、自分の人生を簒奪した私を呪ったのかもしれない。
だから私は、アイザックに殺される。
レイシアの人生を奪った罰として。
「──な、の」
歯を、食いしばる。
「そん、なの、知らない、わよ……!!」
右手に刺さっている氷杭の先端を左手でへし折る。それを、アイザックの目へと向ける。アイザックは油断している。私が諦めたものだと思い込んでいる。
殺せる。殺したっていいだろう。彼は私を殺すつもりなのだから。
けれど──。
「……?」
彼の眼球に食い込む寸前で、腕が止まる。手のひらの内から、氷の棘が滑り落ちていく。
アイザックは首を傾げて、「どうしたの?」と私に尋ねた。
「僕を、殺さないの?」
それに私は、頷くことも、首を横に振ることもしなかった。
けれど、沈黙は肯定と同義だ。
殺せなかったのだ。
たとえ彼に、理由も分からないまま殺されようとしていたって、私は彼を殺すことができなかった。
「……殺しても、くれないんだね」
彼の顔が歪む。どうしてそんな、泣きそうな顔をするのだろう。泣きたいのはこっちの方だというのに。
本当に最悪だ。一体、どうしてこんなことに。
一度目の人生は事故で死んで、二度目の人生は親しくなったはずの王子様に殺されるなんて。
──ほんッと。
彼が氷で作った斧を振りかぶる。
──さいあく。
グシャリ。
と、肉と骨とが潰れる音がした。




