第1話 1
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「──はッ」
次に目を覚ました時に、まず私の視界に飛び込んできたのは、見知らぬ部屋の内装だった。
白い壁と光の差し込む窓。私は椅子に腰掛けていて、目の前には勉強机がある。
元々私の住んでいた実家の私室より幾分か広いだろうか。とにかく、見覚えのない部屋だ。
「……はっ?」
私は立ち上がり、辺りを見回した。
一体ここはどこだろうか。いや、そもそも私は、確かに先程死んだはずだ。もしや、あの状況から助かったのだろうか? そうだとしても、やはりどうして私は知らない場所で目を覚ました?
混乱の中、私は不意に窓の外を見た。
否、正しく言うならば、窓ガラスに映った自分の姿を、だ。
「……えっ?」
そうして私は、殊更に困惑を深めることとなる。
何故ならば、そのガラスに映っていた自分の姿が──どこからどう見ても、見慣れた「黛ミコト」のものではなかったからだ。
「……な、によ、コレ」
滑らかな頬に手を添える。透き通るような金色の髪を引っ張る。
人形のように整った、金髪赤眼の少女である。年の頃は十五か十六か、その辺りだろうか。どう見ても日本人ではない、アニメや漫画のファンタジー世界の住人の姿を現実世界に落とし込んだような美少女だ。
私は口に指を当てて、「ふうん?」だとか「へえ?」だとか言いながら角度を変えてポーズを取った。
「ま、まあ? 中々に可愛いじゃない。私の次くらいに」
──などと、言っている場合ではない。
私、黛ミコトは生まれも育ちも生粋の日本人だ。つまりこんな西洋人形のごとき容姿は持ち合わせていない。いないはずだ。
つまり、これは。
「なっ、なッ、何なのコレぇ~~ッ!?」
「──お嬢様っ!?」
有り得ない現状に悲鳴を上げた瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれる。
私は髪を両手で押さえながら振り返った。
するとそこには、上品なメイド服に身を包んだ女性が、顔色を青くして立っていた。
「どうなさいましたかお嬢様っ! 何かお怪我でもっ!?」
「え、いや、ええと……」
慌てて駆け寄られ、私は目を丸くする。
私をお嬢様と呼んだ女性は、私が無事であることを確認すると、目尻に涙を浮かべて胸を撫で下ろした。
「良かった……レイシアお嬢様の身に何かあったのではないかと、アンナはとても心配で……」
「れ、レイシア?」
「? どうされましたか? お嬢様」
私は窓ガラスに映る自分と、目の前の女性を交互に見比べ、それから自分の顔を指さした。
「レイシア。私が、レイシアなの?」
「……? ええと、それは、どういう?」
「……。アンナ、というのね?」
「えっ?」
「ごめんなさい。さっき、うっかり転んで頭を床にぶつけてしまったの。それで、ちょっぴり記憶が混乱していて」
「えええっ!? たッ、大変! すっ、すぐにお医者様をお呼びいたします!」
「いえいえ良いの良いの! そこまで強く打ったわけじゃないから!」
「でっ、でも……!」
「少し話せば落ち着くと思うから。だからアンナ、良ければ私の話し相手になってくれない?」
「そっ、それは勿論!」
私は椅子を引き、アンナをそこに座らせた。それから私はベッドに腰を下ろし、彼女の顔を真正面から見つめる。
タチの悪い夢でないとするならば、これは恐らく「転生」と呼ばれる類のものだろう。
いや、乗っ取り? それとも憑依と呼んだ方が正しいのだろうか? まあ呼称に多少の差異はあれども、これが非科学的な超常現象であることに違いはない。
私、黛ミコトは死んだ。そして私の魂が、「レイシア」という少女の身体に入り込んでしまったのだ。
信じられない。信じられないが、実際死んだはずの私がこうして別人の姿になって動いているのだから、一旦は受け入れて前に進むしかない。
そのためにも、まずは状況を整理しなくては。
「アンナ。確認なんだけど、この国の名前って何だっけ?」
「セルベルク、ですが……」
「地図……そうだ、地図はある?」
「え、ええ。取ってきます!」
私は「ありがとう」と言って頷いた。
セルベルク。私の覚えている限り、地球上のどこにもそんな国はなかった。
アンナに取ってきてもらった世界地図を眺めても、やはり私の知る地理とは全く異なっている。
成程。つまり、これは。
──異世界転生、というやつだ。
『お姉ちゃんお姉ちゃん! この小説すッッごい面白いの! 貸してあげるから、読んだら感想聞かせて?』
と、可愛い妹の勧めもあって、生前にそういったファンタジー作品にもいくつか目を通してきた。
この状況は、かつて読んだそんな作品と類似している。死後、別の世界に魂を飛ばされ、別の人間として生きることになる、というファンタジー。それが、まさか自分の身に起きるとは。
私は眉間をつまみながら、アンナにこう尋ねた。
「……もしかして、魔法、とか。使える人って、この世界に存在する?」
「え、ええ……誰でも、というわけではありませんが」
「そう。そう、ね。そうだったわ」
首を縦に振りつつ、私は内心で頭を抱えた。
やはりあるのか、魔法。それはつまり、この世界では私の常識、私の知る物理法則が全く通用しない可能性があるということだ。
せめて生まれ直すなら赤子の頃から始めてほしかった。何故こんな中途半端な地点からスタートしてしまったのか。もしも私を生まれ変わらせた神とやらが存在するのなら、思い切り文句を言って爪先を踏んづけてやりたい。
──そもそも、私の魂がこの身体に入ったのだとして、元の身体の持ち主であるレイシアという少女はどこに行ってしまったのだろうか。
それとも、「黛ミコト」という前世の記憶を、今になって突然思い出してしまい、そのせいでこれまで「レイシア」として生きてきた記憶が黛ミコトの人格に上書きされてしまったのか。
ダメだ。分からないことが多すぎる。
いっそのこと、全てをこのアンナという女性に打ち明けてしまう? いや、そうするにしては、私はまだ彼女のことを知らなすぎる。とにかく今は、できるだけ多くの情報を集めたい。
「──お嬢様が本日ご入学されるのも、王立魔法士養成学園、ですよ?」
「……えっ?」
思案に耽っていた私は、その言葉で一気にこの夢みたいな現実に引き戻された。
えっ? 嘘っ? 今日っ? 今日入学!?
そう言われて見下ろしてみると、確かに私はリボン付きの上品なブラウスと紺色のスカートに身を包んでいる。成程、これがその学園の制服ね。へえ、結構可愛いじゃない。……じゃ、ない!
「きょっ、今日入学なのっ!?」
「は、はい。それでお嬢様は、迎えの馬車が来るまで自室で身支度を整える、と仰って……」
マズい。まだ自分の身辺情報すら把握できていないのに、こんな状況で更に新天地に向かうだなんて。環境が目まぐるしく変わりすぎている。せめてもう少し余裕が欲しい。
するとアンナが、心配そうに私の顔を覗き込む。
「あの、お嬢様……。本当に、大丈夫でしょうか? やはり、お医者様を呼ばれた方が」
「えっ? いや、いいの。大丈夫。随分落ち着いてきたから」
「無理はなさらないでください。体調が優れないようでしたら、私の方からアイザック様にお伝えしますから」
「あ、アイザック?」
マズいマズい。知らない名前が新しく出てきてしまった。アイザックとは一体誰だ。
私が目を泳がせていると、アンナは「今日、お嬢様をお迎えにいらっしゃるんですよね?」と困った様子で言った。
「そ、そう、だったわね……」
どうやらそのアイザックとやらは、今から私に会いに来るらしい。恐らくはレイシアの友人だろう。そんな相手に中身が別人にすり替わっているだなんてバレたら、気まずいなんてものじゃない。
そう、アイザックに──。
──アイザック?
「ッ!」
その瞬間、私のこめかみに鈍い痛みが走った。
そうして目を硬く閉じると、頭の中に勝手に記憶が浮かび上がってくる。
【アイザック・フォン・セルベルク】
〈セルベルク王国の第二王子。銀髪碧眼の青年。優しく穏やかな性格だが、実は天才肌の第一王子に対してコンプレックスを抱いている。甘いものが苦手。レイシアとは幼い頃から親交がある〉
「ッなっ、あッ、なっ……!」
──なッ、なんて情報を開示してくれてんのよ……!!
と思わず叫びそうになり、寸前で何とか口を押さえる。
第二王子? 親交? レイシアと?
いや、それよりも……。
私は何故、そのことを知っている?
「……ぁ」
そうだ。
そういえば、妹が言っていた。
『そう! それでね、攻略対象のアルファルド様がもうすっごいメロくてぇ~! それから、こっちの三日月くんと、エルたんも~! あっ。このシナリオも超~ッ良かったんだよ!』
『へえ、色んな設定があるのね。こっちが学園もので、こっちはファンタジーもの?』
『そうそう! ね、お姉ちゃんも一緒にやろうよ! 乙女ゲーム!』
「──乙女ゲーム!」
「おと?」
「はっ」
アンナが首を傾げる。私は口を押さえて「な、なんでもない」と呟いた。
乙女ゲームの世界に転生。そういった話も、私が元居た世界ではかなり人気を博していた。かくいう私も、妹の誘いを受けて何本かの乙女ゲームを履修したし、乙ゲー世界に転生する漫画や小説も嗜んだ。
だがしかし、元の世界で人気のストーリーだったからと言って、それが現実に起きるとは限らない。むしろ予習していたことがそっくりそのまま出題されたようで、不自然ですらある。
が、その一方で、頭に浮かんできた情報を無視できないのも事実だ。アイザック以外にも、複数の人間の情報が脳裏に浮かび上がる。まるで、乙女ゲームのキャラクター紹介を眺めているみたいな気分だ。
もしかして、私は以前にこの世界を舞台とした乙女ゲームをプレイしていたのだろうか?
それで、これから出会うだろう人物たちの情報が予め頭に入っていたのだろうか?
しかし、どれだけ考えても、該当するゲームのタイトルを思い出せない。一体どれだ? 私はこの情報をどこで手に入れた?
考えてみたが、全く思い出せない。前世の記憶が曖昧になっているのかもしれないし、単純に忘れたのかもしれない。そもそもゲームや小説とは何の関係もないのかも……可能性を指折り数えていてはキリがない。
とにかく、だ。
「アイザック、が、迎えに来るのね」
記憶によれば、どうやら彼はこの国の第二王子らしい。
そんな王子と幼馴染とは。「お嬢様」と呼ばれた時点で何となく予想はついていたが、レイシアは随分と高貴な家のご令嬢のようだ。
温厚で穏やかな人のようだし、レイシアの中身が別人であると見抜かれたとしても、即座に「貴様は誰だ! 不敬だ! 断罪だ!」とはならないだろう。ならないことを祈るしかない。
というかそもそも、この時点で私がレイシアではないとアンナにバレていない、ということは、レイシアもある程度私と雰囲気の似た人物だった可能性が高いだろう。
とりあえず今はレイシアとして振る舞い、私が何をすべきか見極めるしかない。
レイシアには多少申し訳ないが、ここは彼女の立場と姿をめいいっぱい利用させてもらおう。私だって望んで彼女の身体を乗っ取ったわけじゃないのだ。恨むなら私をここに連れてきた誰かを恨んでほしい。
「心配かけて悪かったわね、アンナ」
「本当に、もう平気なのですか?」
「ええ。それより、こちらもアイザックを出迎える準備をしないと。我が国の王子に無礼があったようでは、この家の品位が損なわれるわ」
「……! はい!」
転生直後は流石に動揺が勝ったが、しかし心の準備は整った。
私はいつもと同じように、自分にできることをできる限りやり尽くせばいい。そうすればいつだって、素晴らしい結果が私の後をついてくるのだから。
それにしても、魔法か。
そんなものがあるのなら、もしかすると元居た世界と交信できる手段だって見つかるかもしれない。
幸い、私はこれからその魔法を学びに学園へ向かうそうだ。とすれば、そこで魔法の知識を身につけたなら──家族や友人に会える可能性はゼロじゃない。
そう思うと、ますますやる気が湧いてきた。
何がどうしてこうなったのかは全く分からないが、目に物見せてやろうではないか。
この私が、必ずや素晴らしい未来をこの手に掴んでみせる。
私はそう決意して、硬く拳を握りしめた。




