プロローグ
「危ない!」
なんて叫んで飛び出してしまったのは、別に私が度を越えたお人好しだったからとか、自分の命を犠牲にしてでも子供を助けたかったから、だとかじゃない。
私の名前は黛ミコト。日本の神奈川県に暮らす、十七歳の女子高生だ。
私の人生は、自分で言うのも何だけど恵まれたものである。
優しい両親と可愛い妹が居て、裕福な家庭で何不自由のない生活を送らせてもらっている。勉強や対人関係でも苦労した覚えがないし、何でもそつなく器用にこなせるタイプだ。
つまり私という人間は、文句のつけようがない、自他ともに認める完璧な優等生であり──だからこそ、許せなかった。
だって、そうだろう。
目の前で起きた、看板の崩落事故。何もしなければ、何の罪もない子供が落下してきた看板の下敷きになって押し潰される。
そんな光景を前にして、それなのに黙って見ているだけでは、私の人生に「目の前で死んでいく子供を見殺しにした」という拭えない汚れが染み付いてしまうではないか。
そうなれば明日食べるごはんも美味しくなくなるし、楽しいことがあっても声を出して笑えない。
私が、私の誇れる「私」じゃなくなる。それを許容できるほど、私のプライドは安くない。
だから、私は咄嗟に飛び出した。
気づいた時には子供の背中を突き飛ばしていて、顔を上げると看板の赤色が視界の一面を覆っていた。
顔も名前も知らない子供の命なんて、本当は別にどうだって良かったのだ。きっとこれが目の前で起きた出来事じゃなくて、新聞の一面だとか、ニュースの冒頭だとかを飾る不幸な他人事だったなら、私は薄情にも「可哀想に」と、ただ一言思うだけだっただろう。
でも、目の前で起きてしまった。私にもできることがあった。できることがあるのに、何もしない自分を許せなかった。後味の悪い思いをするのが嫌だった。
ただそれだけのことだ。
徹頭徹尾私のためだけに、私は私の命をかけたのだ。
その選択に後悔はない。きっとそうしなかった時の方が、もっとずっと苦い思いをしただろうからだ。
家族を泣かせてしまうのは悲しい。会えなくなるのは辛い。でもきっと、お父さんもお母さんも、可愛い妹も、私のことを誇りに思ってくれていることだろう。
「──、」
意識が遠ざかっていく。
愛する人たちの顔を思い浮かべながら、私は目を閉じる。
『──て』
その瞬間。
『──を、──て』
誰かの声が、微かに私の耳に届いた。
ような、気がした。




