第24話 あなたの手を取りたい
こうして捕らえたヴァージル侯爵とその一派は、王国の審問官へと引き渡されることになった。彼らはそこで厳しい取り調べを受け、刑罰を与えられるだろう。
その一方で、私は王城へ出向くよう命を受けた。
此度の一件について、王から直々に功績を称えられるらしい。国王からの命令だ。拒否する権利もないし、理由もない。私は王城へと向かった。
「此度の功績、誠に見事であった」
ここは大謁見の間である。
両脇には巨大な石柱が立ち並び、床には赤く細長いカーペットが敷かれている。壁にはステンドグラスでできた窓が規則的に連なっていて、極彩色の光が部屋を照らしていた。
奥には玉座があり、そこには髭を蓄えた、四十代ほどの男が腰かけている。
この国の頂点、セルベルク王その人だ。
「エルフェドールの娘よ。王国に巣食う不届き者共の企みを未然に断つことができたのは、ひとえにそなたの機智と機智故のものだ」
「……有難きお言葉にございます、王よ」
私は厳粛に頭を下げながら、内心で「ウォーレンのことも呼びなさいよ」と思う。彼も確実に功労者の一人なのだ。然るべき褒美を取らせるべきだろう。平民という身分故に王への謁見が許されないのだろうが、釈然としない。まあ本人は呼ばれたとて「胃が痛いから絶対嫌なんだぜ!」と駄々を捏ねるだろうが。
「よりにもよって我が妻が病の床にあるこの時に、かかる不埒な企てを巡らせようとはな。正に断じて許し難き暴挙よ」
「ええ。仰る通りです」
「隣国との不和を鎮めるべく尽力してくれたことにも、心から感謝する。実に大義であった、レイシア・エルフェドール。その忠義と類稀なる才に対し、しかるべき褒美を約束しよう」
と言われたが、パッと望みは浮かばなかった。欲しい物は大体何でもすぐに手に入れてる性質だからだ。……ああでも、王都から少し離れた静かな土地に、綺麗な家を一つもらうというのは良いかもしれない。
そんなささやかな夢を頭の片隅に浮かべながら、私は顔を上げ、唇を動かす。
「大義のお言葉、身に余る光栄に存じます。……つきましては、不遜を承知で、陛下に申し上げたき進言がございます」
「申してみよ」
「はい。……わたくしは、精霊たちをこの身に宿しております」
私は王の目を見据えながら言った。
つまり、何が言いたいのか。それは、ヴァージル侯爵の陰謀が明らかになって尚、まだいくつか不可解な点があるということだ。
「故に、精霊たちのお告げにより、時に未来を垣間見ることがございます。それは断片的なものであり……必ずしも実現するわけではない、起こり得るかもしれない未来、という形を取っておりますが」
まあ、嘘だ。私に未来を予知する力などない。
だがしかし、死んだら過去に巻き戻る、という力について一から説明するよりも、こう言った方が分かりやすいし、信じてもらいやすいだろう。
「その力により、わたくしが見た未来では……何故か、わたくしの傍に長く居た者ほど、強く正気を失っていました」
「──」
「それに……ヴァージル侯爵が計画を実行する予定だった、プロムの夜よりも前に、狂気に呑まれた者に私が襲われる未来を見たこともございます」
二度目のループのことだ。
あの時だけは、私は何故かプロムの日以前に殺された。もしかすると、侯爵の計画がどこかで捻じれた結果ああなったのかもしれないし、他に原因があるのかもしれない。
だが何にせよ、あれは既になかったことになった過去だ。
あの時の真相を、今から調べることは難しい。
結局、何故私ばかりが執着されるのかも分からないままだ。その辺りの事情を、侯爵から直接聞き出したかったのだが──それは王国の審問官の役目だと止められてしまった。
ヴァージル侯爵らは、王城の地下にある審問室に幽閉されているらしい。そこには審問官以外の立ち入りは許可されておらず、たとえ彼らを捕縛した私でも中に入れてもらえない。そういう制度だと言われてしまえば、尋問は彼らに託すしかなかった。
「どうか、詳しくお調べいただきたく存じます」
「──相分かった。そなたの側でも、何か見えたならすぐ余に知らせよ」
こうして王への謁見は終わった。
重苦しいドレスを脱ぎ、白い綿のワンピースに袖を通す。そうして向かった先は、街外れの運河沿いに伸びる道だ。広い運河の上にはアーチ状の石橋が掛かっていて、その下を小舟がいくつか通り抜けていく。
快晴の下、私はウォーレンの姿を見つけた。彼は橋の手すりにもたれかかって、空を見上げていた。
私は彼の元へと走っていき、ピョンと跳ね、彼の背中に飛びついた。その衝撃で、彼は「おおう」と呻いて前のめりになる。そして彼は振り返り、私の顔を見てほのかに笑った。
「お。英雄様だ」
「むっ。他人行儀!」
私は彼の背に乗ったまま、彼の髪の毛をぐいぐいと引っ張った。彼は「いてて」と言って目を細め、それからしゃがんで私を地面に下ろす。
「新聞見たぜ。すっかり皆の英雄だな」
「本当ならあなたも称賛されるべきなのに……」
「いや良いて。オレの名前なんか出しても誰も盛り上がらねーよ」
ウォーレンはそう言って苦笑した。
危うく国を揺るがしかけたヴァージル侯爵との一件は、瞬く間に人々の知る所となった。王から功績を称えられる姿は新聞でも大々的に報じられ、レイシアの光り輝く美貌も相まって、今や完全に麗しき救国の英雄扱いである。
「良かったよ。誤解が解けて」
「なに?」
「レイシアはさ。学校じゃいっつもツンケンしてただろ。そうしねーと、誰に何をされるか分かんなかったから」
「……そうね」
「でも、もういいんだよ。壁なんか作んなくていい。ホントのお前は、多分オレなんか到底お近づきになれないような人気者なんだ」
彼は橋の下の水面を見つめながら言った。
私は眉間に皺を寄せる。彼のその遠くを見るような顔が気に入らなかったからだ。一体何を感傷に浸っているのだろうか。私は彼の二の腕をつねった。
「いで!」
「何よ、その言い草は」
「いや……」
「あなたの方こそ、何で私から距離を取るの」
「や、取ってねえよ」
「取ってる!」
「いや……ただ」
「ただ?」
「……やっぱ、雲の上の人なんだなって思っただけ」
そう呟いて、ウォーレンは頬を掻いた。
何。何それ。気に入らない。
私は後ろから彼の服を引っ張った。
「……だ」
「?」
「だから、誘ってくれないの?」
ウォーレンは「へ?」と言って、こちらへ振り向いた。
私は下唇を噛み、キッと彼を睨み上げる。
「だ、だから、プロムの話!」
「へ……」
「私、ずっと他の人の誘いを断り続けてるんだけど!?」
そう。私は未だプロムのパートナーを決めていなかった。
王との謁見が終わってからというもの、私は至る所で呼び止められるようになった。かつて周囲に冷たく振る舞っていたことが、「もしかしてこの事件に巻き込まないようにするために……?」だなんて解釈をされているためらしい。そのためプロムの申し込みは殺到。しきりに学園の殿方から誘いを受けている。が、その全てを一も二もなく断っているのだ。
どうしてそんなことをしているのかって?
見れば分かるだろう。
「わ……、私と……」
耳まで顔が赤くなっているのが分かる。
こんなことを私に言わせるなんて、全くどうしようもない甲斐性なしのヘタレだ。
本当に。
ホントに。
これで断ったら絶対許さない。
「……私と踊ってよ……」
声が上擦る。珍しく心臓の音が鳴り止まない。今までどんな時だって緊張しなかったのに。
硬く閉じていた目を徐々に開く。彼を見上げる。
視界に映った彼の顔は、多分私と同じくらいに赤く染まっていた。
「……う、ん……」
彼はロボットみたいに首をぎこちなく振って、それから「あ、ああ、いや」と俯いてぶつぶつ言う。
そして自分の頬を両手で叩き、服で手のひらを擦ってから、私に向けてその手を差し出した。
「お、オレに、エスコートさせてください……」
その声はみっともなく震えていたし、正直最後の方は歯が抜けたみたいに嚙みまくっていたけれど、まあ仕方がないので及第点をくれてやることにした。




