第23話 ×倍返し
「き……キショくて手ェ出ちゃった! 絶対まだ出ちゃダメなタイミングだったよな!? えゴメン! オレやっちゃった!?」
「いや……いいわ。むしろナイスよ」
焦った様子で私の顔色を伺うウォーレンに、私は親指を立てて言った。
私としたことが、ドン引きのあまり硬直してしまっていた。全身に鳥肌が立ち、足を動かすことを忘れてしまったのだ。そんな中、ウォーレンがびっくりするほど躊躇なくセクハラキモデブ侯爵を殴り飛ばしたので、やっと我に返ることができた。彼は「やっちまったぜ!」という顔をして目を泳がせていたが、ファインプレーである。
「なッ……何者だ!?」
ヴァージル侯爵は、右肩から血を流して叫ぶ。
「どこから入ってきた!?」と狼狽える彼の前で、騎士団含む私たちは透明化の魔法を解除した。これはセオドアから贈られた魔道具による効果だ。ちなみにそれは以前に入手した古代道具を彼が改良し、小型化したものである。
突然現れた騎士の一団を前に、彼らは金属を爪で引っ掻いたような悲鳴を上げた。
「今の話──確かにレイシア様の仰る通り、貴様らは国家への反逆を企てているらしいな」
騎士団長が低い声で言った。
それは地を這うような、憤怒を煮詰めた声色だった。
ヴァージル侯爵は油のような汗を床に垂らし、腰を抜かして後ろに下がった。
「ちっ、違うっ、これ、これは……!」
しかし、どれだけ言い訳を重ねようとも無駄だ。ここに居る全員が、彼らの企みを直接耳にしている。何せ、透明化した状態でずっと部屋に潜んでいたのだ。これは決定的な証拠である。
私は更に追撃するため、一歩前に出て書類を取り出した。
「これはあなたたちが改ざんした帳簿よ。そして、こっちが正しい記録。隣国から我が国では生成不可能な毒物を輸入。そして自分の財産を隣国へと移動させているわね」
「ッ……!」
「隣国の強硬派と繋がりがあることも分かっているわ。その伝手を使って亡命しようとしたのでしょうけど、残念ね。隣国の内部分裂は既に治まっています」
「……な、は?」
「隣国に留学中の知り合いに協力してもらったの。隣国の王家も強硬派には頭を悩ませていたみたいでね。此度の一件で彼らはまとめて処刑されました」
要するに、アイザックとエドガーに協力してもらったのだ。
調べた情報をアイザックの「共感覚」でエドガーに渡し、彼に隣国内であれこれ働いてもらったのだった。
私が知った情報を伝えると、アイザックは驚きながらもすぐにそれをエドガーに共有。そうして速やかな情報伝達が行われ、鉱石の採掘に関する協定と共同開発地域の設定について、エドガーが隣国の王家に掛け合ってくれたのだ。
──ヴァージル侯爵の陰謀に気が付けたのは、ウォーレンが帳簿の改竄を直感で見抜いたお陰だ。
私一人でも時間をかければ不正を見破れただろうが、プロムの日までに証拠を掴むのは難しかったかもしれない。つくづくこの男は、私の歯車をいい方向へと回す人だ。四度死を繰り返しでもしないとその良さに気付けないのが玉に瑕だが。
「ぐ、ぎッ、クソッ……!」
ヴァージル侯爵は顔を焦燥と怒りで土色に染めて、それから声を張り上げて「タイタン!」と叫んだ。
それはどうやら、彼が雇っている傭兵の名前らしい。
彼の声を聞きつけたのか、どこからともなく目の前に禿頭の巨体が現れた。身体中に傷跡を持つ、私の四倍ほどはありそうな背丈の男だ。岩をも砕きそうなほどの大男である。
「全員ッ! 全員殺せッ!」
ヴァージル侯爵は唾を飛ばしながらそう叫んだ。
どうやらこの場に居る全員を殺し、逃げおおせるつもりらしい。
大男はじろりと私を見下ろす。それは足の下に居る子兎を見るような目だった。
彼は私へ、大木のように太い指を向けた。
「おい、おま──」
口を開けた瞬間、彼の身体から血が噴き出る。大男はそのまま崩れ落ちるように倒れた。
私が彼を斬ったのだ。彼が何を言おうとしていたのかは分からなかったが、まあ別に聞かなくともいいだろう。こちらに襲い掛かろうとしてくる人間の台詞を最後まで聞いてやる義務などない。手加減して斬ったので、死んではいない。
ヴァージル侯爵は、何が起きたのか分からない、という顔で指が四本入りそうなほど口を開いている。恐らくは相当な手練れの傭兵だったのだろう。それが一瞬で地に伏したことを、まだ理解できていない様子だった。
私は真っ白に光り輝く剣を横に振る。すると天井からボトボト、とまるで雨のように、気を失った人間が降ってきた。
「ひッ……!」
「見覚えのある顔でしょう。各地に配置されたあなたの私兵たちよ」
彼らを手で指し示しながら言う。
ヴァージル侯爵の手勢は既に制圧済みだ。配下が各地に散らばっていたため多少面倒だったが、問題はない。彼の切れるカードは全て潰してある。
いよいよヴァージル侯爵の顔は紫色に染まった。何一つ勝ち目がないことを悟ったのだろう。彼の目からは戦意の光が消え失せている。
だが、そんなことは私には関係ない。
「私はね」
一歩、彼に詰め寄る。
彼の歯がカチカチと音を立てる。
「あなたに恨みがあるの」
──彼が盛った毒は、人の精神に作用するものだった。
プロムの夜になると、私は必ず殺される。その原因は、この男の身勝手な陰謀にあった。
「あなたには、覚えがないでしょうけど……」
私が殺されたことなど、彼が知るわけはない。
だが、四度。
四度、私は死んだのだ。
四度も、私の友人の手を汚させられた。
「私、受けた仇はきっちり返すタイプなの」
私は彼の身体を、リフティングの初めみたいに爪先で浮かした。
そして私も飛び上がり、彼の腹に拳を叩き込む。「ほごッ」と彼の口から潰れた蛙のような声が漏れる。彼の身体が吹き飛び──すかさずその方向に移動して、先程とは反対の背を殴る。
「1、2、3、4!」
「ホブッ、ガッ、ごっ、おッ」
「5678910!!」
別に四度死んだからって四度殴るわけじゃない。
全然もっと殴っておく。その権利が私にはある。
「やべッ、やべでッ」
「まだまだぁ!」
四方八方から滅多打ち。地に足を付けることもできないまま、ヴァージル侯爵は宙でタコ殴りにされ続ける。
流石にこれ以上殴ると本気で死ぬだろう。そう思うくらいまで殴り続けて、そして蹴り飛ばし、窓の外へと彼を吹き飛ばす。
私も割れたガラスに飛び込んで、大きく足を振り上げた。
「このッ、クソ野郎がぁぁぁッ!!」
彼の三段腹めがけて踵を落とす。
ヴァージル侯爵は地面に叩きつけられ、庭の土にめり込んだ。
私は大きく息を吸った。
原型が分からなくなるほど顔を腫らし、泡を吹いて気絶したヴァージル侯爵を見下ろす。
すっと、私の胸がすくのが分かる。
今まで感じた痛みはなくならない。過去をなかったことにはできない。けれど、これで少しだけ、死んでいった私が報われた。そんな気がした。
「レイシア!」
頭上から声が聞こえた。
顔を上げる。すると、割れた窓から身を乗り出すウォーレンが見えた。
私は徐に右手を挙げた。ウォーレンが目を瞬かせる。
私は挙げた手をピースの形に変えて、それから歯を見せて盛大に笑ったのだった。




