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第22話 陰謀




 五度目のループ、三年目。

 秋。

 何もない空からひらひらと、まるで枯葉みたいに落ちてきた紙を、私は手に取った。

 差出人はセオドアだ。恐らくは転移魔法の一種で届けているのだろう。相変わらず、訳の分からない仕組みの魔法を使うやつだ。


 手紙の内容は、彼らしい不躾で失礼な挨拶と、真レイシアの魂の救出に関する研究の報告と、彼らしい不躾で失礼な締めくくりの言葉で構成されていた。魂の分離に関する理論は、完成まであと一歩とのことだ。

 私はその文章に目を通し、腹立たしさと、感謝と、そしてほんの一欠片の寂寥を感じる。


 セオドアは、ある日突然私の前に姿を現さなくなった。

 学園にも居ない。授業にも出ていない。寮内を探してももぬけの殻だった。退学したというわけではないので、どうにかして試験は受けているのだろう。だが、どこを探しても彼の姿は見つからなかった。

 けれど、彼が元気に生きていることは分かる。時折こうして彼から手紙が届くからだ。

 筆を取る気力はあるらしい。彼曰く、「事情があって顔を出せない」のだそうだ。

 手紙でその事情について尋ねてみたけれど、彼がそれを教えてくれることはなかった。

 きっと彼のことだから、何か本当に言えない事情があるのだろうけれど、それにしたって寂しいものは寂しい。

 ウォーレンも心なしかしょげている。セオドアは数少ない友達なのだ。


 けれど私には、そんな感傷にずっと浸っていられるだけの余裕がない。

 私は手紙を折りたたみ、机の中に仕舞った。


 ──プロムの夜が、近づいてくる。


 恐らくはそこが、私の最終的なタイムリミットだ。私の最悪なゴールテープがそこにある。

 私は今度こそ、それを切らない。

 そのために動く。そのために走る。そのために剣を振る。

 リボンで髪を一つに結び、項に垂れてきた髪の束を手の甲で払う。


 いよいよ大詰めだ。

 私は……私は、今度こそ生きて、その次の日の朝を、見たい。




× × ×




 私は馬の手綱を軽く後ろに引き、馬を止め、その背中から降りた。後ろに乗っていたウォーレンにも降りるよう促し、手を出して支えてやる。

 背後には、同じく馬に乗った騎士が数十名ほど居る。

 私は顔を上げた。

 目の前には重厚な門があり、その奥には巨大なゴシック様式の屋敷がそびえ立っている。幾重にも階を重ねたその家はまるで城のようであり、華美な装飾の施された高い塔が四隅に配置されていた。

 その窓からは光が漏れていて、中には人の気配がある。

 夜の空には雲一つ浮かんでいなかった。


「な……、なあ」


 隣から、ウォーレンの不安げな声が聞こえてくる。私は彼の方を見た。

 彼は眉を下げて、呼ばれていないパーティに間違ってきてしまったみたいな顔をして、辺りをキョロキョロと見回していた。


「お、オレ場違いじゃねえ? 多分この場において何の役にも立ちませんが……」

「そうでしょうね」


 彼が戦闘面においてその辺の道端に落ちている石ころくらい何もできないことは承知の上だ。剣もまともに振れないし、上手に扱えるのは包丁くらいのものだということも。

 というわけで、別に彼には何の期待もしていない。私の後ろに木みたいに突っ立ってくれていたら十分だ。


「考えてみたんだけど、今この世界で一番安全な場所って多分私の後ろよ」

「か、カッケェ……!」

「あなたのこと一人にして、それで知らない間に誰かに殺されでもしたら不愉快だもの。たとえ戦地だとしても、私の傍に置いていた方がマシね」


 戦いの場に置いておくよりも、目を離してしまう方が余程危険だ。私は彼に「あまり前に出過ぎないようにね」と忠告した。彼は頷いて、「護身用に鉄の棒とか持っておくわ」と真剣な口調で言った。


「──あなたたち!」


 私は騎士たちに向けて言う。


「これより暴かれる奸計は、彼の“真実を見通す目”によって白日の下へ晒されたもの!」


 手を挙げながらそう告げると、隣でウォーレンが「そんな大層なもんではねーけどな……」とでも言いたげな顔をする。

 私はその微妙な表情を無視し、更に宣言を重ねた。


「ヴァージル侯爵、並びにその派閥の貴族たちは、この国への反逆を企てています!」


 息を呑む騎士たちに、私は自分の胸に手を当てて告げた。


「──奴らは王立魔法士養成学園の卒業式にて、貴族の子息たちへ毒を盛り、王国を混乱に陥れようとしているのです!」




× × ×




 部屋の中は豪奢な装飾で飾り付けられており、晴れ舞台のように温かく鮮やかな光で満ちていた。

 暖炉では薬木の薪が煌々と燃やされていて、空間を芳醇な香りで埋め尽くしている。

 重厚な赤い椅子に腰掛けているのは、腹に豪勢な肉を付け、分厚い二重顎を携えた男だ。たっぷりと髭を蓄え、白目は濁り、歯だけが異様に白いその男の名は、グリーディ・ヴァージルという。ヴァージル侯爵家当主であり、御年48歳。妻はおらず、愛人は指の数より多い。

 パーティ会場のごとく賑わう屋敷の中では、ヴァージル侯爵派の貴族たちが酒を飲み交わしていた。


「──デュナール。例の“贈り物”は届いたのか?」


 グラスに並々と注がれた深紅のワインを口へと滑らせながら、ヴァージル侯爵は自身が可愛がっている貴族の子爵へと問いかけた。

 細長い髭を持つトカゲのような目をしたデュナール子爵は、「はっ」と返事をして腰を折り曲げる。


「隣国より、恙なく到着しております。帳簿も既に処理済みですので、万が一にも騎士団の鼻につくことはありません」

「相変わらず仕事が早いことだ」

「ありがたきお言葉にございます」


 ヴァージル侯爵は、己の髭を撫でながらその目に品のない光を浮かべた。


「魔力を乱し、精神を混濁させる神経毒だ。学園に通う貴族のガキ共には殊更効くだろう。隣国の連中も、中々どうして良い物を作る」


 彼は白い歯を見せて笑った。

 彼が密輸したものは、この国では栽培すら禁止されている植物から生成された毒である。身体の神経を通って魔力に作用し、やがては精神を狂わせるというものだ。

 ヴァージル侯爵はこれを、自分の息のかかった貴族連中を利用して、学園のプロムにて振る舞われる酒に混入する計画を立てていた。


 何故彼がそのような陰謀を企てているのか。

 それは彼が、このセルベルク王国に対して、血が煮えたぎるほどの私怨を抱いているからだった。


 ヴァージル家は元々、王国中枢の役職を務めてきた一族だった。しかし代替わりを重ねるごとに、王国を支えるほどの才覚は失われていき、反対に野心ばかりが肥大していった。そんなヴァージル家に、王国は見切りをつけて役職を取り上げ、地方へと追いやったのだ。

 焼け付くような屈辱を味わわされたヴァージル家は、それからというもの代々王国に対し真っ黒な恨みを積み上げていった。王国が自分たちを冷遇するのは、王家が我らの才能を恐れたからだ。だから権威を取り上げ、こんなつまらない土地に閉じ込めたのだ。この国のやつらは、どいつもこいつも見る目のない愚鈍な無能ばかりだ──と。


 そんなふうに受け継がれてきた怨恨を遂に爆発させたのが、当代のヴァージル侯爵であった。

 彼は傲慢を絵に描いたような人物であったが、しかし商才には恵まれていた。彼は非人道的な事業によって富を蓄えながら、やがて積年の恨みを晴らすための陰謀を考え付いたのだった。

 それがこの、貴族の子息たちを狙った計画だ。


 各国との取引の中で、ヴァージル侯爵はセルベルク王国と隣国との情勢悪化を察知した。

 これは事実であり、確かに隣国との間では緊張が高まっていた。隣国では鉱石の採掘量が減少しており、資源が豊富に採れるセルベルク王国に進出するべきではないかという声が日に日に大きくなっていたのだ。隣国内でも穏健派と強硬派に分かれ、強硬派は「これは自国の正当な権利だ」と主張していた──。

 これに目をつけたのがヴァージル侯爵である。

 彼は隣国の強硬派貴族と結託し、王国を混乱に陥れる計画を立てたのだ。学園のプロムには、この国の中枢を担う貴族の子供の大半が参加する。潤沢な魔力を持つ者にほど、彼が用意した毒はよく効く。彼らの精神はじっくりと毒に蝕まれ、この国を大いに掻き乱してくれるだろう。直にこの国は、赤黒い血に塗れるはずだ。それは我ら一族を虐げたことに対する天罰に他ならない。と、ヴァージル侯爵は汚れた笑みを深めながら思う。

 その混乱に乗じて隣国へ亡命すれば、計画は完璧だ。謀略が成功した暁には、隣国にて報酬と確固たる地位が与えられると約束されている。あとはその高台から、滅んでいく王国を眺めているだけでいい。


「ヴァージル侯爵様。事が成就した折には──」


 自らも勝ち馬に乗ろうと企むヴァージル派の貴族たちが、欲に目を光らせながら手を揉む。


「ああ。この国の鼻持ちならん貴族共から手に入れた財は、約束通りお前たちに分け与えよう」

「何と懐の深いお方……!」

「まこと恐悦至極にございます……!」


 ヴァージル侯爵は腫れたような腹を揺らして笑い、それから忌々しげに舌を鳴らす。


「大体、少々魔力に秀でている程度で偉そうに振る舞いおって。癪に障る連中だ……」


 ヴァージル侯爵は、貴族ながら魔力を持たずに生まれた。それはセルベルク王国にとっては致命的な無才であり、彼は貴族社会の笑い物であった。故に彼は魔力持ちに対して強烈な劣等感を抱いており、魔法士養成学園に通う貴族子息を狙ったのもそれが理由の一端だった。


「……だが、女たちの器量は悪くない」


 ヴァージル侯爵は、手元のリストを粘ついた視線でなぞった。そこには学園に所属している貴族令嬢たちの名と顔写真が並んでいる。

 彼は目を真っ黒にして、「そのまま捨て置くのは惜しいものだな」と、肉欲の滲んだ声で言った。


「特にエルフェドールの娘はいい。精神を犯され、廃人になった折には、是非とも我が物とし愛玩してやろう」


 彼は金髪の美しい女の写真を舐め回すように見つめた。この勝気な赤い瞳が恐怖と混乱に崩れる様は、さぞかし愉快なことだろう。毒に犯されたこの女を屋敷で飼い殺し、奴隷として奉仕させる夢想に耽る。


「しかしながら……確かに顔は美しいですが。少しばかり身体つきが貧相ではありませんか?」

「馬鹿を言え、それがまた良いのではないか。子供のような見目の女に、己が雌であるということを分からせるのが堪らないのだ」

「それはそれは。ヴァージル様も中々に良い趣味をされていますなあ」


 貴族たちは賑やかな声を上げて笑い合った。

 穏やかな談笑の時間だった。彼らの胸には未来への期待と幸福の予感が所狭しと詰まっていた。

 そうして瞬きをした次の瞬間。


「──ひげブッ!」


 ヴァージル侯爵が突然声を上げた。

 まるで突然何者かに後ろから殴られたかのような、ひしゃげた悲鳴だった。


 ヴァージル侯爵は床に倒れ、痛みにのたうち回る。屋敷は沈黙で満たされ、貴族たちは呆気に取られた。しかし彼らはすぐに声にならない声を上げ、各々が侯爵から距離を取って壁に張り付く。

 それは、倒れた彼の背後に、いつの間にか見知らぬ男が立っていたからだ。

 眼鏡をかけたその緑髪の男は、手に血の付いた鉄の棒を持っていた。

 その眼鏡の男は──ハッとした様子で、何故か額に汗を浮かべながら叫ぶ。


「あゴメン! キモすぎて殴っちゃった!」


 と。





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