第21話 尾を踏む
さて、そんなウォーレンがどこに居るのかと言うと。
「──この孤島は大層な金持ちの貴族サマのモンらしいぜ」
「そんな島で呑気に遊んでるヤツなんざ、余程の大金持ちに違いねェ!」
「コイツを人質にすりゃあ、一体いくらの身代金が貰えンだァ?」
船の上に居た。
しかも海賊船だ。
その上で縄でぐるぐる巻きにされて、どう見ても人とかを殺していそうな顔の屈強な男たちに囲まれている。
ウォーレンは「そりゃないぜ~!」と思いながら、どうしてこんな事態に巻き込まれているのか分からなくてズッコケていた。
ウォーレンはただ、暇だったので素潜りをしていただけだったのだ。レイシアが居ない間に、彼女が食べたいと言っていた貝でも採って来てあげれば喜ぶだろうか、と考えただけだった。
なのに突然、ゴン、と何かにぶつかった。目の前に透明で巨大な何かが現れて、それに額をぶつけたのだ。
そして訳も分からず浮上すると、いつの間にか屈強な男たちに捕らえられ、突然目の前に出現した海賊船に乗せられていたのだった。
──この海賊は、セルベルク海を拠点として活動しているならず者であった。
彼らは通りかかった商船を襲って資材を略奪したり、人を攫って奴隷として売ったり、貴族を誘拐して身代金を要求したりと、悪逆非道の限りを尽くす悪党だ。その被害は甚大なものであり、各国から指名手配を受けているほどである。
そんな彼らが目を付けたのが、先日とある大貴族が購入したという小島であった。
島に近づいて望遠鏡で確認すれば、少年少女たちが楽しげに浜辺で遊んでいるではないか。しかもお気楽なことに、警護の一つもつけずにだ。まるで攫ってくださいとでも言うように、他に人影は見当たらない。
恐らくは大貴族が、自分の子供に島ごと買い与えたのだろう。
そんな権力者の子供を人質に取れば、さぞかし良い稼ぎになるはずだ。
そういうわけで、彼らは島に居た内の一人を攫い、身代金を要求する計画を立てていた。
「オレを攫ったって何の得にもならないぜ!」
「キヒヒッ、誤魔化そうったってそうはいかねえ!」
「さァて、痛い思いしたくなかったら、テメェの身の内を洗いざらい吐いてもらおうか!」
ウォーレンは本当に正直に、自分を攫ったとて何の得にもならないということを伝えたが、海賊たちは聞く耳を持ってはくれなかった。
「待って待って。話聞いて。オレ平民。超貧乏。貯金もないぜ!」
「嘘つけ! 平民がこんなところに居るかよ!」
「どうやらよっぽど痛ェ目に遭いたいみてぇだなァ?」
「分かった分かった全然言う。東方リベニール伯爵領ラハバ村西三番通り乙22番地ね。これオレの実家の住所ね。身代金とか要求しても絶対ビタ一文も払わねーだろうけどね。むしろそのまま殺しといてくれってお願いされるだろうけどね!」
「訳分かんねえこと言ってんじゃねえ!」
「オレたちをおちょくってんのか!?」
ウォーレンは天を仰いだ。
ダメだ。本当のことを言っているのに何一つ伝わらない。完全に貴族のお坊ちゃんだと思い込まれている。
縄がほどける気配もしないし、たとえ拘束を解けたとてこの人数を捌けるわけがない。これがレイシアであれば、一瞬で周囲を薙ぎ倒したのだろうが。いやでも縄で縛られるのは可哀想だから、やっぱり攫われたのがオレで良かった。
そんなことを考えながら、ウォーレンは別の方向から説得を試みる。
「大体、こんな白昼堂々と人攫いなんかしてりゃ、国の警備隊に見つかっちまうんじゃねえの? そうなったら、あんたたち全員おしまいだぜ?」
と、揺さぶりをかけてみた。
けれど海賊たちは少しも焦らず、むしろ下卑た笑みを浮かべて鼻を鳴らす。
「ケヒヒヒッ! 俺たちが見つかるわけねェんだよ!」
「この魔道具がある限りなァ!」
海賊たちは自慢げに、船首の先端に取り付けられた海獣型の彫像を指さした。
それは長い牙を持った竜のような形をしていて、その瞳部分には血のように赤い宝石が嵌め込まれている。
「古代遺跡からかっぱらってきたこの“深淵の眼”がある限り、俺たちの姿は誰にも見えねぇ!」
「テメェも俺たちの存在に気が付かなかったはずだ……なんせこの魔道具は船ごとオレたちを透明にしてくれるんだからな!」
自信満々に語る彼らを、ウォーレンは半目になって見つめた。
随分と気前よく喋ってくれるが、もしかしてアホなのだろうか。多分アホなんだろうな。ウォーレンは心の中でそう結論付ける。
まあそれはともかく、彼らが近づいてきたことに気づかなかった理由は分かった。どうやらこの船には透明化の魔法が掛けられているらしい。船体に触れている人間も同じく透明になるのだろう。音や振動まで消せるのかどうかは分からないが。
ウォーレンはため息をつき、縛られたまま彼らに忠告をした。
「あんさァ……。悪いことは言わねえから、今からでもオレを解放した方がいいと思うぜ?」
「あ? 何言ってんだ」
「いやマジで……多分もう手遅れだろうけどさ……」
もう取り返しのつかない失敗を見るような顔をして、ウォーレンはそう言った。海賊たちは顔を見合わせ、ウォーレンを気味悪がって見つめる。
すると、その時。
「──せっ、船長っ!」
と、甲板に立って望遠鏡で周囲の様子を伺っていた船員が、突然汗ばんだ声を上げた。
海賊たちの中でも一際体格が立派で、顔に巨大な傷のついた男──この海賊船の船長である──は、荒んだ声で「なんだ!?」と叫んだ。
船員の男は、望遠鏡を覗き込みながら言う。
「お、女が……」
「何?」
「女が、こっちに向かって、歩……? 歩い、て、きますっ?」
船員の話す内容は要領を得ないものだった。
それに苛立った船長は、舌打ちと共に彼から望遠鏡を奪い取る。覗き込んで、辺りを見回す。
するとそこには──確かに、女が居た。
レンズ越しでも分かるほどの、常軌を逸した美しさを持つ女だった。光輝いて見えるほどに白く透き通った肌と、煌々と燃えるようにたなびく金髪を携えた女だ。
「美しい少女」と言われれば、百人が百人思い浮かべるような、そんな見事なまでの美貌であった。
そんな女が、海の上を歩いてくる。
泳ぐのでも沈むのでもない。ただ、そこにまるで透明な石造りの道があるかのように、海面を裸足で歩いてくるのだ。
船長はそのまやかしのような光景に見惚れ、我を忘れてしまった。
すると女が突然立ち止まり、顔を上に向ける。
女は右目を手で押さえた。そのガラスのように凹凸のない肌を、目から零れ出たらしい水が滑り落ちていく。それは一見すると、美しい女が涙を零しているようにしか見えなかった。
絵画のように神々しい光景だが、何もかもがおかしい。こんな所で女が泣いているのも、海の上に立っているのも。
女の眼窩から零れ落ちた真珠のような涙が、水面にぶつかり波紋を作る。
「……あ?」
一瞬のことだった。
目を離した覚えもない。それなのに、一瞬で女の姿が消えた。まるで霧が晴れたようだった。
「見つけた」
ふと、耳元から声が聞こえた。
澄み切った空のように凛とした声だった。
船長は背筋に一筋の冷気が走るのを感じ、慌てて望遠鏡を下ろした。そうして腰に差した剣の柄に手を伸ばす。
けれど、剣に触れる直前で動きを止めた。
止めるしかなかったのだ。
いつの間にか、自分の喉元に刃先が付きつけられていたからだ。
「なッ、ァ……」
目の前には、あの夢に出そうなほど美しい金髪の女が立っていた。
女が握りしめていたのは青い剣だ。いや、剣というよりも、剣の形に切り取られた海、と言った方が正しい。
けれどその刃が横に振られれば、確かに肉は裂け、骨が見えるのだろう。そんな予感が胸に犇めく。
「だッ、誰か……」
誰でも良い。誰かこの女を殺せ。船員は何をしているのか。まさか指を咥えて見ているわけじゃあるまい。
船長は全身に汗を浮かべながら、眼球だけを動かして辺りを見回した。
すると、そこにあったのは。
──小さな水の刃を、同じく首に突き付けられた船員たちの姿だった。
そこら中に煌めく水の欠片が浮かんでいて、一歩でも動けばその首を掻き切るぞと言わんばかりに太陽の光を反射している。
「よくも、その男を攫ったわね」
女の白い額には青い血管が浮かんでいた。
その気迫はまるで鬼神のごときであり、船員たちは戦女神の足に泥をかけてしまったかのような畏れに貫かれた。
何か、踏んではいけない怪物の尾を踏んでしまったかのような。
「命までは取らないでいてあげる。その代わり、相応の苦痛でもって贖いなさい」
「か、カッケェ~~……!!」
ウォーレンは縄で縛られたまま、彼女の雄姿を前にして頬を紅潮させた。
だってレイシアが、剣の柄で船長の腹を殴り、それから長い足で蹴り飛ばしたのだ。船長は船の壁に背をぶつけ、そのまま気を失った。
船員たちは「ヒッ」と悲鳴を上げ、どうにか彼女から逃れようとするが、しかし船の上に逃げ場などない。
彼女はヒラリヒラリと舞うように跳んで、片っ端から船員たちの鳩尾を殴り、蹴り飛ばしていった。それは最早戦いと呼べるものではなく、一方的な蹂躙である。しかしその暴虐すらもまた美しい。
彼女は一通り拳を振るい終えたあと、汗一つかかないまま、縛られて転がされているウォーレンへと駆け寄った。
「大丈夫? 怪我はない?」
「レイシアーっ!」
「乱暴されたなら言いなさい。追加でもう十発くらい殴っておいてあげる」
「ダイジョブ、この通り無傷だぜ!」
彼女に縄を解いてもらい、ウォーレンは元気よく親指を立てた。
レイシアは安心した様子で「そう」と呟き、海賊船の中を見回す。
「それにしても、あなたを攫うだなんて……一体何が目的なの?」
「あ、普通にお金目的だったらしい」
「それであなたを!? 私かセオドアじゃなくて!?」
「それはマジでそう」
ウォーレンは深く頷いた。
するとその時、船内から唸り声が上がる。最初に突き飛ばされた船長が、どうやら微かに意識を取り戻したらしい。
「テ……メェ、ら……なにもん……だ……」
「見て分からない? 貴族の麗しきご令嬢よ」
レイシアは薄い胸を張って言った。
するとどこからか、木が軋む音が聞こえる。音の鳴る方に顔を向けると、いつの間にか船に乗り込んでいたセオドアが、船首に取り付けられた魔道具をじっと見つめていた。
「へえ……古代の魔道具……。他は、別にどうでもいいけど、これは結構貴重だね……。持って帰っていい?」
「いいんじゃない? えい」
「やっ、ヤメロォォーーッ! それは、それは俺の見つけた宝だァーーッ!!」
レイシアは容赦なく船首をへし折った。
「俺の……俺の宝が……」
「ふぅん……? そんなに魔力効率は良くなさそうだね……ここをこうしてこう改良すれば……あ。強化できちゃった」
「はぁ~あ。折角のバカンスだったのに、まさかこんな怖い人たちに絡まれるだなんて」
「全く……野蛮にも程があるよね……」
ウォーレンは、「多分オレたちが言える立場じゃないな」と内心で思った。
声には出さなかったけれど。
× × ×
というわけで、私は鮮やかに海賊共を打ち倒し、何故か捕らえられていたウォーレンを助け出したのだった。
「許してくれーッ!」
「ほんの出来心だったんだーッ!」
「どうか! どうか見逃してくれーッ!」
水の手錠で拘束された海賊たちが、額を船の床に擦りつけて許しを請う。
ここは彼らの船の上だ。
ちなみにセオドアはというと、酔い止めの魔法の効果が切れ、甲板に立って吐いている。だから浜辺で待っておけと言ったのに。
一方の海賊たちは目に涙を浮かべ、必死に自己弁護を行っている。
「ほ、本当なんだッ。どうしても金に困って……人攫いに手を染めたのは、これが初めてなんだ!」
「ウォーレン?」
私はウォーレンに目を向けた。
彼は海賊たちを指さして、間髪入れずに答える。
「嘘」
「なッ……なっ……!?」
海賊たちは目を見開いて狼狽える。
私は頷き、彼らに質問した。
「へえ。それなら、これで何回目? 十回目くらいかしら?」
「そっ……そうだ!」
「嘘」
ウォーレンが言う。
私は首を傾げた。
「それなら二十回?」
「そ、そう、だ」
「それも嘘」
「じゃあ……五十回とか?」
「そっ、そんなにやってない!」
「それも嘘」
ウォーレンは淡々と答えた。
海賊たちは目を血走らせ、彼に向かって「なッ、何なんだよお前は……!」と叫ぶ。
私はため息をついた。
「呆れた……。とんだ重罪人じゃないの」
「なっ……なんで……!」
「奪ったお金はどこに隠してあるの? この船の中?」
「っ……」
「はいかいいえで答えなさい。これ以上黙るなら、永遠に口を利けなくしてあげるわよ」
「こっ、この船にはない!」
「それはホント」
「ふぅん……? じゃあ、どこかの島にでも隠してるのかしらね?」
「ち、違う……」
「ウソ」
「だから何なんだよお前ェーーッ!! おまえっ、ぶっ殺してやブッ」
激昂する男の顎を手加減しつつ殴り、とりあえず昏倒させてみた。そして手を払い、ウォーレンに笑顔を向ける。
「流石、こういう時のあなたは本当に役に立つわね」
「ほ、ほんと? へへ……」
彼は照れた様子で頭を掻く。
海賊たちは一様に口を噤み、お通夜くらい静かになった。
「コイツらどうすんの? どっかに突き出す?」
「そうね……。私たちが捕まえたと名乗れば、諸々の手続きが面倒だわ。匿名で衛兵所の前に置いておきましょ」
「そうすっかー」
という次第で、私たちは捕縛した海賊らに、聞き出した罪状を書き連ねた紙を貼り付けて、夜中の内に街の衛兵所へとプレゼントのように置いてきた。
衛兵たちは驚いた。蜂の巣に頭を突っ込んだのかと思うほど顔をボコボコに腫れ上がらせた男たちが、各国にて莫大な懸賞金付きで手配されている海賊たちだったからだ。
しかし彼らに事の詳細を尋ねても、彼らは決して自分たちを捕らえた者の名を漏らさなかった。
否、口にできなかったのだろう。
恐らくは口封じの魔法が掛けられていて、彼らは皆首を絞められているような声を上げることしかできないようだった。
だがしかし、聞き出せた情報もある。
「あの……あのッ、“ゲテモノ食らいの女”がッ……!」
念入りに全身をタコ殴りにされていた、船長らしき男がそう言ったのだ。
まるで恐ろしい怪物を目の当たりにしたような目をして言った。
それがどういう意味かと言えば──。
『……あら? これって』
海賊たちを取り押さえたあと、レイシアは他に危険なものは隠されていないか、船内を探索していた。
そうして船内の倉庫を見回っていると、とあるものを見つけたのだ。
『こっ、これは……!』
近づく者を殺すと言わんばかりの棘だらけの殻。
どんな赤子でも明らかに口にしてはいけないと分かる原色の紫。
探し求めていたトドメガイである。
これは捕虜への拷問用に保管されていたものだった。どんなに口の堅い人質でも、この貝の毒の痛みには耐えられないのだ。
というわけで、まかり間違っても人間が食べるものではない。海賊たちにとっては正しくゲテモノだ。
彼らは笑顔でトドメガイ入りの箱を抱えてスキップしながらやってくるレイシアを、怪訝な目で見つめることしかできなかった。
一体あの女、何をする気だ。
まさかあの毒を盛るつもりではないだろうか、と。
『ん~、美味しい!』
結果的に言えば毒を盛られることはなく、彼女は焼いたトドメガイに柑橘類の果汁を絞ってちゅるりと吸っていた。
猛毒をさっぱりとしたソテーで頂いていたのだった。
その顔は本当に幸せそうで、ウォーレンもトングを鳴らしながら『良かったね~』とほっこりした顔で呟いていた。
海賊たちは心の底からドン引きして、毒を啜るその美しい女と絶対に目を合わせようとしなかった。海に慣れ親しんだ彼らにとって、彼女は化け物以外の何でもなかったからだ。現代世界で言うならば、急に目の前の人がトリカブトをサラダにしてもりもり食べ始めたみたいなものであり、絶対に話しかけてはいけない類の怪物であった。
「何よ、人を怪異扱いして……」
翌日の新聞記事を見たレイシアは、いつの間にか付けられていたその異名を見て顔を顰めた。
「せめて“ゲテモノ食らいの美女”と言いなさいよ」と、ちょっとズレた文句を垂れながら。




