第20話 バカンスは突然に
「海に行くわよ!」
五度目のループ、二年目の夏である。
私がそう高らかに宣言すると、ウォーレンとセオドアはキョトンとした顔で私を見つめた。
ウォーレンの部屋に置いてある机を叩き、私は「何をボケっとした顔してるの」と彼らに喝を入れる。
「海に行くのよ。とっとと準備なさい!」
「海……って、なんで?」
「決まってるじゃない。バカンスよ!」
近頃はやるべきことが山積みで、ろくに休みを取れていなかった。
それに先日、やっと期末試験を終えたばかりなのだ。努力と指導の甲斐あって、ウォーレンは何とかギリギリで赤点を回避できた。
故に、少しくらいは息抜きというご褒美があっても良いだろう。
「マジで!? ヤッターっ!」
両手を挙げて喜ぶウォーレンに対し、セオドアは気乗りしない様子である。
「……ぼ、僕はいいよ。遠慮しておく」
「むっ。なんでよ」
「君たちさ……忘れてるかもしれないけど、僕は人と話すのが苦手なんだよ。そんな、どう考えてもゴミくらい人が溢れかえってる場所とか、行けるわけないでしょ……」
「あら、安心なさい。この間、お父様が私への誕生日プレゼントでプライベートビーチをくれたの」
公爵領の海に浮かぶ、自然豊かな小島を貰ったのだ。海は一切濁りのない透き通った青色をしていて、一度見れば忘れられないほど美しい場所である。
「私たち以外に人は居ないし、静かな海は素敵よ?」
「……ほら、ウォーレン。君からも言ってやりなよ。僕は別に必要ないって……」
「オレ友達と海行くのはじめて! 何もってけばいいの?」
「……君、そういう所だからね」
セオドアは深くため息をついた。
そういうわけで、私は休日に二人をビーチまで引っ張っていった。人目があっては羽を伸ばして休めないので、警備はつけていない。というか私とセオドアは大抵の警備の人より強いので問題ない。
砂浜には足跡一つなく、小さなカニがトコトコと歩いているのが見える。
波は穏やかで、泳ぎやすそうだ。天気も快晴であり、文句のつけ所のないバカンス日和である。
私は用意していた水着に着替え、防水魔法をかけた黒のリボンでサイドテールを作った。
先に浜辺で砂の城を作っていた二人の前に姿を現せば、ウォーレンが空の上まで届くような大声を上げる。
「カワイイ~~ッ!! 似合う! 超似合う!!」
「ふふん」
全くもってその通りである。
どのような水着を選んだのかと言うと、レースのついた白いワンピースタイプのものだ。上部がホルダーネックなので、肩と腕が健康的に露になっている。
スレンダーで華奢なこの体型の魅力を存分に引き出す、我ながらセンスのいい水着だ。
そんな新しく買った水着をウォーレンに見せびらかしていると、セオドアがチベットスナギツネみたいな顔をして私に指を向けた。
「……言っておくけどね。君じゃなくて、レイシアが似合ってるんだからね」
「分かってるわよ! その上で私の美的感覚を褒め称えなさいよ!」
「レイシアは素材が一級だから、何を着ても似合うんだよ。君の功績じゃないからね」
「キーッ! こっちだって言わせてもらうけど、元の私だってレイシアに負けないくらいの美少女なんだから! 元居た世界では『茅ヶ崎の薔薇』と呼ばれてたんだから!」
「言うのはタダだよね」
「む、ムカつくーッ!」
絶対にいつか元の姿を見せて、度肝を抜いてやる。
私がそんな決意を固めていると、巨大な魚型の浮き輪を持ったウォーレンが、頭にゴーグルを装着しながら「なァ。海入んねーの」とそわそわした様子で呟く。
海の中には沢山の大小様々な魚が泳いでいて、水の透明度が高いのでその光景がはっきりと見えた。
私は海に潜って魚を採ったり、砂浜でビーチバレーに勤しんだりした。カナヅチすぎて全ての主導権を浮き輪に握られているセオドアが波に流されていくのを助けに行ったり、ウォーレンに焼いてもらった魚や貝を食べたりと大忙しである。
私は串焼きの魚を齧りながら、「そう言えば、探してる貝があるのよね」と話した。
「紫色で、殻が針山みたいになってる貝なんだけど。トドメガイって言うらしいの。見つけたら教えて」
「え……それって確か猛毒持ってるヤツじゃなかった? 見つけてどうすんの?」
「食べる」
「食べるの!?」
トドメガイはこの周辺の海に生息している珍しい貝だ。
その身には強烈な毒が含まれており、うっかり食べてしまうとあっという間に全身に毒が広がって激痛を引き起こす。
放っておいても数時間で死ぬが、大抵の人間はその痛みに耐えきれず、己の命に自らトドメを刺すらしい。その常軌を逸した光景から、ついた名前は「トドメガイ」。拷問にも使われるらしい、非常に危険な生物である。
だがしかし、その一方でこの貝、本当に美味らしいのだ。
かつて名だたる美食家は、自身の命と引き換えにこの貝を食し、激痛に揉まれながらも、美食の極致へ辿り着いたことに歓喜の涙を流したと言う。
そうまで言われてしまえば、一度食べてみないわけにはいかないだろう。
異世界グルメ、というやつだ。
折角異世界に来たのだから、元の世界にはなかった食材の味を確かめてみたい。
「いや……ダメだろ普通に。毒だぜ?」
「心配ないわ。私に毒は効かないもの」
「そうなの?」
「前にも言ったでしょ? 私の身体の中には微精霊が沢山居るって」
私は自分の手のひらに浮いた血管を指さした。
「その微精霊が、私の身体に害を及ぼすものを勝手に分解してくれるの。だから病気にもならないわ」
今ならフグの肝をそのまま食べたって平気である。まあこの世界にフグは存在しないが。
ともあれそのようなわけで、本で読んだ絶品貝を探しているという次第だ。毒があっても美味けりゃ食べる。それが日本人というものである。
「調理は任せたわよ、ウォーレン」
「オレがやんの!?」
ところで、先程からセオドアが口を閉じたままである。一言も口を挟まない彼に、私は何となく視線を向ける。
するとセオドアは、寝たきりの病人よりも余程顔色を悪くして、口を両手で押さえながら言った。
「……酔った」
今にも吐きそうな彼の様子を見て、私とウォーレンは毛を逆立てる。
「な、何で!?」
「船とか乗ってねえぞ!?」
「う、浮き輪……海……波が……うぷっ」
「道理でさっきから全然食わねーなと思ったわ! はよ言え!」
「ちょ、ちょっと! 吐く? ここで吐くの!?」
大慌てである。
晴れやかだった雰囲気が一変。突如として、遠足のバスの中で隣に座っていた子が吐き気を訴え出した時のような空気に呑み込まれた。
「あなた酔い止めの魔法とか使えるでしょ!?」
「い、今の、状況で、つかえるわけ、ない……」
「ああもう! ちょっとコイツのこと木陰に連れてってくるから! ウォーレンは……魚とかを見てなさい!」
「わ、分かった……」
仕方がないのでセオドアに肩を貸し、日の当たらない場所まで移動させる。肩口から「ゆ、揺らさないで……雑なんだよ君……」という文句が聞こえてくるので、不平を鳴らすだけの気力はあるらしい。
私は木陰に彼を落とし、しょうがないので背中をさすってやった。
するとセオドアは顔を上げ、怒られて不貞腐れた子供のような態度で言う。
「こ……これは、僕がたまたま、海に慣れてなかっただけだから……たまたま運悪く気分が優れなかっただけだから……。別に酔ったとかじゃないし……」
「さっき自分で酔ったって言ってたでしょうが」
「ちょ、ちょっと……もっと丁寧に摩ってくれない? 君のそれって摩るというか叩くなんだけど」
「あら私が本気で叩いたら違うものが出るわよ? 実践してあげましょうか」
「こ、怖いこと言うなよ……!」
セオドアは本気で怯えた様子で私から距離を取った。「冗談に決まってるじゃない」と言えば、彼は「そうは見えなかった」と顔を皺だらけにして答える。
そんなやり取りののち、十分くらい経てば、彼の顔色も少しは良くなってきた。自分で回復魔法もかけられるようになったみたいだし、もう大丈夫だろう。
そう思い、浜辺へと戻ったのだが。
「……あら?」
ウォーレンの姿がどこにも見当たらない。
私は辺りを見回した。砂浜にはコンロと浮き輪が置かれたままだ。そんなに遠くに泳ぎに行ってしまったのだろうか。そう思った私は彼を探すため、海へと足を進める。
そうしてしばらく泳いだ辺りで、何かきらりと光るものを見つけた。近寄って、それを手に取る。
それは、ウォーレンがつけていたはずのゴーグルだった。
それがプカプカと、主人抜きで寂しく漂っていたのだ。私はそれを持ち帰り、セオドアと顔を見合わせた。




