第18話 殺意の所在
五度目のループも二年目を迎えた。
そうなれば何が起こるかと言うと、本格的にウォーレンが勉強についていけなくなる。
元々勘だけで試験をパスしてしまった男だ。そうまでして魔法士養成学園に通いたかった理由は、実家から離れる理由が欲しかったからだそう。確かにここは王立学園のため、入学さえしてしまえば学費はかからないし、寮があるため生活も保障されている。卒業できれば就職先にもまず困らない。
が、その分学習内容は非常に高度であり、二年目ともなれば流石に直感だけでは通用しなくなってくる。
というわけで、勉強会である。
私とセオドアは、最早待ち合わせ場所と化したウォーレンの部屋に集合していた。彼の部屋は、東西南北の四棟に分かれた寮の、東棟の端にある。
部屋の中には多くの物が置かれているが、雑然としているわけではなく、むしろ博物館の展示のように整頓されている。
物も別に、ウォーレンの私物というわけではない。
私やセオドアが勝手に置いているだけだ。むしろ当初、ウォーレンの部屋はまるで引っ越ししたてのようにがらんどうであり、全く生活感がなかった。それに私とセオドアは「あ……」「おお……」と思い、何となく私物を置いて帰るようになったのだ。私は興味本位で買ったよく分からない名前の調味料をキッチンに並べているし、セオドアは洗面所に歯ブラシとかを置いている。
「はい。五分休憩」
「うぉーッもうヤダーッ!」
ウォーレンは腕を投げ出し、机に額を打ち付けた。
「おッかしーだろ……!? ンでこんなアホみたいにムズい魔法式を解く必要があんだよ!? こんなん社会に出ても使わねえだろ絶対……!」
「凄いわねあなた。前に一言一句同じこと言ってたわよ」
私は懐かしさを覚え、彼を細い目で眺めた。
するとセオドアが参考書を持ち上げ、それをウォーレンに向け、そして眉を八の字型にしてオドオドとした声で言う。
「あ、あのさ……。この程度の簡単な問題も分からないって、ど、どういう頭の作りをしてるの? というかそもそも何に躓いてるのかが、君の語彙力のない説明じゃ不明だからさ。一旦、五歳児でも解けるレベルの問題から始めてみない?」
「レイシアーッ! オレコイツに勉強教わるのやだよーッ!!」
あまりにも容赦のない言葉に、ウォーレンは大号泣しながら私に縋りついてきた。しかし彼に指をさされたセオドアは、「どうして泣いているのかが分からない」という感じの困り顔を浮かべている。
「ひ、他人にものを教えるって、案外難しいんだね……。僕は大抵どんな魔法でも一秒あれば解析できるし再現もできるから、知らなかった……」
「やだよー! コイツのこういう所ホントやだよー!」
「ウォーレン。大丈夫よ。全てを暗記していきましょう。ひたすら試験範囲を覚えるのよ。努力が全てを解決するわ」
「チキショーッ! この部屋ノンデリの天才と根性論の天才しかいねーよーッ!」
ウォーレンは頭を抱えて嘆いた。
とは言え、彼に留年などされては困る。最早他人事にしておけないほどの情が湧いているのだ。歯を食いしばってでも、赤点は回避してもらわねばならない。
そうして彼の背中に情由来の鞭を打つ一方で、私はセオドアに声をかけた。
「真レイシアのことで、何か進展はあった?」
セオドアは目を細め、少しだけ下を向いた。
「──仮説は、いくつかある。その中で最も可能性が高いものについても、既に検討はついている」
そう呟きながら、彼は右目の下の無きぼくろを爪で引っ掻く。
ウォーレンは、自分が会話に混じっても何の役にも立てないと理解しているのだろう、参考書に向き合って低い唸り声を上げている。
「恐らくだけど……真レイシアの魂は、その肉体の中で圧縮されている。深層意識に存在している、と言い換えてもいい」
セオドアは、独り言のように小さな声でそう述べる。私は彼の言葉を聞き逃さないように耳を澄ました。
「魂と肉体の関係上、真レイシアの魂が外に弾き出されたり、君が元居た場所に置換されたり、ということは考えにくい」
「つまり、この身体の中に存在自体はしている?」
「と、思う。ただその場合、真レイシアの魂は……深い、深い、海の底に沈んでいるような、ものだ。それを引き上げるのは、砂漠で一粒の砂を探すよりも、難しい」
「……あなたが外側から手を加えて、引っ張り出すことはできない?」
「無理だ。確実に、君の魂ごと損傷する」
セオドアは首を横に振った。
私は彼に尋ねた。
「なら──私自身なら、どうにかできる?」
「可能性は、ある。君が、魂という概念を知覚できるようになれば……いや、あるいは……」
セオドアは眉間に皺を寄せ、隈の刻まれた目元に殊更濃い影を作った。
「──何にせよ、今はまだ論証が済んでいない。不完全な理論を実行するのは危険だし、もっと検証を進めるべきだ」
「つまりは、今はまだ何とも、って所なのね」
「……き、君の方は、どうなの? 君の身に起こる悲劇の原因は、究明できた?」
私は少し間を置いてから答えた。
「全てではないけれど、一部分かったことはあったわ。特に、何故私がプロムの日に殺されるのかについては、おおよその検討がついた」
少しずつではあるが、繰り返される悲劇の真相に近づいてきている、と、思う。
それでもまだ、全貌の解明には程遠い。
──タイムリミットが近づくにつれて、黒い影のような不安が私の背へと忍び寄ってくる。
私は、彼の集中を途絶えさせてしまうと分かっていながら、ウォーレンへと声をかけた。
「ねえ」
「……ん?」
「私と一緒に居る時間が一番長いのって、どう考えてもあなたよね」
「え。う、うん」
彼の声が少し上擦る。
私は彼に問いかけた。
「……どう?」
「どうって、何が?」
「私と居ても、何ともない?」
「何とも、って」
「──私のこと、殺したいと思わない?」
物騒な質問に、彼が目を丸くする。
けれどそれは、私にとっては真剣そのものの問いかけだった。
すると彼は腕を組み、目を閉じ、それから笑って親指を立てた。
「全く思わない!」
「──」
「むしろ、どんどん好きになってく一方だぜ!」
……聞いているこちらが恥ずかしくなるほど、明け透けで明るい宣言である。
でも、そっか。
ふぅん。そう。
ここまでくれば、流石に分かる。この男は、別に、この顔だけを見て言っているわけじゃないだろう。
むしろ、かなり内面を重視するタイプだと見た。
そう。へえ。それなら、まあ。
……まあ別に、いいけど。
「……あ、あのさ」
するとセオドアが顔を上げ、気まずそうに眉根を寄せながら呟く。
「別に、惚気るくらいならいいけどさ……。レイシアの身体で、どうこうするのはやめてね。しかも、よりにもよって僕の前で」
「しないわよ!!」
私は隣に指を突きつけ、「というかこのヘタレにそんな度胸ないわよ!」と叫んだ。
横から微妙な顔を浮かべている気配が漂ってくる。
私は腕を組み、隣から顔を背けながら言った。
「そっ……それよりほら、次の問題解くわよ! 次!」
「レイシアから話しかけてきたんじゃん……」
「そ、それはそうだけど! でも……ああとにかくもうこの話は終わり!」
私はその場の雰囲気を消し飛ばすように両手を合わせた。
全く、何て居心地の悪い空気だろう。
勉強の邪魔なんてするんじゃなかった。




