第17話 帰省
さて、長期休暇の頃合いである。
日本で言う所の「春休み」のようなものだ。この王立魔法士養成学園に通う学生たちは、普段学園内にある寮にて暮らしているが、進級前のタイミングで、まとまった休みが与えられるのだ。
この時期になると、生徒たちは大抵実家に帰省する。かく言う私も例外ではない。家族や使用人は、私の帰りを心待ちにしているはずだ。
「あ。オレはそーゆーイベントはパス。この寮で一人気儘にお留守番させていただきますよ」
しかし、ウォーレンは肩を竦めながらそう言った。
どうやら彼は休暇中、この学園寮に残るらしい。
「オレは家族から死ぬほど嫌われてるからなぁ。実家に帰っても殺されるだけなんだわ」
すると同じ部屋の隅で本を読んでいたセオドアが、顔を上げて言う。
「あ……そ、その気持ちは分かる。僕は過去形だけど」
「マジ!? オレ現在進行形!」
「フ……フフ、君も色々あるんだね」
「いやお互い様だぜ! ダハハハ!」
どんな顔をすればいいのか全く分からない会話である。
ウォーレンは両手を合わせ、「つ~ことで、ウォーレンくんからのお土産は期待できないってワケ。メンゴ!」と片目を閉じながら言った。
そんな会話を行ってから一週間後。
私は馬車に乗り、エルフェドール公爵家へと帰還した。
馬車から降り、付き人に玄関の扉を開けてもらう。するとそこには、一列に並ぶ使用人らと、私を待ち構えていたらしき父と母の姿があった。
「おかえり、我が愛しの娘よ!」
「おかえりなさい、待っていたわ!」
「ただいま。お父様、お母様」
私は大歓迎の抱擁を受け止め、それから傍に控えるアンナにも顔を向ける。彼女は礼儀正しく頭を下げた。
「お元気そうで何よりです、お嬢様」
「ええ。アンナも変わらないようね」
父、アーサー・エルフェドールと、母、マリア・エルフェドール。彼らはこの広大な公爵領を統治する大貴族であり、この国の財政運営にも携わっている。
そして、凄まじいまでの親バカだ。
私が言うのも何だが、真レイシアも相当に甘やかされて育ったことだろう。それでも周囲の反応から考えるに、彼女は我儘三昧とは正反対の、優しく素直で穏やかなお嬢様だったらしい。きっと、彼女の生来の気質が善良なものだったのだろう。
一度、会って話をしてみたいものだ。
たとえ、彼女が私に何を思っていたとしても。
実の所、一度目、二度目のループでは、少々彼らに怪しまれていたと思う。
何せ真レイシアは、どうやら私よりも、少々、僅かに、こころなしか、申し訳程度に、お淑やかで温和らしいのだ。要するに、私の方が幾分か気が強いようだ。故に転生直後にはレイシアの振る舞いがよく分からず、近しい関係にある家族や使用人には疑念を抱かれてしまった。と言っても、「何だか近頃は別人のようになったな?」程度のものではあったが。
そういう理由で、実家の中では普段よりも大人しく振る舞うようにしている。真レイシアを見つけられるまで、彼らの心に無用な負担をかけることは避けたい。
「ほら。この魚は昔お前が好きだと言っていたからね。南部の港から新鮮なものを届けさせたんだ。沢山食べなさい」
「このお肉もね、すごくおいしいのよ。アンナ、一番柔らかい部位を取り分けてあげて」
「かしこまりました」
実家あるある、帰省の度に信じられない量のご馳走が用意されている、だ。夕食時、長方形のテーブルを取り囲みながら、私は皿に盛られたご飯を一生懸命に食べた。やはり流石は大貴族の食卓だ、どれもこれも素晴らしく美味しい。まあ、ウォーレンの料理も中々負けていないが。
「少し庭を散歩してきますね」
「そうか。護衛は……」
「大丈夫よ、お父様。うちの中を歩くだけだし、それに私、こう見えて結構強いんですよ?」
「それは……学園で良き時間を過ごしているようだな」
夕食後にそう断りを入れて、私は一人の時間を作った。
そうして私がこっそりと忍び込んだのは、父・アーサーの私室だ。
部屋の壁一面を覆うように並んだ棚には、革張りの本が所狭しと並んでいる。私はその内の一冊を手に取った。本を開くと、そこには税金の記録や工事の見積書といった書類が保管されていた。
「ふむふむ、特に重要なものには……あ。やっぱり魔法でロックがかけられてるのね」
私は口を窄め、ロウソクの火を消すように「ふっ」と、本に向かって息を吹きかけた。
すると本の周囲を淡い光が包み込む。そうして魔法で作られていた膜のようなものにビキ、とヒビが入り、一拍置いてガラスが砕けたみたいに粉々になった。
これは精霊術の一端である。私の体内を通じて、この世に精霊を現界させているのだ。
「ごめんなさいね、お父様」
壊した魔法は、あとでセオドアに修復してもらうことにしよう。
私は周囲に人目がないことを確認しつつ、それらの書類を持ち出した。そして家族らには「今日は長旅で疲れたから早めに寝る」と言って、自分の部屋へと引きこもる。
そうして窓から外へと飛び降り、風の精霊の力を借りてドン、と空へ跳ね上がる。
本来ならば、馬車を使うよりも自力で走った方が早く目的地に着くのだ。公衆の面前で令嬢がそのようなはしたない真似はできないから、やらないだけで。
というわけで、私はピョンピョンと飛ぶように走りながら、十分ほどで公爵家から学園へとUターン。門を飛び越え、学園寮の壁を登り、窓を覗き込む。
そこにはベッドで眠るウォーレンの姿があった。
私は窓ガラスを軽く叩く。すると彼は目を覚まし、そして身を起こして顔を上げた。私の姿を見た彼は目を見開き、慌てて窓の鍵を開ける。
私は猫のように身をくねらせ、彼の部屋へと侵入を果たした。
「びッ……くりした。王子様かと思ったぜ」
彼は目を擦りながら、普段よりも間の抜けた声で「どしたの、急に」と呟く。
「実家に帰ってたんじゃなかったの。何かあった?」
「遊びに来てあげたのよ。一人で寂しい思いをしてると思って」
「ホントは?」
「あなたに見て欲しいものがあるの」
私は乱れた髪の毛を一つに結び直したあと、肩にかけていた鞄の中から、実家から借りてきた書類を取り出した。
ウォーレンは近くに置いてあった眼鏡をかけ、目を細めてその紙を眺める。
「あなた、確か前に言っていたでしょ? 入学試験の時も、直感だけで正答を見つけたって」
「あんまし自慢できるようなことじゃねーけどな」
「ということは、あなたは紙面上でも嘘を見抜くことができるのよね?」
そう問いかけると、彼は頭の端を掻きながら答えた。
「まあ、ボチボチな。つっても、直接顔を見たり声を聞いたりした時よりかは微妙だぜ? なんか変だなーって、ぼんやり思う程度だし」
ウォーレンは、何の変哲もない事柄について述べるように言った。
それはとても凄まじく、場合によっては国を揺るがすほどの才能だと思うのだが、彼にとっては「特に何の役にも立たないくだらない特技」くらいの扱いらしい。自分に自信がないというか、自分を安く見積もりすぎているというか。こういう人間を見ると、その曲がった自己肯定感を叩きのめして自分の価値を分からせたくなる。
「つかこれって何? どっから持ってきたの? なんかスゲー重要そうな書類だけど……」
「うちのお父様の私室からよ。中身は、我が国の貴族が行った金銭取引の記録だとか、国家予算の使い道だとかね」
「激ヤバじゃねーか! えっ、それって持ってきていいやつ?」
「(バレなければ)いいのよ」
「へー、そうなんだ」
ウォーレンは私の言葉を素直に呑み込んで、ベッドに背を預けて胡坐をかき、本のページをペラペラと捲った。
「にしても、すげぇ量の書類だな……」
「これでもある程度厳選してきたんだけど。やっぱり多い?」
「んや、頑張るよ。何たってレイシアの頼みだからな」
彼はそう言って、難しい顔をしながら文面を見つめる。
彼の格闘はかなりの時間続いた。流石の私も夜中に叩き起こしてこれだけの時間を使わせていることに多少の申し訳なさを感じ始めた頃、彼は「ん?」と僅かに声を上げた。
「何か分かった?」
私は彼の手元を覗き込んだ。
ウォーレンは眉を寄せ、紙の中の一文を指さした。
「これ……ここ。何か、変だ、と、思う」
「──そう」
私は頭の中で、彼が指摘した箇所に印をつける。
私は「他にはある?」と尋ねた。
「い、や……。……レイシア」
「何?」
「言っておくけど、ほとんど当てずっぽうみたいなもんだからな?」
「そう。でも私、あなたの当てずっぽうを信頼してるから」
証拠などなくてもいい。否、証拠は後から私が用意する。
私の抱える嘘みたいな苦痛を信じられた時から、私が彼を疑ったことはないのだ。
「ありがと。助かったわ」
私は書類を鞄に仕舞い、窓を開け、窓枠に足をかけた。一つに結んだ髪が、夜風に吹かれて空にたなびく。
ウォーレンは私に向けて軽く手を振った。
「夜道暗いから気ィつけなね」
「あなたこそ、戸締りはしっかりするのよ。私以外が窓を叩いたって、開けちゃいけないんだから」
私は彼に指を突きつけて、そして再び窓からピョンと飛び降りた。
公爵家に戻ったあとは、何事もなかったかのように家族の前に顔を出し、休暇を過ごした。
「──あ、あのさ。君、こんな無茶苦茶な壊し方した魔法式を復元してほしいとか、どういう神経してたらそんな無茶振りできるの。大概にしてほしいよね」
ちなみに休暇明けにセオドアへ魔法式の修復を頼んだ所、物凄く嫌な顔をされてしまった。
「でもセオドアなら直せると思って……」
「そりゃ、僕だからできるけどさ。普通だったらどう転んでも不可能だからね。お、大雑把なんだよ、君」
「わ、私が大雑把ですって!? この私が!?」
「し、仕草だけは、お嬢様らしく取り繕ってるみたいだけどさ。中身はまるきり猪だよね。猪」
「ンキィーッ! 言ったわねあなた! 良いわよ、売られた喧嘩は買うわ!」
「ほら、そういう喧嘩っ早い所がさ……」
ズケズケと陰気に口撃され、カチンときた私は、セオドアとの間で火花を散らした。
性格的に相性が悪いため、彼とは頻繁に口論になるのだ。
「表に出なさい! どんな勝負でもギタギタにしてあげるわ!」
「こないだの魔法の実技試験じゃ僕より下の成績だった癖に?笑」
「ギィーーーーッ!!」
薄ら笑いでそう言われ、私は地団駄を踏んだ。
相手が真レイシアの時と態度が違いすぎる。絶対にいつかギャフンと言わせてやる。




