第16話 未来のよすが
「……真レイシアとそんなことが。それに、魂の判別……」
セオドアの話を聞き、私は唇を押さえて唸る。
セオドアに、私が真レイシアではないと看破された理由は分かった。彼の目には、常人には見えない魂の形とやらが見えているのだ。
「魔法の、覚醒」
──確かに、そんな事実が判明したとしても、世間に広く公表されることはないだろう。その方法が広まれば、きっと非人道的な行為に手を染める者が増える。それこそヴァンロッド家のように、多くの被害者を生みかねない。
だがその一方で、分かったこともある。
「それで、私を殺した人たちは……」
どのループにおいても、狂気に染まった者は桁外れの魔法を操っていた。
あれは当人たちの潜在能力、火事場の馬鹿力的なものだと思っていたが、もしかするとその覚醒状態とやらに達していたための力だったのかもしれない。
「覚醒……魂の、魔法?」
その時ふと、私は思いついた。
「ねえ……人の魂を、死んだら過去に飛ばすようにする魔法って、存在する?」
「は、はあ?」
セオドアは顔を歪めた。
彼は前髪を弄りながら、途切れがちな声で呟く。
「そ、そんなこと、できるわけ、ないだろ。魂を、過去に──」
しかしそこで、彼の言葉が突然止まる。
「──いや、待て」
彼は俯き、そして唐突に立ち上がった。
椅子が後ろに倒れ、激しい音を立てる。しかし彼はその音を気にも留めず、部屋の中を不作為に歩き回りはじめた。
「魂の移動、は、不完全な理論、だった……いや、過去に存在する、同一の肉体にならば、魂の転移が可能? だとして、時間遡行なんて、そんな複雑な魔法の発動は……いや、だからこそ、死という事象を引き金とすることで、不可逆的な形での魔法式の焼き付けを……」
セオドアは十分ほど、ぶつぶつと何かを呟きながら部屋の中を回り続けた。
かと思いきや突然顔を上げ、私の元へと早歩きで近づいてくる。
彼は怒っているのかと思うほど迫力のある声で、「ちょっといい!」と強く叫んだ。
「確認したいことがある!」と言う彼に、私は「いいけど、何?」と困惑しつつ答える。
するとセオドアは、次の瞬間、私の着ていたシャツのボタンを勢いよく外した。
「きゃあ!」
「なッ」
ウォーレンは「何してんの!?」と動揺した声で叫びながら、反射的に近くの椅子を持ち上げて思い切りセオドアの頭に振り下ろそうとした。
しかし私は「ま、待って!」と言って彼を制止する。
「いやダメだってレイシア……一旦、一旦半殺しにしなきゃだろ!?」
「待って、まずは話を聞きましょう」
普段ならばダイナミックなセクハラに対する報復として死なない程度に頭をカチ割る所だが、セオドアの目に好色の気配はなく、私はウォーレンに椅子を下ろさせた。
セオドアは、まるで医師のような目で私の素肌を観察して、それから目を見開いた。
「何か分かったの?」
シャツのボタンを留めながら、私は彼にそう尋ねた。
するとセオドアは、信じられないものを目の当たりにしたように唇を震わせて、「……君は」と呟いた。
「君の、肉体には、魔法がかけられてる。い、いや、刻まれてる、と言った方が、正しい。僕には、その、魔法式が、見えるから。そ、その魔法のせいで、君は──というか、レイシアの肉体に入った魂は、肉体が死亡した時点で、過去のある地点に送られるよう、に、なってる」
「……!」
「ま、魔法式の、特性や、癖を見れば。だ、誰が、この魔法を、かけたのかも、分かる」
「一体、誰が?」
「僕だ」
「──え?」
私はセオドアの顔を凝視した。
彼は俯き、自分の手をじっと見つめる。
「この魔法は、僕が組み上げたものだ」
「……あなたが」
「でも、僕であって、僕じゃない。今の僕には、こんな複雑で、難解な魔法は、生み出せない。でも、これは確かに、僕が作った魔法式、なんだ……」
「ま、待てよ。つまり、えーと? どういうことなんだ?」
ウォーレンが片手を挙げ、首を傾げる。
セオドアは、「信じられないことだけど」と呟いて、自分の顔を両手で覆った。
「恐らく──本当に、一番はじめに、このループを始めてしまったのは、僕だ」
信じ難い。有り得ない。けれど、目の前にある事実がそう裏付けている。だから目を逸らせない。
彼はそんな顔をして、細い声を震わせた。
「多分、その世界の僕は、目の前で、レイシアを失った。あるいは、君の話が全て真実ならば……彼女を手にかけたのは、僕、なのかも、しれない」
彼はそう語る。
「そのショックで、僕の頭のネジは遂に外れて、覚醒状態へと至った。それで、僕は、レイシアの魂を……無我夢中で、この世に縛り付けようと、したんだろう。だから、こんな無茶苦茶な魔法式を組み上げたんだ」
「なら、そのレイシアは、どこに」
「……分からない。分からないが。……こ、これは、あくまで、推測の域を出ない、話、なんだけど」
「ええ」
「──君を呼び出したのは、そのレイシア本人かもしれない」
セオドアは、顔色を悪くしてそう言った。
「……真レイシアが? 私を?」
「も、もしも。もしも……このループが、本当は、もっとずっと前から、始まっていたもの、だとしたら。レイシアが、何十回、何百回、いや、もっと数えきれないほど、避けられない死の運命を繰り返していたんだと、したら」
「──」
「もしも、僕が、同じ状況なら。死んでも、逃げられないのなら。──僕は、誰かにその運命を、肩代わりさせる」
セオドアはそう言って俯いた。
その唇は、鬱血したように青く、ひび割れている。
「レイシアには、精霊術の才能があるんだろう。媒介体は、精霊の住む異界と繋がる体質だ。そもそもが、異世界との門のようなものなんだ。なら、彼女もまた、心を擦り減らした先で、覚醒状態へと至ってしまったのだとしたら……君の魂を、異世界から呼び出すことに成功した、のかもしれない」
彼は唇を強く噛みしめた。尖った歯が肉に食い込み、ひびの間から血が滲んでいる。
「もしも、そうなんだとしたら。レイシアの心を、そうまで追い詰めたのは、僕だ」
彼は足を細かく揺すった。
いや、揺らしているのではない。震えている。
「……僕は、どうやって、償えば……」
彼のその言葉は、真レイシアに向けられたものであり、私に向けられたものでもあった。
ウォーレンが、私を心配そうな目で見つめる。
私は少し考えてから、彼に「ねえ」と声をかけた。
セオドアは顔を上げる。
「その魔法、回数制限はあるの? ループできる回数に上限はある?」
「……いや、恐らくない。何度でも、君が死ぬ限り同じことを繰り返す。そういう、仕組みになってる」
「誰かがその魔法を解くことはできる?」
「……む、難しい、と思う。不可能に、近い。魔法を解けるのは魔法をかけた本人だけ。でも、魔法をかけた僕はもう存在しない。因果関係が、解消できない……」
セオドアは、絶望的な表情を浮かべて言った。
けれど私は、そんな彼の暗い顔とは反対に──安堵していた。
「そう。それなら、良かったわ」
「……良かった?」
「だってそうじゃない。私はこれまでに四度のループを経験しているけど、その「次」があるとは限らないでしょ?」
このループが回数制限付きのものである、という可能性は、ずっと私の頭の中に浮かんでいた。
次に死んだら、そこで終わりかもしれない。ループはあくまで残機制であり、次こそは本当の死を迎えるのかもしれないと、そんな懸念をずっと抱いていた。
でも、そうでないのだとしたら──私にとっては、それは希望になり得る。
「だって、理不尽に死んで、そこでハイおしまい、だなんて。そんな終わりは、私に似合わないじゃない」
勿論、死ぬのは嫌だ。痛いのも苦しいのも嫌いだ。
でも私は、「世界一格好いいお姉ちゃん」なのだ。
誰にでも胸を張れる存在でなければならない。故に、諦めない手段がある限り、私は絶対に諦めない。
「無論、今回こそ死ぬつもりなんてない。でも、もしも……もしも私の身に何かがあった時。それでも私には、その先がある。それは、私の大きな強みに違いないわ」
「……い、いや、待って、くれよ」
するとウォーレンが、表情を硬くして私に手を伸ばす。
「確かに、そうなのかも、しれねーけど。でも、それって、つまりはさ。お前はたとえ、死ぬ運命を回避して、それで天寿を全うしたとしても、また過去に戻されるってことなんだぞ?」
「そうね」
「そんな、そんなのは……」
そうだ。
彼の言う通り、たとえ悲劇を乗り越え、その先で満足のいく死を迎えたとしても、私は恐らく過去に戻る。
私が積み上げてきた全ては無に帰す。それまでに何を成したとしても、全部がなかったことになる。
それは、一種の不死とすら言えるだろう。
死という普遍的な結末を取り上げられた私は、永遠の時間を生きねばならない。
……でも。
「もし、そうなったとしたら」
私はウォーレンを見上げ、笑って言った。
「──その時は、また私に同じリボンを贈ってくれる?」
時間が巻き戻って、何もかもがなかったことになってしまったとしても、嬉しかった思い出までは消えない。
一緒に居て楽しかった人と、一緒に過ごす時間が増えるというのなら。それを永遠と呼ぶのなら。
私は永遠も、そう悪くないと思うのだ。
「……うん」
ウォーレンは、呆然とした顔で頷いた。
私は「約束よ」と言って、彼を肘で小突く。
セオドアは、私を横目で見ながらウォーレンに耳打ちした。
「……き、君の彼女の精神力はどうなってるんだ……」
「実はまだ彼女じゃねーんだけど、すげぇ強いだろ。そこが良い所なんだ」
「陽口はそこまでよ。褒めるなら直接私を褒め称えなさい」
私はコソコソと話す二人の間に割り込んだ。
とにかく、これで新たに一つの謎が解明した。だがまだ分からないことは多い。
タイムリミットは卒業式の日。それまでに私は、私が殺される理由を突き止めなければならない。
「真レイシアの魂を見つける方法は、これから探していきましょう。セオドア、協力してくれる?」
「……そ、そりゃあ。僕は、彼女に会いたいし。僕が、してしまったことを。ちゃんと、知りたい、し」
「協力してくれるのね?」
「……するよ! するから! 近い!」
セオドアは私から距離を取って、「圧が強くて苦手だこの人……」と呟いた。おっと、忘れていた。彼は人と話すのが苦手なのだ。
私は咳払いをして、それから天井に向かって拳を突き上げた。
「さて、頑張るわよ!」
今度こそ絶対に、不幸な未来をギタギタにしてやるのだ。
と、私は声を張り上げて宣言し、力強く拳を握りしめたのだった。




