表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/59

第15話 セオドア・イリアス




 セオドア・ヴァンロッドは、魔法の名門ヴァンロッド家の五男坊として生を受けた。

 兄や姉の記憶はない。弟や妹も居たらしいが、会ったこともない。

 それはセオドアが、否、ヴァンロッド家に生まれた子供たちが、それぞれ隔離され、小さな狭い箱のような部屋の中で育ったからだ。

 両親はセオドアたちに、死の一歩手前まで追い込む苦痛を与えた。あれほど酷い折檻を受けたのだ。実際、命を落とした兄弟も居ただろう。


 しかし恐ろしいことに、両親はそんな我が子たちを愛していた。

 憎いから痛めつけているわけでも、嫌いだから苦しめているわけでもなかった。ただ本当に、心の底から、それこそが愛情であると信じていたのだ。

 その歪みの要因は、世に知られていない魔法の原理にあった。


 ──魔法士には、『覚醒』と呼ばれる状態がある。


 曰く、覚醒した魔法士は、天と地を入れ替えられるほどの魔法を扱えるようになるという。

 それは正しく、「奇跡」。

 火を起こす。風を起こす。水を凍らせる。そんな、魔法を使わずとも起こせる現象とは比べ物にならない。

 どれだけ魔法を極めようとも、理論上不可能──そんな至高の域に、届きうる魔法士が居る。

 では、どうすれば覚醒できるのか。


 簡単なことだ。

 ただひたすらに、極限状態に追い込まれればいい。


 怒りでも、悲しみでも、苦痛でも、何でもいい。とにかく、激しい感情に支配されること。頭の中が壊れてしまうほどの衝撃を受けること。

 そうすることで脳のリミッターが外れ、普通の人間ならば扱えるはずのない、埒外の魔法を行使できるようになる。


 ヴァンロッド家には悲願があった。

 何十代も前から受け継がれてきたその願いとは、「不老不死」の実現である。

 ヴァンロッド家は魂に関する魔法を探求してきた家系であった。その末にあるのが、不老不死という神秘。これに辿り着くため、魂を別の肉体に移し替える方法を模索していた。

 ヴァンロッド家は、代々その宿願の成就のため、文字通り全てを捧げてきたのだ。どんな非道にも手を染めた。どんな悪逆も行った。富のためでも、名声のためでもない。ひとえに、魔法の極致へと辿り着くためだけに。


 そして辿り着いたのが、人為的な覚醒の誘発である。

 我が子を嬲り、痛めつけ、自由を奪い、憎悪を抱かせる。そうやって極限まで追いつめることで、彼らは我が子を魔法の極点へと届かせようとしたのだ。

 セオドアは、そうして実験体のように愛されていた子供の内の一人だった。

 子供たちの中でも優れた魔力量を備えていたセオドアは、特に目をかけられて育った。ありとあらゆる拷問を受け、情緒を育てるためだけに時折優しくされる。けれどその次の日にはまた苦痛の限りを与えられる。

 セオドアは、そんな陽の届かない毎日を送っていた。


 そんなある日のことだった。

 セオドアはふと、本当にふと、思ったのだ。

 お父さんとお母さんに、教えてもらった魔法を見せてあげようと。

 だから、セオドアは頭の中で強く思い描いた。お父さんとお母さんが、いつも自分にやっているみたいに、魔法で「痛く」したら、どうなるんだろうと。


 思い返してみれば、あの時自分は無垢なふりをして、両親のことを憎く思っていたのだろう。

 そしてある意味では、彼らの実験は、半ば成功していたと言えるのかもしれない。

 奇跡には届かないまでも、その歳の子供が扱うにしては悍ましい威力の魔法が両親を包み込み──そして、その身体を引き裂いた。


「……ぁ」


 加減なんて分からなかった。いや、加減なんてしようと思わなかった。

 殺そうと思った。だから両親は死んだのだ。

 けれど、人から死体に変わったそれを見た瞬間に、突然頭蓋骨を揺らすほどの吐き気と恐怖がセオドアの身を襲った。

 倫理も、常識も、その時のセオドアには分からなかった。しかし、どうしようもなく取り返しのつかないことをしてしまったのだという本能的な嫌悪感がウジのように胸に沸き、気付いた時にはその場から逃げ出していた。

 屋敷を飛び出し、裸足で駆け出した。とにかくあの死体から離れたくて、何も考えず、ただひたすらに走って、走って──。


「っ!」


 どん、と何かにぶつかった。

 顔を上げる。そこには波打った美しい金髪の、人形のように美しい少女が立っていた。

 尻もちをついたセオドアに、彼女は傷一つない手を差し伸べた。


「あら、ごめんなさい。怪我はない?」

「──」

「わたしはレイシア。あなたの名前は?」


 セオドアは、その質問に答えることができなかった。

 あまりにも美しい、彼女の星のようなかんばせに見惚れていたからだ。

 伏せた金色の睫毛も、優しげな赤い瞳も、桜色の頬も、何もかもが光り輝いて見えた。


「……ねえ。その痣、どうしたの?」


 すると、レイシアが眉をひそめて言う。

 服の隙間から覗く、セオドアの身体に刻まれた青紫色の傷に気が付いたのだ。しかしセオドアにとってそれはありふれたもので、彼女が何に困惑しているのか分からなかった。


「ねえアンナ。この子……」

「……はい。何か事情があるようですね。旦那様と奥様の元へお連れしましょう」


 その日レイシアとその両親は使用人を連れ、市井で領民たちの視察をしていたのだ。

 そこに、ヴァンロッド家から逃げてきたセオドアが遭遇した。

 セオドアにとってその出会いは、最悪だらけの人生の中で初めて巡り合った幸運だった。


「大丈夫」

「……ぇ」

「不安なら、わたしが手を繋いでいてあげる」


 レイシアはそう言って、震えていたセオドアの手を迷いなく取った。

 誰かに手を繋がれたのは、それが初めてのことだった。

 人の手を温かいと思ったのも、また。


 そうしてセオドアは、エルフェドール公爵家によって身元を調べられ、そしてヴァンロッド家の非道とその末路についても明らかになった。

 セオドアの凶行は「度重なる残虐な実験による魔法の暴走」として処理され、罪として数えられることはなかった。

 それから程なくして、セオドアはその類稀なる魔法の才を買われ、イリアス侯爵家に養子として迎え入れられることとなる。

 新たな家は、特別に温かく優しい、というわけではなかったが、特段の不自由もなく、あの真っ暗な日々に比べれば正しく天国のようだった。


 かつての地獄とは程遠い穏やかな毎日──その中でセオドアは、一度たりともあの少女を忘れたことはなかった。

 レイシアと名乗った、光に満ちた少女を。

 生まれて初めて手を握ってくれた少女。

 彼女にとっては、何てことのない優しさだったのだろう。けれどセオドアにとっては、その時の温もりが、それからの人生を生きるためのよすがとなったのだ。


 だから、王立魔法士養成学園への入学が決まり、その在籍生徒の名簿の中にレイシアの名前を見つけた時、セオドアは思わず涙を零しそうになった。

 別に、自分のことを覚えていなくともいい。

 ただ一言、あの時のお礼が言いたい。

 君のお陰で、僕は死なずにいられたんだと伝えたい。

 何か少しでも恩を返したかった。

 けれど──。


「──違う」


 学園内で彼女を見た瞬間、セオドアは思った。

 ──あれは、レイシアじゃない。

 確かに、その姿はレイシアのものだ。その美しさに陰りはない。あの時の幼く愛らしい少女が、健やかに育ったのだと一目で分かる。

 しかし、セオドアには見えるのだ。

 その人の内面。精神の核。肉体ではない心の在り方──所謂、「魂」と呼ぶべきものが。

 それは恐らく、あの苛烈な日々の中で、半ば覚醒状態へと近づいたことの影響だろう。


 久しぶりに見たレイシアの身体を動かしていたのは、セオドアの知るレイシアではない、全く知らない別の魂だった。

 誰か別人が彼女の身体を乗っ取って、当たり前のように「レイシア」として振る舞っている。これに気が付いた時、セオドアの背筋に氷のような汗が伝った。

 そんなことを言ったって、誰にも信じてもらえるわけがない。周囲の誰もが、彼女はレイシアであると思い込んでいる。気づいているのは自分だけで、形のある証拠は何もない。

 どうすればいいのか分からなかった。

 だから、レイシアのような顔をした、得体の知れない何かから距離を取った。

 そうして一人で、本物のレイシアの行方を探していた。どうすれば彼女を取り戻せるのかを必死で考えていた。


 しかし解決の糸口は一向に掴めず、レイシアの顔をした何かの正体も分からないまま、ただ無益に時間のみが過ぎていく。

 そんな中で、セオドアは突然偽レイシアに声をかけられ、追いかけられ、追い詰められ。


 ──そして、今に至る、というわけだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ