第14話 レイシアの偽物
【セオドア・イリアス】
〈人見知りで内気な白髪の青年。魔法の天才で、魔法に関する深い知識を有している。人と目を合わせて話すことが苦手〉
私が知る──恐らくは、真レイシアの記憶から得られたセオドアの情報は、それくらいか。
彼はどうやら人と話すのが極端に苦手なようで、私が経験したどのループ内においても、常に一人で図書室に閉じこもっていた。故に、私が直接彼と関わったことはない。
しかし、恐らくは、真レイシアと何らかの関わりがあったと思われる。
それに魔法に精通している彼から、何か有益な情報が得られるかもしれない。
先の調査で、私の体質に問題がないことは分かったのだ。であるならば、彼との対話を躊躇する必要はないだろう。
「さあ、行くわよウォーレン! 私のおやつはちゃんと持ったかしら?」
「うす」
ウォーレンは片手を挙げて軽く頷いた。
私は教室の中を見回す。件の青年、セオドアはというと──居た。教室の扉の前で、本を抱えてどこかに行こうとしている。
私はウォーレンを引き連れ、セオドアへと近づいた。
すると彼はぱっとこちらを振り返り、ただでさえ青白い顔を更に青くして。
「──!」
尋常じゃなく目を見開いて、私から逃げるように教室から出て行った。
まるでお化けでも見たような顔だ。振り返ったら背後に幽霊が立っていた……そんな表情だった。
私は腕を組み、唇を曲げて唸った。
「……怯えられているわね。まあ仕方がないけど」
ただでさえ私は周囲と壁を作っているのだ。
その上彼は人とコミュニケーションを取るのが苦手らしい。
そんな中で、公爵令嬢たる私に接近されれば、心臓が縮むのも無理はない。
だが、こちらにも事情があるのだ。これまでのループの中で、学園内でほとんど関わらなかったのは彼だけ──何か少しでも手がかりを得られる可能性があるのなら、私はそれを拾う必要がある。
「ウォーレン」
「お?」
「はさみうちにするわよ!」
「ダイジョブ? オレらストーカーだと思われねえ?」
「致し方ないわ。私とその他大勢の命がかかっているんだもの」
是非もなし、である。
私はウォーレンに、逃げるように去っていったセオドアを追いかけるように指示を出した。
恐らくセオドアが向かった場所と言えば──いつもの図書館だろう。
この魔法士養成学園には、渡り廊下を抜けた先に、巨大な石造りの別棟がそびえ立っている。その別棟が大図書館と呼ばれる施設であり、建物の中には所狭しと様々な魔法に関する書物が収められているのだ。
セオドアは、確か図書委員を務めていたはずだ。
図書館の中には入室に許可が必要な、目録作成室という場所がある。そこには図書委員しか入れないように厳重な鍵が掛けられており、セオドアは一人きりになるため、きっとそこを目指すはずだ。
というわけで、私は先に図書館へと向かい、精霊の力を借りて目録作成室の扉の鍵を開けた。呼び出した精霊に内側から開錠してもらえば楽々である。
部屋の中には長机がいくつか並んでいて、壁一面が小さな取っ手のついた引き出しで埋め尽くされていた。ここで新たに学園に入荷された書籍を分類しているのだろう。
私は勝手に部屋の中にある椅子を引いて腰掛け、セオドアがやってくるのを待った。
すると予想通り、息を切らしたセオドアが、慌てた様子で部屋の中に飛び込んでくる。
「はぁ、はぁっ、──ひっ」
「ごきげんよう、セオドア・イリアス」
私は公爵令嬢らしく、スカートの裾をつまんで上品に礼をした。
しかし私と目を合わせたセオドアは、まるで殺人鬼にナイフを突きつけられたように悲鳴を上げる。
「なっ、なんで、ここに……! あっ」
「おっと。こっちは通行止めで~す」
セオドアが振り返ると、そこには壁にもたれかかって笑うウォーレンの姿が。
私は怯えた様子のセオドアを見て、それから目を鋭く細めて笑うウォーレンを見て、眉を寄せて言った。
「ちょっとウォーレン。あまりに悪役仕草すぎるわよ」
「そっちの方こそいかにもな悪役令嬢だったぜ」
「ど、どっちも、何なんだよ、一体……!」
セオドアは、我慢の限界を迎えた様子で首を横に振った。
そんな彼に向け、私は敵意を持っているわけではないのだということを示すため両手を挙げる。
「追い詰めるような真似をしてしまってごめんなさい。でも、どうしても、あなたと静かな場所で話がしたかったの」
「……ん、だよ」
「危害を加えるつもりなんてないわ。ただ、本当にあなたの話を聞きたいだけ……」
「あ、……が、なんの、話を」
「え?」
「悪魔が、僕に、何の用があるって言うんだよ……!」
セオドアは、自分の白い髪を指で掻き回し、私を睨みつけながら言った。
私はウォーレンと顔を見合わせる。
困惑した私は、自分の顔に指を向けた。
「あ、悪魔?」
「とっ、とぼけるなよ……! どっ、どうせっ、僕に、何かをふ、吹き込もうって、いうんだろ……!」
「ちょ、ちょっと待って? 一体何の話をしているの?」
「しっ、白々しいんだよ……! 僕が、き、気付かないとでも、思ってるのか!?」
セオドアは紺色の瞳に憎悪の炎を宿し、私を指さしながら叫んだ。
「──レイシアの、偽物」
「え」
耳に飛び込んできたその響きに、私は目を丸くする。
セオドアは顔を不均等に歪め、大罪人の悪事を糾弾するような声色で言った。
「ほ、他のやつらは騙せても。ぼ、僕は、騙されないぞ。お、お前が、レイシアの身体を乗っ取った、偽物だってことは、分かってるんだ!」
「ちょ、ちょっと……」
「れ、レイシアに成り代わって、何をするつもりなんだ……! ぼ、僕を、今ここで、消すつもりなのか? や、やれるもんならやってみろよ……! か、返り討ちにしてやる……!」
「ちょっと待ってってば!」
憎々しげに私を詰問するセオドアに、私は何とかストップをかける。
何やら盛大な誤解が生じているようだ。今にもこちらに向けて魔法を放とうとするセオドアを制止し、私は自分の胸に手を当てながら言った。
「──私がレイシアじゃないって、分かるの?」
「……は?」
「本物のレイシアじゃないっていつから気づいてた? いえ……そもそも本物のレイシアと面識があるの?」
私は思わず掴みかかるような勢いでセオドアに詰め寄った。
彼は狼狽え、視線を左右に走らせる。
「そ、そんな。大人しく認めたふりして、油断させようったって、僕は騙されないぞ……」
「待て待て待て。一旦落ち着こう」
そう言って、ウォーレンが私とセオドアの間に割って入る。
ウォーレンは眼鏡の真ん中を押さえて、片手を振りながら言った。
「まずは自己紹介から始めようぜ。このままじゃ誤解が解けねえまま、永遠に平行線だ」
「……それもそうね」
私は気持ちを落ち着かせ、長く息を吐いた。
そしてセオドアの目を真っ直ぐに見て、正直な身の内を明かす。
「私の名前はマユズミ・ミコト。ここではない世界からやってきた──要するに、異世界人よ」
「……は?」
セオドアは呆気に取られた様子で、乾いた唇を大きく開いて固まった。黒い隈のこびり付いた目元を震わせ、彼は再度「はっ?」と呟く。
唖然とする彼を前に、私は説明を続けた。
「元居た世界で死んだ私は、気が付いたらこの世界で“レイシア”になっていたの。あなたからすれば、私が彼女の身体を乗っ取ったようにしか見えないでしょうけど」
「はっ……はぁっ?」
「それから私は、必ず殺される運命を回避するために、死ぬ度に過去に遡って同じ時間を繰り返しているの。今は殺される原因を突き止めるために、本当のレイシアがどこに居るのか探している最中」
「は……」
「何か知っていることや分かることがあれば、教えてほしいの」
セオドアは、開いた口が塞がらない、という様子だった。
そりゃあそうだろう。突飛な話をしているという自覚はある。いきなり情報の洪水を頭に流されて、セオドアは一生分の混乱に襲われているようだった。
「そ……、そんな、話を、信じろって?」
「そうね」
「ば、馬鹿げてる……そんな……」
「その証拠として、私は今から一週間後にラナク商会が粉飾決済と詐欺で没落することを知っているわ」
「な、ぁ……」
他にも、この三年間で起きる事件のいくつかを、私は言い当てることができる。これは、私が実際に同じ時間を繰り返していることの証拠になり得るだろう。
やろうと思えば、私は私の状況を周囲に信じてもらうことができる。けれど、あまり滅多に言いふらすのは得策ではないだろう。
ただでさえ、誰がいつ、どうして発狂してしまうのか分からないのだ。原因を特定するためにも、なるべく状況はシンプルに整えておいた方が良いだろう。
あと、私を殺すかもしれない相手に、個人的な事情を打ち明けたくないし。
「今すぐには無理かもしれないけれど、すぐに私の話が本当だと分かるはずよ」
「そん、な……」
「信用がないのは分かってる。でも、私も真レイシアの居所を見つけたいの」
「──」
「お願い。あなたの話を聞かせて」
セオドアは唇を噛みしめた。そして深く息を吐き、額を押さえる。
彼は私たちから距離を取り、机の上に積まれていた本を手に取って、それで顔を隠しながら、何とか聞き取れる程度の小さな声で呟いた。
「……し。しん、じてる、わけじゃない」
「ええ」
「で、でも。ぼ、ぼくは」
「ええ」
「僕は……本当の、レイシアに会いたい」
「──」
「ただ、本物のレイシアを、取り戻したいだけだ……」
「……なら、目的は同じね」
信用を勝ち取れた様子はない。警戒心もそのままだ。
けれど、少しは対話の意思を見せてくれた。
私とウォーレンは椅子に座り、「これ、リンゴのケーキよ。作ったの」「オレがね」と言いながらお菓子を差し入れしたり、「この部屋って飲食可能なの? それとも水も飲んじゃだめ?」「やっぱ湿気とかヤバいんじゃん? 本めっちゃあるし」「ヤバいのかしら」と言いながらセオドアの様子を伺ったりした。セオドアは「何だこの人たちは?」という目をしながら、「別に……何食べてもいいですけど……」と許可を出した。
「……それで、あなたと真レイシアはどういう関係なの?」
自分の分のリンゴのケーキをサクサクと頬張ってから、私はセオドアにそう問いかけた。ウォーレンは「食べかすついてるぜー」と言いつつ、私の口元をハンカチで拭く。
セオドアは一瞬ウォーレンを見て、「この人はお付きの人なのか……?」という顔をしてから、私の方へと向き直った。
「べ、別に……。僕が、い、一方的に、見知ってるだけだ、けど……」
彼は前髪を弄りながら、気まずそうな声色で言った。
「昔、小さい頃に、一度会ったってだけ……。レイシアは、僕のことなんて、覚えてないと思う……」
「……何があったの?」
私が身を乗り出して尋ねると、彼は言葉を詰まらせながら、ぽつぽつと語り始めた。
幼い彼に手を差し伸べた、地獄に差す光のような少女の話を。




