第13話 『媒介体』
さて、私が研究所に血液を提供してから、そろそろ一か月が経つ頃である。
私の体質に異変が見つかったならば、連絡が届く頃合いなのだが──そんなことを考えながら、次の授業の準備をしていると。
「──大変だ! エルフェドール嬢! エルフェドール嬢は居るか!?」
突然教師に呼ばれた。
彼は血相を変えて教室に飛び込んできて、私の姿を見るや否や、「急いで研究室まで来てくれ!」と叫んだ。
騒めく教室の中で、私は隣の席に座っていたウォーレンと顔を見合わせる。
──もしや、何か分かったのだろうか。
尋常ならざる教師の様子に、そんな期待が募る。
私は立ち上がり、視線だけでウォーレンに「行ってくるわ」と伝えた。
そうして教師に連れられ、階段を降り、広大な地下研究所を訪れ──。
「で、どーだったの」
それから数時間後、放課後のことである。
ウォーレンは紅茶と焼き菓子を机の上に並べながら、私にそう尋ねた。
私は質問に答えるより先に、目の前に置かれたお菓子をじっくりと見る。これは、オートミールのクッキーだろうか。どう見ても市販品ではなく、手作りである。
「これ、あなたが作ったの?」
「……おー。でもあの、バイト先で貰った余りの蜂蜜とか麦とかで適当に作ったヤツだから、そんなに期待しねーで欲しいんだけど」
彼は自信なさげに言った。
私はクッキーを持ち上げ、それから口に入れ、サクリ、と噛みしめた。
そうして無言でクッキーを食べ終えてから、ウォーレンの居る方へと顔を向け、手のひらを出して言う。
「おかわりを所望するわ!」
「あ……。そ、そう?」
「あなた料理上手いのね」
「そ、そー、かな。まあ、昔から、自分のメシは自分で作ってたけど……」
知らなかった才能である。今度、実家にある砂糖やスパイスを持って来よう。私はそう決意した。
「つか……いいのかよ、オレの部屋に上がり込んで。あのさ、オレも一応男なんですけど」
「いいわよ。ここなら二人で気兼ねなく話せるし、それに私の方が強いもの。私に何かしようとしたなら、その瞬間にギタギタにしてあげるわ」
「お茶に何か入れてるかもしんねーじゃん……」
「何を入れてるの?」
「……ミルクと蜂蜜」
「道理で美味しいと思ったわ」
温かい紅茶を飲みながら答える私の前で、ウォーレンは何とも言えない表情を浮かべる。私の警戒心のなさを警戒している様子だが、仮に彼が私を殺しにかかってきたとしても300%勝てるので問題ない。ちょっと私の心が傷つくだけ。
「──それで、検査の結果についてだけど」
「そうそう。何か分かったのか?」
私は頷いて答えた。
「そうね。私は、どうやら特異な体質だったみたい」
「マジかよ!」
「ええ。ただ……」
「ただ?」
「……私が殺される理由とは、何一つ関係なさそうなね……」
私は研究所から渡された書類を机の上に並べ、腕を組んで呟いた。
「私は『媒介体』と呼ばれる体質らしいの」
「媒介体……?」
「簡単に言うと、精霊を……こっちの世界に呼び出せる、みたいなことよ」
おかわりのクッキーを齧りながら、私は自分の手のひらをじっと見つめた。
数時間前、私は研究所の職員たちに囲まれ、やたらと目を輝かせながらの説明を受けた。
話を聞いてみれば、どうやら私は非常に希少な体質──媒介体と呼ばれる人間だったらしい。
精霊、というのは、この世界とは別の世界に住む生き物のことだ。この宇宙には世界がいくつもあって、その中には精霊の住む異世界も存在している。精霊は実体を持たず、魔力のみを養分として育つ。凄まじい力を持っており、大精霊ともなれば国を一息で傾けられるほどだ。
しかし精霊は、通常であればこちらの世界には干渉できない。
けれど──。
「時折、精霊の居る世界に繋がる人間が生まれるらしいの。身体そのものが、異なる二つの世界の「門」として機能している、と言えば伝わるかしら」
「あー……つまりレイシアが、その、精霊の居る世界との橋渡し的な役割になってる?」
私は頷いた。
精霊は、私のような媒介体の身体を通じて、こちらの世界にやってくるらしい。
練習を積めば、魔力の消費に応じて好きな精霊を呼べるようになるそうだ。これは「精霊術」と呼ばれるもので、魔法の親戚のようなものらしい。
「私が今一つ魔法を上手く使えないのも、この体質が原因だったみたい」
「と言うと?」
「微精霊っていう、精霊の幼体が居るんだけど。この微精霊は、私の意思に関わらず、勝手に私の身体の中に入ってきちゃうみたいなのよ」
「え。あー。つまり」
「私の身体の中には、目に見えないほど小さい微精霊がうようよ泳いでるわけ」
この微精霊が私の身体に害をなす、ということは全くない。
むしろ怪我の回復を早めたり、身体能力の向上に役立ってくれるそうだ。
けれど、欠点もある。それが、魔法行使の阻害だ。
精霊は魔力を好む。故に、媒介体の身に流れる魔力を占有するため、魔法が使えないようにロックをかけてしまうらしい。
「完全に使えないってほどでもないんだけどね……でも、道理でやたらと私の魔法の発動が遅いわけね」
魔法の適性がないのはそういう理由だったらしい。
精霊術については、そもそも媒介体が極端に少ないため、魔法士養成学園では触れることすらなかった。精霊術を使える人間がほとんどいないのだ。この体質に気づかないのも無理はない。
とにかく稀な体質故に、研究所からは「これからも研究に協力してほしい」と深く頭を下げて頼まれた。とりわけ熱心だったのがマルファン所長だ。彼は目を血走らせ、「これは研究の大きな手掛かりになる」と息巻いていた。世界の発展にこの体質が役立つというのなら、その申し出を断る理由などないのだが。
「私が殺される、その理由の手がかりにはならなかったわね」
媒介体に、他人の精神を歪める力はない。
私の体質に何か原因があるのでは、と思ったのだが、どうやら違ったらしい。解決の糸口が掴めなかったことへの落胆と、それから、ほんの少しだけの安堵を感じる。
これまで私を殺した人たちが、私が関わったせいでおかしくなってしまったのだとしたら──私が加害者で、彼らこそが被害者だ。
けれど、彼らの人生をこの手で歪めてしまったのではないと、それが分かって、ほんの僅かに胸を撫で下ろす。
「んじゃ、これからオレは遠慮なくレイシアとイチャイチャできるってわけで。好きなだけハグしてくれてもいいんだぜ?」
「馬鹿言わないで。ギタギタにするわよ」
などとふざけたことを言う彼はさておき。
あの災禍が起こる要因探しは振り出しに戻ったわけだが。
「他の視点から考えてみた方が良さそうね……。あなたはどう思う?」
「ん? うーん……。オレはその、真レイシアってのがどこに行ったのか気になるな」
「ああ。あなたはそうでしょうね」
私が納得して頷くと、ウォーレンは「いや、そうじゃなくて」とどこか焦ったように言った。
「ほら、真レイシアを見つけられればさ。何か新しい手がかりが見つかるかもしんねーじゃん。そもそも何で死んだら時間が巻き戻るようになったのか、とかさ」
私がこの世界にやってくる以前の、本当のレイシアの動向。
真レイシアが何を考え、何を体験し、何をしたのか。それが分かれば、巻き起こる悲劇を紐解くきっかけになるかもしれない。
それに、もしも真レイシアをこの身体に戻す方法があるのならば、私にはそれを行う義務がある。
転生当初は、レイシアとして第二の人生を送ることを半ば受け入れていた。それは、そもそも真レイシアの魂がこの世に存在するかどうかすら不明であることや、この転生は神か何かの気まぐれによるものだと考えていたことが理由だ。
私は手の届く所にしか手を伸ばさない。救えないものまで救おうとすることは傲慢だ。あくまで私は、私にできる範囲の「最善」を遂行するというだけ。それが私の信念であり、プライドである。
だから、どうにもならないことは、どうにもならないと割り切れる。この肉体についてもそうだった。
けれど、真レイシアの魂がどこかにあって、それを呼び戻す手段があるとするならば、私は彼女にこの身体を返さなくてはならないのだ。それができる限り、やるしかない。
何故なら、他人の人生を乗っ取ったなどという汚名は、この私に相応しくないので。
だが、どうやって真レイシアを探せばいいものか。
最悪の場合、私の魂がこの身体に入ったことで、真レイシアの魂は上書きされて消滅した、なんてことも考えられる。
何か、方法はないものか。
そうだ、元居た世界の知識を参考にするのはどうだろう。現代知識を使って、この身体の元の持ち主を探す? いや、そんなスピリチュアルな現代知識は持ち合わせていない。
私は頭を抱え、眉間に皺を寄せた。
その時ふと、私の脳裏に愛しい妹の姿が浮かぶ。
『──お姉ちゃんお姉ちゃん。また攻略に行き詰まったの?』
『だって、どうしてか攻略対象の好感度がいつの間にか下がってたのよ』
『あ~。お姉ちゃん、もしかして一人の人ばっかりに話しかけてたんじゃない?』
『そうだけど……』
『このゲームでそれはダメだよ、お姉ちゃん!』
『どうして!?』
『このゲームではね、特定のキャラ以外とも広く交流しないといけないの!』
『そっ……そうなの!?』
『うんうん。そうしないと、冷たくて嫌な女としての噂が学校中に広まっちゃうんだから』
『そ、そうなのね……』
『とにかく、コミュニケーションが肝心なんだよ。上手くコミュニケーションを取れば、自然に道も開けるってこと!』
「……コミュニケーション」
私はぽつりと呟いた。
私はこれまでの経験から、とにかく周囲の人間を遠ざけていた。誰とも関わらないようにすることが、悲劇への引き金を止めるための第一歩だと思っていた。
けれど、現状は未だ不明なことばかり。特記事項がほとんど埋まっていないのだから、優先すべきは情報収集なのではないだろうか。
この世界は、きっとゲームの中でも何でもない。
しかし、妹のアドバイスは役に立つ。
何事も、コミュニケーションが肝心なのだ。たとえそれが、いずれ最悪のディスコミュニケーションへ成り果てたとしても、そこで得られた情報までが腐ってしまうわけじゃない。
「ウォーレン」
「ああ。なんか思いついたか」
「いえ……でも次にやるべきことは決まったわ」
私は彼の目を真っ直ぐに見つめながら言った。
「私はまだ話したことがない。けれど、記憶の中にはある人──セオドア・イリアス」
いつも図書室に籠りきりの、白髪の青年。
でも恐らく、真レイシアとは何らかの関わりがあったと思われる人物。
彼と話すことで、新たな事実が分かるかもしれない。
「彼から、話を聞きましょう」




