第11話 三下の献身
「そんで、何から考えるわけ?」
ウォーレンは口をもぐもぐと動かしながら言った。彼が食べているのは食堂で買ってきたパンだ。肉の塩漬けと野菜が挟まれていて、それがシャキシャキと音を立てている。
私は「そうね……」と言って、少しだけ下を向いた。
「毎回のループでおかしくなるのは、私が一番仲良くなった相手だった。でも“仲良く”というのは抽象的すぎるでしょ? だから、もっと詳細な条件を知りたいの」
「まァ、そうだな」
「一度目と二度目はアイザックに。三度目はライアン、四度目はクラリナに殺された。ここから考えられるのは……」
──発狂する条件は、私に好意を抱いていること。
もしくは、私と長く接触することか。
「オレとしては、後者なんじゃねーかと思うぜ?」
「どうして?」
「お前がオレの好みド真ん中ストライクだからだよ。他のループのオレだってお前に惚れてたに決まってる。その気持ちは他の野郎……いや野郎とは限んね~けど。とにかく他のヤツには負けね~ぜ?」
「はあ……」
ウインクと共にそう言われ、私は胡乱なものを見る目を彼に向けた。
しかしとにかく、確かにこれまでのループで彼が発狂したことはない。彼の口から出る「好き」だの「惚れた」だのは、調子が軽すぎるのであまり参考にしない方が良いと思うが。
「そうだとすると、問題があるのは私の方。って可能性も十分にあるわね……」
「ん? どゆこと?」
彼はパンを喉の奥に押しやって、緑色の眉を整った顔の真ん中に寄せた。
「つまり、私が異常体質の持ち主かもしれない、ってことよ」
私は自分の胸を押さえて言った。
私の身体からは相手の精神に作用する物質が生成されていて、それに長時間曝露することで発狂が引き起こされる、という可能性もある、という話だ。
実際、自然界にはめまいや認識阻害を引き起こす物質を放出する生物がいくつか存在しているのだ。それにここは、魔法や異能が存在する世界である。私が何らかの特異体質者であっても不思議ではない。
「そうよね……その可能性があるんだから、もっと早くに調べるべきだったわ」
「調べるって、どうやって?」
私はウォーレンの顔を見上げた。
彼は私の顔をじっと見た。
「というわけで、血液を抜いてきたわ」
「血液を!?」
ウォーレンは「けッ……けっ……!」と呻いて、言葉を喉に詰まらせた。
「正確に言えば、血液を提供してきたわ」
「どうっ……どうやって!?」
「腕に筒状の針を刺すのよ」
「怖ッ!」
この世界は、私が元居た世界のように医療が発達しているわけではない。そもそも治癒魔法が存在しているので、薬を飲んだり手術をしたりする必要がないためだ。病院はなく、その代わりに教会がある。怪我をしたり病を患ったりした人は、教会に行って治癒魔法をかけてもらうのだ。
故に、ここで私が向かったのは──学園の地下にある研究所である。
この学園の地下では、国王指導の下、魔法や魔法生物に関する研究が行われている。私は昨日、その研究所に自身の血液を提出してきたという次第だ。
「そっ、それってアレじゃん! 針刺して血ィ抜くって、動物相手にやるヤツじゃん!」
「失神するくらい痛かったわ……あのね、針がうどんくらい太いのよ。ビックリよ」
「そりゃそうだよ人間がやることじゃねーもん! うどん……? が何かは分かんねーけどよ! もっと身体を大事にしろよ!」
「私が元居た世界では割と日常的だったんだけどね」
「何つー怖い世界に住んでたんだよ!?」
何度も殺されるこの世界より余程治安は良いのだが、彼にはどうやら修羅の国として伝わってしまったらしい。確かに針を刺したり、腹を開いたり、糸で傷口を縫ったりする現代医療は、科学ではなく魔法が発展したこの世界の人たちからすれば、とんでもなく狂気的な行為に見えるのかもしれない。
ちなみに言うと、研究所の人たちも酷くギョッとしていた。まあ公爵家の令嬢が突然「血を採ってほしい」と申し出たのだ。驚いて当然だろう。
しかし「魔法の発展のために私も貢献したい」とゴリ押せば、涙を流して喜んでくれた。魔力持ちの希少な貴族の血液だ。研究者からすれば垂涎モノの資料に違いない。
「検査が終わるまでには一か月ほどかかるみたい。何か変わったことが見つかれば連絡してくれるそうよ」
「はえー……」
「これで原因が分かればいいんだけどね」
私の体質に問題があるのならば、それを押さえる薬を開発したり、隔離室に閉じこもったりと、対処法が考えつくのだ。しかし、まあとにかく、こればかりは結果が出るのを待つしかない。
他にできることは──と考えていると、ウォーレンが頬を掻きながら私に尋ねてくる。
「レイシアは、その……これからも、周りの人間を遠ざけるつもりなのか?」
「できる限りは、そうするつもりよ」
私はそう答えた。
私という存在が、発狂のトリガーになっているのかもしれないのだ。もしも私が不用意に関わることで、誰かの人生に影を落とすことになるのなら、私は誰にも近づきたくない。……ウォーレンだけは、もう巻き込むと決めてしまったけれど。
するとウォーレンが、腕を組んで「ううん」と唸り声を上げる。
「それじゃ、ますますレイシアが嫌われちまうんじゃねえの? 今だってスゲェあだ名つけられてんだぜ? “氷のご令嬢”、“冷徹姫”、“鉄血女帝”……」
「良いわよ別に。私がそう思われるよう振る舞ってるんだもの。それに、他人にどう思われようと構わないわ」
「いやいや構うだろ。お前、公爵令嬢なんだぞ?」
「そうだけど……それが何?」
「全部が何とかなったあとに評判悪いとマズいだろ!?」
そう言われ、私は目を見開いた。
全部が終わったあと。この悲劇を乗り越えたあとの話。
私はそれを考えていなかった。否、考えないようにしていた。
考えなければならないことが多すぎて、そんな先のことに気を配っている余裕がなかったからだ。
だって私は、この学園で過ごす日々を、もう既に十年以上繰り返しているのだ。
出口の見つからない迷路に閉じ込められているようなものであり、出口を探すことばかりに必死だった。出口の外がどうなっているかなんて、気にしている場合じゃなかった。
それどころか、心のどこかでは──また、初めからやり直しになるのではないかと、そう思ってさえいた。
でも、そうか。
彼は、当たり前に、私が悲劇を乗り越えたあとの話をしてくれている。
私が死ぬなんて思っていないし、このループを終わらせられると信じてくれているのだ。
未来の話を当たり前にしてくれる。
それが、私にとって、どんなに眩しかったことか。
「……まッ! オレに任せておけって。そういう役はオレが一番慣れてますからね」
ウォーレンは片手を振りながら、八重歯を見せて笑った。
任せるとは? 一体何をするつもりなのだろう。
怪訝な目で見つめていると、彼は堂に入った態度で自分の顔に親指を向けた。
「見とけよ? 平民生まれ平民育ち、ガキの頃から頭を地につけて育ってきたオレの──百点満点の三下仕草ってヤツを」
「レイシア様~~ッ!! 食堂で焼きそばパン買ってきたッス! ささ、お食べになってくだせぇ!」
「……いや、頼んでないんだけど」
「へへ、そう遠慮なさらずにィ」
ウォーレンが両手を擦り合わせながら、ヘラヘラと私の顔色を伺ってくる。
それから彼は椅子を退け、そこに四つん這いになって「さっ、お座りくだせぇ! オレが椅子になるんで!」と恥ずかしげもなく言った。
私はドン引きした。
周囲を見回すと、周りもドン引きしていた。
ウォーレンは顔を上げて、一転してチンピラ然とした顔つきになり、「あ゙?」と地を這うような声で言った。
「何見てんだゴラ。オレを見せモンにしていいのはレイシア様だけなんだよ~ッ!」
「ちょっ、ちょっとやめなさい! 何勝手なことを言ってるのよ!」
「オレが落とした小銭を拾ってくれたあの日から、オレはレイシア様に身を粉にして尽くすと決めてんだよッ! ねッ、レイシア様っ!」
「ねっ! じゃないわよ……!」
人懐っこく擦り寄ってくる彼に、思わず反射的に距離を取る。
すると彼は、ただでさえ吊り上がった目を更に吊り上げ、威嚇するように周囲を見渡した。軽薄な笑顔を消しさえすれば、彼の眼差しにはかなりの迫力がある。整った顔立ちの人間の真顔は怖いのだ。
「いいかテメーら。今後レイシア様に話しかける時には、必ずオレを通せ。必ずだぞ」
「ちょ、ちょっと、何勝手に決めてるのよ……!」
私はとにかく彼を起こそうとしゃがんだ。すると彼が私にしか聞こえないくらいの小声で、「ダイジョブダイジョブ」と囁く。
「お前はオレに勝手に付き纏われてるだけ。周りはオレを不審がって近寄ってこない。これで万事解決だろ?」
「な……」
周りを見ると、私に向けられる視線は「恐れ」から「同情」へと変化していた。
つまり周囲からは、私が「ものすごく妙なやつに妙な付き纏われ方をしている令嬢」に見えているのだ。これまでの怯えた目線が、一気に苦労人を見るそれに変わっている。それほどまでに、貴族社会に慣れ切った彼らにとっては、ウォーレンの奇行が印象的だったのだろう。
「もし話しかけられそうになったら、オレが間に割って入る。お前はただ心底迷惑そうな顔をしてりゃいい」
「あのねぇ……それじゃあなたの評判に傷がつくでしょうが」
「へへっ。ンなもん好きなだけつきゃいいよ。補欠入学の平民風情に下がって困る評判なんざね~っての」
ウォーレンは親指を立てて呟いた。
私はため息をつき、それから彼の額にデコピンをした。彼は「あでッ」と言って、キョトンとした顔で私を眺めた。




