第10話 頼るべき人
「──っつーことは、だ。レイシアちゃんは……昔、二ホン?って異世界に住んでて、そこで死んで。それで生まれ変わって、気付いたらこの世界でレイシアちゃんになってた、ってわけ?」
「そういうことよ」
私は頷いた。
裏庭のベンチに腰掛け、隣のウォーレンに視線を向ける。
しかしながら、改めて言葉にすると、とんでもなく突拍子もない話だ。もしも私がウォーレンの立場であれば、間違いなく「は?」と言った後に、頭の調子を疑っただろう。
けれどウォーレンは、すこぶる真剣な眼差しになって。
「その場合、オレはあんたをレイシアちゃんって呼ぶべきなのか? それともミコトちゃんって呼んだ方が良い感じ?」
と、重大な機密事項を扱っているみたいな顔をして言った。
「ミコトちゃん……ミコト……綺麗な名前だぜ。心の清らかさが滲み出てる」
「それはありがと。でも今まで通りに呼んでちょうだい。周りに不審がられるのも良くないでしょうし」
「そっか……そんで、レイシアちゃんは、さっきの話からすると……」
「……そうね。いくつか規則性のある、不可解な事件に巻き込まれているわ」
私はこれまでに集まった情報を頭の中で整理して、ひとまずいくつかの仮説を立てた。
「まず、ルール1。私が死ぬと、時間が巻き戻る。具体的には入学式の日、星暦1432年4月3日の朝に戻るわ」
指を一本立てて説明する。それにウォーレンは真剣に頷く。
「ルール2。私は、その周回で一番仲良くなった人に殺される」
「仲良く?」
「これは男女関係なしよ。とにかく、その回で一番私に好意を持ってる人が私を殺しにくる、みたい」
「そりゃあ、おっかねえな……」
ウォーレンは顔を顰めた。
私は「おっかないのよ」と答え、三本目の指を立てた。
「ルール3。私は、プロムの日までに必ず殺される」
「プロム……ってーと、卒業式の夜にやるアレ?」
「そう。つまり、ここがタイムリミット……今から三年後までに、殺される原因を突き止めないといけない、と考えてるわ。あんまり好感度を上げ過ぎると、それ以前に殺されることもあるんだけど……」
「……おっかねえな……」
「おっかねえのよ」
そう。おっかないのである。
とにかく大きく分けるとこの三つの規則が存在しているのではないか、と私は考えた。
するとウォーレンが手を挙げ、「あんさァ」と眉を傾けながら言った。
「さっきチョロっと言ってた、その、『乙女ゲーム』ってのは何?」
「ああ……ええと。まあ、ざっくり言うとね」
両手の指を突き合わせ、私は愛しの妹の顔を思い浮かべる。
「私が昔生きてた世界には、そういう創作物があったの。こっちの世界で言えば、そうね。ロマンス小説に近いかしら」
「ふんふん」
「主人公は色んな選択をして、どんな人と恋をするか決めるのよ」
話していると、妹が恋しくなってくる。恋愛小説や乙女ゲームが大好きだった、私のかわいい妹。今も元気に暮らしてくれているだろうか。会いたい。
「んで、この世界ってのは、そのゲーム? を元に作られてるんじゃないかって?」
「その可能性もある……かも、と思ったんだけど。改めて口に出してみると、随分とゲーム脳がすぎる考えね……」
「いや、ないとは言い切れねーんだろ? そもそも今の状況自体が変なんだからよ。何が起きててもおかしくねーって」
「そう、ね」
「で、なんでそう思ったんだ?」
私は少し考えてから答えた。
「一つは、雰囲気がよく似ていたから。こう、周りに美形が多かったり、やたらと好意を向けられやすかったりする所が特に……」
「……レイシアちゃんが魅力的すぎるからじゃ?」
「そうね。確かに私は魅力的だけど」
「あ、そこは全然認めるんだ」
「それにしたって、ちょっと異常な気がするわ。何だかこう、何かに操られているような感じというか……」
自分の意思で好意を抱いている。
というよりも、何かの力が働いて私に好意を向けている、という感じがするのだ。
でもこれは、あくまで私の感覚だ。明確な根拠があるわけではない。だから、そういうものだ、と言われてしまえば反論はできない。
「それからもう一つは、転生した直後に、私の頭に──こう、情報のようなものが流れ込んできたから」
「情報?」
「ええ。この学園で、これから出会う人たちの情報が」
「それって、学園の生徒全員分のか?」
「……いいえ。かなりの人数分だったけど、全員じゃないわ。それに、情報量にも個人差があって……」
私は唇に手を当てて考えた。
「だから、私は昔、この世界を舞台に描いたゲームをどこかで見ていて。その記憶が、今も部分的に残ってるんじゃないかと思ったのだけど……」
そうだったとすれば、シナリオの全容を思い出すことで、悲劇を回避する方法が分かるかもしれない。
だから懸命に、この情報をどこで知ったのか思い出そうとしているのだが──未だ、記憶の所在は掴めないままでいる。
するとウォーレンが、「ん?」と首を傾げながら言った。
「つまりは、急にこうバッと記憶が思い浮かんだんだよな?」
「ええ。そうね」
「それ──普通に、真レイシアちゃんの記憶ってことはねーの?」
「え?」
言われ、呆気に取られた。
ウォーレンは頭痛をこらえるような顔をして、「あー、つまりは」と唸るように言う。
「ミコトちゃんの魂的なもんが、何かの拍子に真レイシアちゃんの身体に入っただろ? で、今のレイシアちゃんが爆誕ってわけ。でも脳みそには真レイシアちゃんの記憶が残ってて、それをレイシアちゃんは見ちまった、とか」
「……私が得た情報の大部分は、まだあの時点のレイシアが知るはずのないもの、だった、わ」
「……あ。そっか。学園に入学してねーんだもんな。じゃ違ぇか」
「──そう。そうよ。そうよッ!」
私は立ち上がり、ウォーレンの膝を連続で交互に叩いた。ウォーレンは「なになになに」と言って仰け反る。
「その通りだわ! ウォーレン!」
「なっ。何が……?」
「あれは真レイシアの記憶だったのかもしれない!」
ウォーレンは目を瞬かせた。
「え……でも、真レイシアちゃんは知らないはずのこと、なんだろ?」
「それを知っていたのかもしれないわ!」
「え。どうやって?」
「真レイシアもループしてたのよ!」
私は今までの考えを一旦頭の端に寄せ、新しい仮設を立てた。
「つまり、最初にこのループが始まったのは、もっとずっと前なのかもしれない。真レイシアがそういう体質だったのか、それとも誰かに魔法をかけられたのかは分からないけれど……とにかく、はじめにループをしていたのは真レイシアだった」
「ふんふん」
「けれどループの途中に何かの事情で、その真レイシアの身体に私の魂が入ってしまったんだわ」
「……それで、真レイシアちゃんの記憶の一部を、今のレイシアちゃんが引き継いだ?」
「そうだとすれば、かなり納得がいくわ!」
転生。ループ。必ず訪れる死。
これらは全て別の要因によるものであり、それが組み合わさって今の状況が形作られているのかもしれない。
そうだとすれば、これらの真相をそれぞれ突き止めることで──悲劇の繰り返しを止められる、かも。
少なくとも、それは「悲劇しか用意されていない理不尽な世界」に生まれ変わってしまったと考えるよりも、ずっと希望の余地を残した仮説だった。
私はその場で飛び上がり、ウォーレンの肩に手をのせる。
「ありがとう、ウォーレン!」
「──っ」
「あなたのお陰で、こんがらがっていた頭の中がスッキリしたわ!」
「そ、りゃあ、良かった……」
「それじゃあ、私はどうにか解決策を見つけてみせるから!」
私は手を振り、それから彼に背を向けた。
すると「おいおいおい待て待て待てって!」と慌てたような彼の声が聞こえてくる。
「? どうしたのよ」
「そっ……それで終わりっ!? もっとこう、何か、あるだろ!?」
「……? お礼が足りなかったの?」
「違ぇよバカ! ああもうバカって言っちまった!」
ウォーレンはちょっとボサボサの緑髪を更にボサボサに掻き乱して、それから私の肩を両手で掴んだ。
「お前ッ、一人で全部解決するつもりかよ!?」
「? そうよ。それがどうしたの?」
「ここまでオレに話しておいてか!?」
「ええ。正直言うと、今まであなたにあまり良い印象は抱いてなかったんだけど……今回は、あなたの助言がとても役に立ったわ。だから、これまでのことは水に流します」
「ダァーッ! そうじゃねえんだって!」
ウォーレンが憤慨する。けれど私には、彼が何故怒っているのか分からない。
一体何が言いたいのか。そう思って彼を見上げていると、彼は「だ……だから!」と眉を吊り上げて叫んだ。
「オレを、頼れって!」
「──」
「そりゃあっ、オレみたいなロクでなしのダメ人間はよっ。居たって何の足しにもならねーし! 頼り甲斐とか、ぶっちゃけあるわけねーだろって、オレだって思うけどよ! でも、でも……!」
彼の指に力がこもる。
彼は唇を強く噛みしめ、そして掠れた声で言った。
「こんなダメ人間にすら、何もかもゲロッちまいたくなるくらい、お前は追い詰められてたんだろうが……!?」
「……な」
「なのに何でまた一人で何もかもやろうとすんだよ! それじゃあオレに話した意味がねえじゃねーか!」
「……だって」
「お前の顔見てりゃ分かるよ! こんなオレ相手でも、抱え込んでたこと話せて楽になったんだろ!? ならっ、オレが居る価値はあるじゃねーか!」
吠えるようにそう捲し立てられる。その言葉が、私の胸の奥に柔らかく突き刺さる。
「……だって、そうしたら、今度は、あなたが」
「オレがおかしくなったんなら、そん時はお前が止めればいい! 言っとくがオレはクソ弱いぜ!? 魔力はカスッカスで学園には補欠入学したくらいだし、剣は握ったこともねーし、頭悪ィから知略とか全然立てられねーし!」
「辛いことに、巻き込む、かも」
「その渦中に居るヤツがンな心配してんじゃねーよ! それより先に自分の心配しろ!」
「頼る、なんて、私には」
「お前が言ったんだろうが! オレに、どうにかしてくれって!」
強く、はっきりと言い切られる。
ああ、確かに言った。でもそれはただの八つ当たりで、当てつけで、言葉の綾だ。
私は常に完璧でありたい。他人に誇れる自分が好きだからだ。そのためには、いつだって一人で立ち上がらなくてはならない。強くなければならない。頼りになる存在でなくてはならない。
だから、自分が誰かを頼るだなんて、そんな方法があると思いもしなかった。
──一緒にどうにかしてほしいと、そう頼ってもいいのだろうか。
「……どうして、そこまでするわけ」
私は彼に尋ねた。
彼が私にそうまで献身的になる理由が分からなかったのだ。
彼に何かをしてあげた覚えはない。返されるような恩も作っていない。私はウォーレンと一方的に長い付き合いがあるが、彼からすれば、私はまだ会って間もない女のはずだ。
すると彼は、頬を掻きながら目を逸らした。
「そりゃあ、その……ほら、さっきも言ったじゃん? 一目惚れってヤツ?」
「はあ」
「カワイイ子が困ってんだぜ? そのピンチをイイ感じに助けて、そんで惚れてもらいたいと思うのは、男として当然のこったろ?」
「……成程。理解したわ」
そういうことか。それなら納得できる。
私は腕を組み、「はっ」と鼻を鳴らした。
「仕方がないわね。真レイシアをどうにか呼び戻した時には、私からあなたの良い所をそれとなく伝えてあげるわ。ま、あなたの恋が成就する保証はできないけどね」
「えっ」
「? 何よ。この顔に一目惚れしたんでしょう?」
「あ……いや……」
「確かに中々の美少女だものね。あなたが恋に落ちるのも仕方のないことだわ」
「や……ああ……うん……」
「……あれ? その時は私ってどうなるのかしら。身体から追い出される? それとも共有することになるの? ううん、難しいわね……」
先行きは不透明だが、それはまた後で考えることとしよう。
とにかく、彼の言い分は分かった。私に、誰かを頼るという考えが抜けていたことも。
そうして私は、目の前の彼にこそ、私が背負っていたものを預けてみたいと思ったのだ。
「いやまあ……レイシアちゃんがカワイイのは事実だし……つかオレもそう言ったんだけどよ……」
「……レイシア」
「え?」
「レイシア、でいいわ」
そう告げると、彼の細い目が見開かれた。
「何よ、その顔」
「……あ、いや。ビックリして」
「私が半ば奪ってしまった名前ではあるんだけどね。もう随分長い間そう名乗ってるし、今は私の一部みたいに馴染んでるのよ。だから、今はそう呼びなさい」
「……呼び捨てにして、いいの」
「その方が私は好きよ」
ウォーレンは何度か口の中で「レイシア、レイシア……」と名前を呼ぶ練習をして、それから顔を腕で覆った。
「何よ、その仕草」
「いや。なんか。すげー、顔が変になっちまうから」
「変に? 見せなさい。どう変になっているのよ」
「わー! 見んな見んな!」
「私に隠し事はなしでしょう!?」
「いつそんなの決めたよ!?」
「私はあなたに隠し事ができないのよ。ならあなたも同じ条件にならないと不公平でしょ!?」
「どういう理屈だよ!」
明るく騒ぎながら彼の頭を揺さぶる。
こんなふうに、言いたいことを好きなだけ言えたのは、随分と久しぶりのことだった。




