↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀狼物語 ~森で出会った銀狼と紡ぐ運命の物語~  作者: ななお
第一部 第五章 千年前の真実

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/202

第九十七話 結婚式 誓いと祝福

王宮の大聖堂には、朝から静かな光が満ちていました。


ステンドグラスを通した色とりどりの光が、石畳の上に模様を描いています。

参列席には、グランヴァルドの貴族たち、サハルディアからのサフィーラ女王一行、そして近隣諸国から集まった使者たちが、席を埋めていました。


セシリアとミラは、リリアの控室で、最後の身支度を整えていました。


「リリア様、こちらをどうぞ」


セシリアが、ベールを掲げます。

淡い光をまとった桜の刺繍が、控室の灯りを受けて、揺れていました。


「……綺麗」


リリアは、鏡に映る自分の姿を見つめました。

白いドレスに、蒼月から贈られた羽衣のベール。

その組み合わせは、まるで最初からそのために誂えられていたかのようでした。


「泣かないでくださいね、セシリア」


「泣いておりません」


セシリアは、きっぱりと言いながらも、目元を拭いました。

ミラが、その様子に小さく笑います。


やがて、大聖堂の扉が開かれる時間になりました。


控室の扉が、叩かれました。


入ってきたのは、ハインリヒでした。

その傍らには、ヴィクトリア王妃がいます。

そして、その少し後ろで、リリアの母が立ち止まっていました。


花嫁姿のリリアを見た瞬間、母は言葉を失ったように、両手で口元を覆いました。

こらえようとした涙が、すぐに瞳の端へ滲みます。


「……リリア」


震える声で名を呼ばれて、リリアの胸がいっぱいになりました。


「お母さん」


母は何度も頷きました。

王都へ送り出した日の不安も、離れていた時間の寂しさも、今はすべて、目の前の白い姿に溶けていくようでした。


「綺麗よ。本当に……綺麗」


その言葉を聞いたリリアは、涙をこらえるように微笑みました。


ハインリヒも、花嫁姿のリリアを見つめたまま、息を吐きました。

いつも穏やかに整えられている表情が、揺れています。


「……綺麗だよ、リリア」


「父さま」


リリアがそう呼ぶと、ハインリヒは少しだけ目を伏せました。

それから、微笑みます。


「君を、娘として送り出せることを、心から誇りに思う」


ヴィクトリア王妃は、リリアの肩に手を添えました。


「行ってらっしゃい、リリアさん。今日は、あなたが誰よりも幸せになる日です」


リリアは、三人を見つめ、ゆっくりと頷きました。


「はい」


その声は小さく震えていました。

けれど、そこには確かな喜びがありました。


大聖堂の扉の前には、蒼月が立っていました。

人の姿のまま、けれど纏う空気だけは、どこか常人とは違う静けさを湛えています。


蒼月は、リリアの姿を見て、目を細めました。


「リリア、誰よりも綺麗だ」


その短い言葉に、リリアは胸の奥があたたかくなるのを感じました。


「ありがとう、蒼月」


蒼月は何も言わず、リリアへ手を差し出しました。

リリアは、その手に手を添えます。


扉が開き、リリアと蒼月が姿を現した瞬間、大聖堂の中に、小さなどよめきが広がりました。


白いドレスに、淡く光る桜のベール。

その隣を歩く銀の髪の青年は、まるで月光そのもののように静かでした。


リリアは、蒼月に導かれながら、ゆっくりと祭壇へ向かって歩き出しました。

一歩ごとに、参列者たちの視線が、優しく彼女を包みます。


祭壇の前まで来ると、蒼月は足を止めました。

蒼月は、リリアの手をラシードの方へ導きます。

ラシードは、その手を受け取りました。


蒼月は一歩下がり、二人を見守る位置に立ちます。


祭壇の前に二人が並ぶと、神官長が、口を開きました。


「本日、皆様ご臨席のもと、リリア・フォン・ヴァイスベルク公爵と、ラシード・アル=ハーリド公爵の婚姻の儀を、執り行います」


その声が、大聖堂に響きました。


「誓いの言葉を」


神官長が、二人を促します。


ラシードは、リリアの手を取りました。

その手は、震えていました。


「リリア」


ラシードの声は、これまでのどんな時よりも、まっすぐでした。


「私は、リリアの隣で生きると誓う」


その一言に、参列席から小さなざわめきが起こりました。

定型の誓いの言葉ではない、ラシード自身の言葉だったからです。


「リリアが笑う時も、泣く時も、怖い思いをする時も。私は、そのそばを離れない」


その言葉に、リリアの瞳が揺れました。


「これから先の時間の、全部を、リリアと生きたい」


リリアは、涙をこらえながら、頷きました。


「ラシード」


リリアの声も、震えていました。


「私は、ずっと、誰かのために生きてきました」


「けれど、今は違います」


リリアは、まっすぐにラシードを見つめました。


「私は、私自身の願いで、あなたのそばにいたいと思っています」


「あなたと生きた時間を、後悔しないように。最後の一日まで、笑っていられるように」


「だから、どうか、私と一緒にいてください」


その言葉に、ラシードの目が、大きく揺れました。


神官長が、頷きます。


「誓いは、確かに受け取りました」


そして、二人の手の上に、自らの手を重ねました。


「リリア・フォン・ヴァイスベルク、そしてラシード・アル=ハーリド。両名の婚姻を、ここに認めます」


その瞬間、大聖堂の中に、割れんばかりの拍手が沸き起こりました。


サフィーラ女王は、目元を押さえながら、微笑んでいました。

アレクシス王とヴィクトリア王妃も、深く頷き合っています。

ガレスとエレナ、ルークとナーディルも、参列席の中で、それぞれに笑顔を交わしていました。


「よかった……本当に、よかったです」


アステルが、隣にいたセシリアへ、小さく囁きました。


その時でした。


蒼月が、一歩前へ出ました。


「祝いとして、皆に贈るものがある」


その声は、大聖堂全体に、不思議なほどよく通りました。


蒼月が、天へ向けて、片手を掲げます。


次の瞬間、大聖堂の天井――否、その先にある空そのものに、巨大な金色の陣が描かれていきました。


幾重にも重なった光の紋様が、まるで生きているかのように、ゆっくりと回転しながら広がっていきます。

その輝きは、ステンドグラスの光すら、かき消してしまうほどでした。


「な……」


参列者たちが、次々と天を仰ぎました。


金色の陣の中心から、無数の光の粒が、降り注ぎ始めます。

それは雨のようでいて、雨よりもずっと優しく、まるで祝福そのものが、形を持って舞い落ちてくるようでした。


光の粒は、参列者一人ひとりの肩に、髪に、手のひらに、触れては、淡く弾けて消えていきました。


「あたたかい……」


誰かが、そう呟きました。


金色の光に触れた者たちの表情が、次々と、驚きから、静かな安堵へと変わっていきます。

まるで、長く抱えていた疲れが、溶けていくようでした。


「これは、加護だ」


蒼月は、降り注ぐ光を見上げたまま、言いました。


「この場にいる者、皆に。これからの日々に、幸多からんことを」


サフィーラ女王が、涙を拭いながら、小さく笑いました。


「すごい、祝福ですこと」


その言葉に、近くにいた貴族たちが、思わず笑い声を漏らしました。


光は、しばらくの間、大聖堂と、その周囲一帯を、包み続けました。


やがて、金色の陣が、ゆっくりと空に溶けるように消えていきます。

最後の光の粒が、リリアの手のひらの上で、弾けました。


リリアは、その光の余韻を見つめながら、隣に立つラシードを見上げました。


「綺麗でしたね」


「ああ」


ラシードは、リリアの手を、握り直しました。


「あいつらしい、派手な祝い方だ」


蒼月は、二人の方を振り返り、いつものように、少しだけ得意げな顔をしました。


「これくらいは、私にもできる」


その言葉に、リリアは、涙の残る顔で、やわらかく笑いました。


大聖堂の外では、王都中の鐘が、一斉に鳴り響いていました。

その音は、風に乗って、遠く、街の隅々まで届いていきました。


新しい誓いが結ばれた日を、国中が、祝っていました。


やがて、参列者たちは大聖堂をあとにし、王宮の大広間へと移っていきました。

大広間には、白い花と淡い桜色の布が飾られ、長い卓には祝いの料理と酒杯が並べられています。

高い窓から差し込む光は、先ほど大聖堂に降り注いだ金色の加護の余韻を、まだどこかに残しているようでした。


リリアとラシードが広間へ姿を見せると、待っていた人々から、あたたかな拍手が沸き起こりました。


「リリア様、ラシード様、ご婚姻、誠におめでとうございます」


最初に進み出たのは、ハインリヒでした。

その声はいつも通り穏やかでしたが、目元には、隠しきれない喜びが滲んでいました。

それから、公爵としての口上を脇へ置くように、少しだけ声をやわらげます。


「リリア、ラシード様、おめでとう」


「ありがとうございます、父さま」


リリアがそう答えると、ハインリヒは一瞬だけ言葉を詰まらせました。

けれどすぐに、柔らかく微笑みます。


「どうか、幸せに」


その短い言葉に、リリアは胸の奥がいっぱいになりました。


ヴィクトリア王妃は、リリアの手を包みました。


「本当に綺麗でしたよ、リリアさん。今朝も美しかったけれど、今はもっと幸せそう」


「王妃様……」


リリアが頬を染めると、近くにいたセシリアが、涙をこらえるように唇を結びました。


「本当に、おめでとうございます」


少し離れた場所では、ラシードの母が、二人を待っていました。

サフィーラ女王は、その少し後ろで、穏やかに様子を見守っています。

ナーディルやサライナの者たちも、その傍らに控えていました。


ラシードは、リリアを伴って母の前へ進みます。


「母上」


ラシードがそう呼ぶと、母はしばらく何も言えないまま、息子の姿を見つめていました。

サハルディアの公爵として礼装をまとい、隣には白い花嫁を迎えている。

その姿に、胸の奥から込み上げるものがあったのでしょう。


「……立派になりましたね、ラシード」


その声は、少しだけ震えていました。


ラシードは、いつものように軽く返そうとして、けれど言葉を選ぶように一度だけ目を伏せました。


「ありがとうございます、母上」


母はゆっくりと頷き、それからリリアへ視線を移しました。


「リリア様」


「はい」


「どうか、この子をよろしくお願いいたします」


リリアは、少し驚いたように目を見開きました。

それから、両手を重ね、深く頷きます。


「お義母さま、こちらこそ、よろしくお願いいたします」


母はその言葉に、ようやくやわらかく微笑みました。


「あなたが隣にいてくださるなら、この子も、きっと大丈夫ですね」


「母上、それはどういう意味ですか」


ラシードが困ったように笑うと、母は少しだけ目を細めました。


「そのままの意味です」


近くにいたナーディルが、堪えきれないように小さく笑いました。

サライナの者たちも、どこか胸を詰まらせたような顔で、ラシードを見つめています。


そこで、サフィーラ女王が歩み寄りました。


「よい式でした、ラシード」


「ありがとうございます、女王陛下」


ラシードは、いつもの軽さを少しだけ抑え、深く礼をしました。

けれど、顔を上げた時の目には、隠しきれない誇らしさがありました。


サフィーラ女王は、その表情を見て、やわらかく目を細めました。


「あなたがこのような顔をする日が来るとは、思っておりませんでした」


「それは、褒めてますか」


「もちろんです」


そのやり取りに、ナーディルが笑みをこぼしました。


やがて、楽師たちが弦を鳴らし、祝宴の音楽が広間に満ちました。

杯が掲げられ、祝いの言葉が交わされます。

近隣諸国の使者たちも次々とリリアとラシードのもとを訪れ、二人へ祝福を述べました。


その中で、蒼月は少し離れた柱のそばに立っていました。

人々の輪の中心に入ることはなく、けれどリリアの姿から目を離すこともありませんでした。

桜のベールを揺らしながら笑うリリアを見て、蒼月は目を細めました。


その顔は、どこか満たされていました。


「蒼月」


リリアが、ふと彼に気づいて近づいてきました。

ラシードも、その隣に並びます。


「来てくれないのですか」


「私は、ここで十分だ」


蒼月は淡く笑いました。


「おまえが笑っている。それだけでよい」


リリアは、少しだけ目を潤ませました。

けれど、今日は泣く日ではありません。

そう思ったように、リリアは涙をこらえて微笑みます。


「でも、蒼月にも一緒に祝ってほしいです」


蒼月はしばらくリリアを見つめていました。

やがて、小さく息を吐きます。


「ならば、一杯だけ付き合おう」


「一杯だけかよ」


ラシードが思わず笑うと、蒼月は涼しい顔で答えました。


「私が本気で付き合えば、酒蔵が空になる」


「……それは困るな」


ラシードが肩を揺らして笑い、リリアもつられるように笑いました。


その頃、王宮の外では、王都の広場にも人々が集まっていました。

大聖堂の鐘の音を聞いた者たちが、次々と通りへ出て、窓辺には灯りがともされていきます。

店先には花が飾られ、子どもたちは白いリボンを手に走り回っていました。


やがて、夕暮れが王都の屋根を淡く染め始めた頃、最初の花火が空へ上がりました。


ひゅう、と細い音が夜へ昇り、次の瞬間、王都の空に大きな光の花が開きました。

白と金の火花が、春を待つ空に広がります。

少し遅れて、歓声が街のあちこちから沸き起こりました。


大広間の窓辺にも、人々が集まり始めます。

リリアはラシードに手を引かれ、窓のそばへ歩きました。


二つ目の花火が上がります。

今度は淡い桜色でした。

空に咲いた光の花は、ほどけるように散り、夜の底へ消えていきます。


「……綺麗」


リリアが小さく呟きました。


「ああ」


ラシードは、隣に立つリリアを見つめました。


「今日の王都は、リリアのために咲いてるみたいだな」


「そんな、大げさです」


リリアは頬を赤くしました。

けれど、その目は花火の光を映して、幸せそうに揺れていました。


少し離れたところで、蒼月も窓の外を見上げていました。

夜空に咲いては消える光を、その蒼い瞳に映しています。


花火の音。

人々の笑い声。

杯の触れ合う澄んだ音。

王都に満ちる祝いの気配。


そのすべてが、リリアとラシードを包んでいました。


この日、王宮では祝宴が続き、王都では夜更けまで花火が上がりました。

春を待つ空の下で、街も、人も、灯りも、すべてが新しい誓いを祝っていました。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。