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銀狼物語 ~森で出会った銀狼と紡ぐ運命の物語~  作者: ななお
第一部 第五章 千年前の真実

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第八十八話 静かなる刻限

グランヴァルドでの戦いのあと、魔物の目撃は、ふっつりと途絶えていました。


王都近郊にも、街道にも、辺境の森にも、異常の報告は上がっていません。

黒い瘴気の気配も、以前のようには広がっていませんでした。


けれど、それを安堵と呼べる者は、王宮の会議室には誰一人としていませんでした。


長机の周囲には、アレクシス王、ハインリヒ、ローガン、アステルが席についています。

リリアと蒼月、そしてラシードもまた、その場に同席していました。


その数日前には、これまで回収していた黒い結晶を、蒼月とアステルたちがまとめて調べ終えていました。

その報告も、今日の会議の議題に含まれています。


その場でまず語られたのは、ソフィアの神殿で見たものについてでした。


蒼月が魔石を卓上へ置くと、淡い光が会議室の空気に広がりました。

やがて、その光の中に、一人の女性の姿が浮かび上がります。


白くやわらかな光をまとった、千年前の聖女ソフィア。


会議室にいた者たちは、誰もすぐには声を出せませんでした。


「おお……」


最初に低く声を漏らしたのは、ローガンでした。


「これが、千年前の伝説の聖女様……」


誰かが、呟くように言いました。


リリアは、その姿を見つめていました。

蒼月もまた、何も言わずに映像の中のソフィアを見ています。


やがて光は薄れ、会議室には再び沈黙が戻りました。


次に魔物が現れた時、どう動くのか。

黒い結晶をどう扱うのか。

そして、封印されている魔王が再び力を取り戻す前に、何をすべきなのか。

そのための対策会議が、開かれていました。


沈黙の中で、リリアは蒼月を見ました。


「蒼月」


蒼月が、リリアへ視線を向けます。


「あの黒い結晶は、あとどれくらいあるのですか?」


その問いに、会議室の視線が自然と蒼月へ集まりました。


「分からぬ」


蒼月の低い声が、会議室に落ちました。


「千年前、砕けた力は世界へ飛び散った。黒い結晶は、その欠片が長い年月をかけて育ったものだ」


「世界に……飛び散ったのですか」


リリアの声が、かすかに細くなりました。


蒼月は頷きました。


「すべてがどこに落ちたのか、私にも分からぬ。千年をかけて地中に沈んだものもあれば、人の手に渡ったものもあるだろう」


会議室の空気が、重く沈みました。


ローガンが腕を組み、低く問いかけます。


「では、今見つかっているものは、その一部にすぎないということか」


「そうだ」


蒼月は答えました。


「そして、問題は数だけではない」


アレクシス王の表情が、険しくなります。


「どういう意味だ」


蒼月の瞳が、翳りました。


「ただ瘴気を撒くためだけのものではなかったのだ。あれは、周囲の魔力を吸い上げ、封じた魔王へ少しずつ力を戻している」


その瞬間、全員が息を呑みました。


「それでは……魔王が、また目覚めるということですか?」


ハインリヒが、掠れた声で尋ねました。


「いずれはな」


その一言で、会議室の空気はいっそう重く沈みました。


「黒い結晶を探し出し、封印するか、結界の内に隔離するしかあるまい」


「再び封印することは、できないのでしょうか」


アステルが、問いかけました。


「封印術を使えるやつがいるのか? 封印術の術式なら、この魔石に入っている。だが、それに耐えられる者がいるかどうかだ」

蒼月は、胸元の魔石へ手を添えました。


会議室の誰も、すぐには言葉を返せませんでした。


「それに、再び封じたところで、黒い結晶が残っている限り根本的な解決にはならぬ」


「術者なら、私がいたします」


ラシードが、言いました。


会議室の視線が、一斉にラシードへ向きます。


「少しでも時間を稼げるのであれば、やらない手はないと思います」


蒼月は、ラシードを見ました。


「魔力はある。だが、耐えられるかは別だぞ」


「承知している」


ラシードは、蒼月の視線を受け止めました。


「それでも、教えていただきたい」


その言葉に、リリアはぎゅっと手を握りました。


「私も、手伝いたいです」


蒼月は、しばらくラシードを見ていました。


「ならば、まず基礎魔法から学んでこい」


「基礎魔法、ですか」


ラシードが、眉を上げました。


「封印術は、術式だけ覚えれば使えるものではない。魔力の扱いを誤れば、おまえの方が先に壊れる」


ラシードは一度だけ目を伏せ、それから頷きます。


「承知した」


その言葉に、会議室の空気が、少しだけ定まりました。


「その間に、黒い結晶の探索を進めます。発見次第、蒼月様に結界内へ隔離していただく、という方針でよろしいでしょうか」


アステルが、会議の流れを整理するように言いました。

アレクシス王が、深く頷きました。


「では、その方針で動く。各地への探索命令を出す」


こうして、次に魔物が現れる前に黒い結晶を探し出す方針が決まりました。


リリアの部屋には、穏やかな午後の光が差し込んでいました。


会議の重い空気から少し離れ、リリアはようやく息をついたように椅子に腰かけています。

そのそばには蒼月がいて、ラシードもまた、窓際に寄りかかるように立っていました。


「リリア、本格的にいろいろ始まる前に、約束していた湖畔に行かないか」


ラシードが、ふと思い出したように言いました。


リリアは目を瞬かせました。


「湖畔……」


「前に約束しただろ。落ち着いたら、また連れて行くって」


その言葉に、リリアの表情がふわりとやわらぎます。


「私も行く」


すぐに蒼月が言いました。


ラシードは、露骨に顔をしかめます。


「おまえは誘ってない」


「リリアが行くなら、私も行くぞ」


「だから、それを誘ってないって言ってんだよ」


二人のやり取りに、リリアは思わず小さく笑いました。


「ふふ。では、みんなで行きましょう」


ラシードはまだ不満そうに蒼月を見ていましたが、リリアが嬉しそうにしているのを見て、結局何も言い返せませんでした。


「……まあ、リリアがそう言うなら仕方ないな」


その言葉に、リリアは頬を緩めました。

蒼月も満足そうに目を細めます。


長いあいだ願っていたものが、ようやく手の届くところにある。

三人の間に流れる空気は、秋の日差しのように穏やかでした。


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