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銀狼物語 ~森で出会った銀狼と紡ぐ運命の物語~  作者: ななお
第一部 第五章 千年前の真実

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第七十六話 蒼月とアルヴァン

衣擦れの音が戻り、誰かの息が小さく揺れます。

会議室にいた者たちは、今まさに蒼月の光を見ていた続きのように、一斉に息を呑みました。


けれど、次の瞬間、誰もが言葉を失いました。

そこに立っていた蒼月の姿が、先ほどまでとは違っていたからです。

白い衣は淡い光を含み、長い銀の髪の流れに沿うように揺れていました。


あまりにも澄んだ、美しい姿でした。

見つめてはいけないものだと分かっているのに、目を逸らせない。

蒼月から放たれる神気にあてられ、会議室にいた者たちは皆、その姿に魅入られたように動けなくなりました。


「私は、人に神と呼ばれていた者だ」


蒼月の声が、静まり返った会議室に落ちました。

何人かが膝を折りかけ、誰かが祈るように手を組み、誰かが畏れに目を伏せます。

蒼月は、眉を寄せました。


「そして、私は人の神ではない。信仰はいらん。やめろ」


その一言が落ちた途端、会議室に張りつめていた異質な空気が、嘘のようにふっとほどけました。

まるで、神の姿に奪われていた意識が、それぞれの身体へ強引に引き戻されたようでした。

祈りかけていた者たちは戸惑ったように顔を見合わせ、アステルが小さく息を吸い、ローガンがはっと顔を上げました。


アレクシス王も、ようやく瞬きを取り戻したように、蒼月を見据えます。

ラシードだけが、深く息を吐きました。


「……今のも、お前がやったのか」


「違う」


蒼月は淡々と答えました。


「人は、神と知れば勝手に祈ろうとする」


ラシードは顔をしかめました。


「面倒くせぇな」


「だから、いらんと言った」


アレクシス王は、しばらく蒼月を見つめていました。

王である彼でさえ、すぐには言葉を選べないようでした。


「蒼月……いや、蒼月様とお呼びすればよいのでしょうか」


「何でもよい」


蒼月は、興味なさそうに答えました。


「少し分かりにくいかもしれないが、私はリリアに蒼月と名付けられた銀狼だ」


その言葉に、会議室の視線が揺れました。

蒼月は、長い銀の髪を揺らしながら続けます。


「だが、お前たちに馴染みがあるのは、千年前の伝説に出てくるアルヴァンの名の方だろう」


その瞬間、アステルの表情が変わりました。


「アルヴァン……」


かすれた声が、静まり返った会議室に落ちます。


「まさか、あの戦神アルヴァン様なのですか」


「まあ、その名も人が勝手につけた名だ」


蒼月は、特に重く受け止める様子もなく答えました。


その名を聞いた瞬間、ラシードの胸の奥が跳ねました。

幼い頃から壁画の中で見上げていた狼の姿の戦神。

遠い伝説の中にいるはずだった存在が、今、目の前で淡々と話している。

畏れより先に、ほんの少しだけ、少年じみた高揚が胸をよぎりました。

けれど、ラシードはすぐにその感情を押し込めました。

目の前にいるのは、戦神アルヴァンである前に、リリアのそばにいた蒼月なのです。


会議室には、まだ聞きたいことが山ほど残っている空気がありました。

誰もが蒼月を見つめたまま、次の言葉を待っています。


けれど、蒼月は首を振りました。


「リリアにも話したい。今日は、ここまでにしてくれないか」


その言葉に、アレクシス王が目を細めました。

王は一度だけリリアの名に反応し、それから静かに頷きます。


「詳しい話は、リリアが目を覚ましてから、ということですね」


「ああ」


蒼月は短く答えました。


「リリアがいないところで、すべてを話すつもりはない」


その声は静かでした。

けれど、そこには譲る気配がありませんでした。


会議室に残っていた者たちは、まだ困惑を隠せないままでした。

それでも、蒼月がそれ以上話すつもりがないことだけは、誰の目にも明らかでした。


アステルは小さく息を整えると、そばに控えていた侍従へ視線を向けました。


「蒼月様のお部屋を、急ぎご用意してください」


「リリアと同じ部屋でいい」


蒼月が当然のように言いました。


その瞬間、アステルの表情が固まりました。


「それは絶対に駄目です」


ほとんど間を置かずに、ラシードも低く言いました。


「駄目だ」


蒼月は、二人を見比べました。


「なぜだ」


「なぜでもだ」


ラシードは即座に返しました。


「お前はもう狼の姿だけじゃねぇだろうが」


蒼月は少し不満そうに目を細めました。


「私は蒼月だ」


「そういう問題じゃない」


ラシードは深く息を吐きました。

アステルも、頷きます。


「リリア殿がお目覚めになる前に、きちんとお部屋を整えます。それまでは、王宮内の客室をお使いください」


蒼月はしばらく黙っていました。

明らかに納得していない顔でした。


ラシードは額を押さえ、それから諦めたように言いました。


「明日、俺と一緒に部屋を見に行こう」


蒼月の視線が、ゆっくりとラシードへ向きました。


「リリアの部屋に近い場所か」


「それは相談してやる」


「なら、仕方ない」


蒼月はようやく頷きました。


ラシードは、天井を仰ぎました。


そのころ、セシリアはリリアの部屋にいました。

寝台のそばで、眠り続けるリリアの様子を見守っています。


頬に乱れかかった髪を整えながら、セシリアはふと手を止めました。


あれは、何だったのでしょう。


白い宮。

大きな門。

人ではない姿の青年。

そして、自分の腕の中にあった、淡い光を含んだ白い布。


夢でも見ていたのでしょうか。


けれど、夢にしては、あまりにもはっきりと覚えていました。

布の感触も。

あの静かな宮の空気までも。


気づいた時には、セシリアはリリアの部屋に戻っていました。

まるで、最初からここでリリアの世話をしていたかのように。


セシリアは、眠るリリアを見つめました。


「リリア様……」


小さく呼びかけても、返事はありません。

リリアは静かな寝息を立てたまま、まだ深い眠りの中にいました。


セシリアは胸の奥に残る不思議なざわめきを押さえるように、両手を重ねました。

そしてもう一度、リリアの掛布を整えました。


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