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銀狼物語 ~森で出会った銀狼と紡ぐ運命の物語~  作者: ななお
第一部 第四章 呪いと地下神殿

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第六十七話 地下神殿 紡がれる願い十二

地下神殿の最奥、石室の空気は昼間よりもさらに冷えていました。

床に描かれた魔法陣は、いつもと変わらず静かに眠っています。

けれど、そこに立つ四人の間には、これまでとは違う張り詰めた気配がありました。

リリア、アステル、ラシード、そして蒼月。

誰もが、緊張した面持ちで石室の中央を見つめていました。


「では、始めます」


アステルの声が、石室に静かに響きました。


「まずは、蒼月に陣へ入ってもらいます」


蒼月は一歩前へ進み、魔法陣の内側へ入りました。

銀の毛並みが、灯りを受けてかすかに光ります。


蒼月がゆっくりと目を伏せると、足元の陣に淡い光が走りました。


線は中心から外側へ向かって広がり、中央の魔石に満ちた魔力をゆっくりと陣へ通していきます。

石室全体がほのかな光に照らされました。

やがて光が落ち着くと、蒼月の身体に、黒い鎖が浮かび上がりました。

リリアは息を呑みました。

何度見ても、その光景に胸の奥が締めつけられます。


「……大丈夫? 蒼月」


小さな声が、リリアの唇からこぼれました。

蒼月は答えず、ただリリアを見つめ返しました。


――心配するな。


その声が、リリアの胸にだけ届きました。


「リリア殿。次は、あなたの番です」


アステルが静かに促しました。

リリアは小さく頷き、魔法陣の中へ足を踏み入れました。

冷えた石の感触が、素足に近い薄い靴の底から伝わってきます。

蒼月のすぐそばに立つと、黒い鎖がすぐ目の前にありました。

くすんだ黒に沈んだ鎖は、今日もなお、蒼月の身体に深く絡みついています。

アステルが両手をかざし、詠唱を始めました。

低く滑らかな言葉が、石室の中に広がっていきます。

リリアを守るための結界が、淡い光の膜となって広がりました。


「では、鎖に触れてください」


アステルの声に、リリアはゆっくりと手を伸ばしました。

けれど、指先が鎖に届く直前で、何かに阻まれるように止まりました。


「……触れません」


リリアは戸惑ったように言いました。

アステルの表情が、曇りました。


「結界が、邪魔をしているのかもしれません」


アステルは自分の張った光の膜を見つめ、すぐに手を動かしました。


「結界を解きます。外側の防護は残しますが、鎖に触れる妨げになっている部分だけは解かなければなりません」


ラシードの目が、鋭くアステルへ向きました。


「危険はないのか」


「まったくないとは言えません。ですが、このままでは鎖に触れられません」


リリアは黒い鎖を見つめたまま、小さく頷きました。


「お願いします」


蒼月が身を寄せ、リリアのそばへ寄り添います。

ラシードは石室の入り口近くで、腕を組んだまま二人を見守っていました。

アステルが低く言葉を紡ぐと、リリアと鎖の間にあった淡い光の膜だけが、静かに解けていきました。

石室の冷たい空気が、先ほどよりも近く肌に触れたように感じられました。


「もう一度、お願いします」


リリアは再び手を伸ばしました。

今度は、指先が黒い鎖にまっすぐ触れました。

ひやりとした感触が、指の先から伝わってきます。

リリアは思わず息を止めました。


指先に伝わるのは、冷たさだけでした。

その冷たさは鎖の表面に薄く留まり、リリアの指先で揺れていました。


「……大丈夫、です」


リリアが小さく呟くと、アステルが目を細めました。


「そのまま、鎖を握ってみてください。強く、握る必要はありません」


リリアは頷き、鎖にそっと指を絡めました。

その瞬間、鎖がわずかに震えました。

蒼月の身体が、小さく強張ります。


「蒼月っ」


リリアが顔を上げると、蒼月は首を振りました。


――大丈夫だ。続けろ。


その言葉に、リリアは唇を引き結び、もう一度鎖へ意識を集めました。

黒い鎖は、リリアの指の中で、まるで溶けるようにほどけていきました。

一本。

確かに、一本の鎖が外れました。

石室の中に、乾いた音が小さく響きます。

外れた鎖は、光の粒となって静かに宙へ溶けていきました。

蒼月の身体に絡んでいた鎖の数が、一つ減っています。


「……解けた」


アステルが、抑えた声で呟きました。

リリアは呆然と、自分の手の中に何も残っていないことを見つめていました。


「解けたのですか、本当に」


「ええ」


アステルは頷きました。


「今のところ、大きな異常は見られません。鎖が一本、確かに外れました」


その言葉に、リリアの瞳が揺れました。

蒼月は、身体に走った小さな震えの余韻を確かめるように、ゆっくりと息を吐きました。

ラシードが、石室の入り口から歩み寄ってきました。


「……終わったのか」


「一本だけです」


アステルが答えました。


「ですが、これは大きな前進です」


ラシードは蒼月を見つめ、それからリリアへ視線を移しました。


「よくやった」


短い言葉でしたが、その声には確かな安堵が滲んでいました。

リリアは自分の手のひらを見つめたまま、小さく笑いました。


「……本当に、外れたのですね」


その声は、震えていました。

蒼月がリリアに身を寄せます。

リリアは銀の毛並みに指先を沈め、その温もりを確かめていました。


石室の奥で、魔法陣の光がゆっくりと薄れていきます。

長く蒼月を縛り続けていた鎖の一つが、確かにほどけた。

その事実だけが、冷たい石室の中に、静かに残っていました。


それから数日を置きながら、地下神殿での試行は慎重に重ねられました。

三本目の鎖が外れたのは、さらに日を置いてからでした。

その日も、石室には深い緊張が満ちていました。

鎖がほどけた瞬間、アステルは小さく息を吐きました。

三本。

まだ、すべてではありません。

それでも、蒼月を縛っていた鎖は、確かに三本ほどけました。

一つずつ確かめ、慎重に手を伸ばし、ようやく掴んだ小さな前進でした。

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