↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀狼物語 ~森で出会った銀狼と紡ぐ運命の物語~  作者: ななお
第一部 第四章 呪いと地下神殿

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/196

第五十六話 地下神殿 紡がれる願い一

無理を重ねてきた代償は、熱となってリリアの身体を苛みました。

抗えない眠りに落ちたあとも、その青白い表情にはかすかな不安の影が残っています。


蒼月はしばらく、眠るリリアを見つめていました。


――リリア。


心の中で呼びかけても、深い眠りの底にいるリリアには届きませんでした。

蒼月は身を起こします。

そして、誰にも気づかれぬよう部屋を出ました。


地下神殿の最奥の石室に着くと、蒼月は足を止めました。

そこには、昨日、淡く光を放った魔法陣があります。

床に刻まれた古い線だけが闇の中に沈んでいます。


――魂を縛る古き鎖を緩めたまえ。


壁に刻まれた言葉が、胸の奥で響きました。

蒼月は魔法陣へ近づこうとして、足を止めます。


――触れれば、また光るかもしれない。何かが変わるかもしれない。けれど、それが呪いを緩めるものなのか、さらに深く縛るものなのか……。


――リリアは、あの弱った身体で、また俺のために無理をしようとする。


その姿を思い出した瞬間、蒼月の胸の奥が、きしむように痛みました。


――俺のせいで、リリアの生命力と魂を削らせてしまった。こんなことになるのなら、森で出会わなければよかったのか。リリアの優しい心に宿った浄化の力に、手を貸さなければよかったのか。根本にある原因は、すべて俺なのではないか。


――それでもリリアは、残り少ない時間の最後の願いとして、俺の呪いが解けることを望んだ。その願いに報い、リリアの笑顔が見たい。リリアのそばに、もっと近い形で在りたい。泣きそうな顔をしたリリアを、ただ見つめているだけではなく、その痛みごと抱きしめてやりたい。


蒼月は、陣の中央に進み、壁に刻まれた古代文字を見上げました。


――大地の女神よ。月の光を受けし水よ。我が名を呼ぶ者の声を聞け。その絆に応じ、魂を縛る古き鎖を緩めたまえ。


心の中で文字を読み上げた瞬間、床の魔法陣が淡く光りました。

光は蒼月の足元から広がり、銀の毛並みを下から照らします。


次の瞬間、蒼月の身体に絡みつく黒い鎖が、闇の中に浮かび上がりました。

幾重にも重なった黒い鎖が、蒼月の魂そのものに絡みついているようでした。

光の中で、それは揺れている。


「蒼月!」


鋭い声が、石室に響きました。

蒼月が振り返ると、通路の入口にアステルが立っていました。

その後ろには、灯りを手にした星術師たちが控えています。


「何をしているのですか」


アステルの声は、これまでになく厳しいものでした。

蒼月が魔法陣の外へ出ると、床の光はふっと消えました。

同時に、黒い鎖も闇に溶けるように見えなくなります。

アステルは、蒼月へ近づきました。


「どこか痛みはありませんか。身体に異常は?」


蒼月は、顔を伏せました。

その声を聞けるリリアは、ここにはいません。

けれど、その静かな仕草だけで、アステルはある程度察したようでした。


「よかった。異常はない、ということですね」


アステルは魔法陣を見下ろしました。

その瞳には、強い警戒と、抑えきれない探究心が同時に宿っていました。


「蒼月。もう一度だけ、できますか。ただし、少しでも異変があれば、すぐに外へ出てください」


蒼月は、銀の尾をふわりと揺らしました。

そして、もう一度魔法陣の中央へ進みます。


壁の文字を見上げ、先ほどと同じように心の中で読み上げました。


――大地の女神よ……その絆に応じ、魂を縛る古き鎖を緩めたまえ。


魔法陣が再び光りました。

淡い光が床を走り、蒼月の身体に絡みつく黒い鎖が、今度ははっきりと浮かび上がります。


アステルは杖を構え、慎重に魔法陣の内側へ先端を差し入れ、異常がないことを確認しました。


「……陣そのものは、外から触れても害を及ぼすものではない」


そう判断したアステルは、さらに慎重に一歩踏み込みました。

そして、蒼月の身体に絡みつく黒い鎖へ手を伸ばします。


けれど、指先は鎖をすり抜けました。

アステルの眉が動きました。

もう一度、角度を変えて触れようとします。

しかし、結果は同じでした。


「実体がない……いえ、こちら側には存在していないのか」


アステルは低く呟きました。


「見えているのは、呪いそのものの姿。ですが、物質として触れられる鎖ではない」


蒼月は、黒い鎖をまとったまま、アステルを見ました。

アステルはその視線を受け、厳しい表情で頷きます。


「分かりました。今日はここまでです。これ以上は危険です」


魔法陣の光が、まだ蒼月の足元で揺れていました。

黒い鎖は、淡い光の中に浮かび上がっています。


アステルは魔法陣へ視線を戻しました。


「まずは、この陣を正確に確認する必要があります」


アステルは、そばに控えていた星術師たちへ指示を出しました。


「床に積もった石片と土を取り除いてください。ですが、刻まれた線を傷つけてはいけません。少しずつ、慎重に」


星術師たちは頷き、魔法陣の周囲へ散っていきました。

布と細い筆を使い、床に積もっていた砂埃や小さな石を丁寧に取り除いていきます。

長い年月の間に沈んでいた古い線が、少しずつ姿を現しました。


蒼月は魔法陣の外へ出て、その様子を見つめている。


やがて、床に刻まれていた円と線が、はっきりと見えるようになりました。

複数の円が重なり、その間を古代文字が囲むように刻まれています。

壁に刻まれていた文字と似た形も、いくつか混じっていました。

アステルは膝をつき、魔法陣をじっと見つめました。


「ここまで見えれば、解析は進められます」


アステルは顔を上げ、蒼月を見ました。


「蒼月。リリア殿が心配します。あなたは戻った方がよいでしょう」


蒼月はそのまま、眠るリリアのもとへ戻っていきました。


アステルは、魔法陣の中心に近い部分へ目を凝らします。

床に積もっていた石片と土を取り除いたことで、先ほどまでは見えなかった魔法陣の中央に、細い切れ目があることに気づきました。


「……ここだけ、線が切れている」


円を描くように、意図して彫られた溝でした。

アステルは息を潜め、指先をその溝へ添えました。

少しだけ力を込め、円に沿って石を回します。


カチリ。


冷たい石の奥から、小さな音が響きました。

次の瞬間、はめ込まれていた円形の石板が、隠されていた蓋のように少しだけ浮き上がりました。


「外せるかもしれません」


星術師に細い金属の器具を持ってこさせ、切れ目に差し込ませます。


「無理にこじ開けないでください」


アステルは声を抑えました。


「少しずつです」


数人が慎重に作業を進めると、円形の石の蓋のようなものが、ゆっくりと外れました。

その下には、丸いくぼみがありました。


くぼみの内側には、細かな古代文字が刻まれています。

形は、何かを納めるために作られたもののようでした。


アステルは、くぼみをじっと見つめました。


「これは……魔石をはめるための受け口かもしれません」


星術師たちの間に、緊張が走りました。

その時、控えの間で石板を調べていた星術師が、写しを手に近づいてきました。


「アステル様」


星術師は、手元の紙と魔法陣を見比べながら言いました。


「先ほど解析していた石板ですが、もしかすると、この魔法陣の使い方に関わる記述があるかもしれません」


アステルの表情が変わりました。


「読めるのですか」


「まだ断片です。ですが、円、光、石、鎖という語が並んでいます」


石室に、重い沈黙が落ちました。

アステルは、魔法陣の中央に開いた丸いくぼみを見下ろしました。


「やはり、この陣を正しく動かすには、魔石が必要なのかもしれませんね」


星術師たちは、すぐに石板の写しと魔法陣の線を照らし合わせ始めました。

アステルはしばらく黙ってそれを見守っていましたが、やがて口を開きます。


「リリア殿には、体調が戻ってからお伝えしましょう」


その声に、星術師たちが顔を上げました。


「今、無理に起こすべきではありません。蒼月の鎖が見えたこと。我々には触れられなかったこと。そして、この陣に魔石をはめる受け口らしきものが見つかったこと」


アステルは、眠っているはずのリリアがいる方角へ、目を向けました。


「すべて、リリア殿が回復してから話します。それまでに、どうしたら起動できるのか考えましょう」


翌朝、アステルは昨夜の出来事をラシードへ伝えながら、再び地下神殿へ下りました。

魔法陣の中央には、昨夜見つかった丸いくぼみが口を開けている。

アステルはその前に膝をつき、内側に刻まれた細かな古代文字を確かめました。


「ここに魔石をはめるようにできています」


ラシードは、くぼみを見下ろしたまま目を細めました。


「……大きさは、王都ハルディアの転送機に使われていた魔石に近いですね」


アステルが顔を上げました。


「王都ハルディアの転送機に使われていた魔石ですか」


「ええ。ただ、あれは転送に使えば魔力が空になります。ここで使うなら、サライナに残された魔石を確かめる必要があります」


ラシードは、言葉を続けました。


「その前に、女王陛下へ許可をいただかなければならない」


ラシードは、そこで小さく息を吐きました。


「いったん、私はアルディナの転送機を使って、陛下のもとへ戻ります。そこで許可をいただいてから、砂漠を越えてサライナへ向かう。サライナに残された魔石を持って、またここへ戻ってくる」


アステルは、思わずラシードを見ました。


「確かな話ではないのに、ラシード様はそこまでしてくださるのですか」


「可能性があるなら、すべて試した方がいい。リリア様のためにも」


ラシードは、少しだけ苦笑しました。


「ただ、帰りは砂漠越えです。私の足でも、一か月半から二か月。砂嵐次第ってところですね」


アステルが眉を寄せました。


「それと、転送機を勝手に使ってしまって大丈夫なのですか」


「怒られるでしょうね」


ラシードは、軽く肩をすくめました。


「ですが、王宮のものほど重要ではありません。多分、大丈夫です」


いくらリリアのためとはいえ、他国の者であるラシードにそこまで負わせてよいものなのか。

アステルはしばらく沈黙したあと、尋ねました。


「それでも、罰せられるのではありませんか」


ラシードは少しだけ視線をそらし、観念したように小さく息を吐きました。


「……女王陛下は、私の叔母です。多分、私には甘い……」


アステルが目を見開きました。


「なんと、ラシード様は王族の親戚なのですか」


「一応……」


ラシードは、ばつが悪そうに頬をかきました。


「迷っている時間も惜しい。私はすぐに発ちます」


ラシードは旅支度を整えると、アルディナへ向かうため、王宮をあとにしました。


――リリアのために、できる限りのことをする。


ラシードは、砂漠へ続く道へ歩き出しました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。