↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀狼物語 ~森で出会った銀狼と紡ぐ運命の物語~  作者: ななお
第二部 第二章 ネヴァリア王国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

164/224

第五十一話 空の条件

リリアと蒼月、ラシードは、太陽の国へ戻っていました。


半月にわたって浄化を続けたリリアの身体には、深い疲労が残っていました。

それでもリリアは、休むことを受け入れられずにいました。


「少し休めば大丈夫です。まだ、やれます」


蒼月は、力の戻りきらないリリアの顔を見ました。


「あの寒さの中だ。無理をさせることはできない。しばらくは戦場へ行かせない。クリスとともに過ごせ」


「……」


リリアは唇を結びました。

浄化しなければ人の軍は前へ進めず、その間にも戦いは続いていきます。


言葉を返せずにいるリリアを、ラシードが腕の中へ抱き寄せました。

背に回された腕の温もりに、張りつめていたリリアの身体から力が抜けていきました。


その時、窓の外に広がる空が大きく揺らぎました。


夜空のように深い色の髪に、星を散らしたような細かな光が瞬いていました。

濃い紫の瞳には、夜そのものを閉じ込めたような色が宿っています。


空を司る柱が、三人の前へ姿を現しました。


リリアはその姿を見つめ、蒼月とは異なる美しさに魅入られました。


ラシードはリリアから腕を離し、空へ礼を取りました。

空の出現に呼応するように、戦場にいたはずの賢者と武神、建物の中にいた女神も三人の前へ姿を現し、主の前へ膝をつきました。


空は、自らの眷属たちを見渡したあと、蒼月へ視線を向けました。


「大地の。そろそろ、眷属を返してもらえないか」


その声には、拒絶を許さない響きがありました。


「あまり長く地上へ置いておくことはできない」


「空の。もう少しだけ、貸しておいてくれないか」


蒼月は、膝をついている三人へ目を向けました。


ラシード一人では、すべての戦場を守りながら、黒やディグラード、沙良を防ぐことはできませんでした。

空の眷属たちがいなくなれば、人の軍はこれまでの防衛線を維持することさえ難しくなります。


空の紫の瞳が、厳しさを増しました。


「それより、おまえはまだ地上へ直接関わっているのか」


隠すことのない苛立ちが、その声に滲んでいました。


「いい加減にしろ」


「だが、魔物は理に反している」


「眷属がいるではないか。そこに」


空の視線が、蒼月の後ろにいるラシードへ向けられました。


「ラシード一人では無理だ」


「何を言っている。その娘がいるではないか」


空の視線が、リリアへ向けられました。


その言葉に、蒼月の目が鋭く細められました。

蒼月はリリアを白銀の結界で包みました。


空の青い闘気と蒼月の白銀の戦気が正面からぶつかり合い、二人の狭間を小さな稲妻が走りました。

空の眷属とラシードにも、緊張が走りました。


「おまえ、自分が何を言っているのか分かっているのか」


低く抑えられた声に、周囲の空気が張りつめました。


空は蒼月の怒りを受けても、紫の瞳を逸らしませんでした。


「私の眷属は使いながら、自分の眷属となれる者を眷属にはしない。そんな都合のよい話があるのか」


空は、再びラシードへ目を向けました。


「それに、なんだ。その眷属は。おまえは甘すぎるぞ」


ラシードは眷属となったあと、人としての心を取り戻し、リリアへの愛も残していました。

本来の眷属とは異なる在り方を許していることを、空は甘いと言っているのです。


蒼月には、返す言葉がありませんでした。


リリアを眷属にすれば、今のリリアではなくなります。

主である蒼月が唯一無二の存在となり、ラシードへの愛も、クリスを思う母の心も失われるかもしれません。


それを知っているからこそ、蒼月には選ぶことができませんでした。


空は、リリアへ視線を戻しました。


「今、この世界に存在する天零は、その娘と、その息子しかいないのだぞ」


その言葉に、リリアの表情がこわばりました。


ラシードが顔を上げ、何かを言おうとしました。

蒼月は片手を上げ、その言葉を制しました。


空が告げました。


「どちらか一人を、大地の眷属とすることを選べ」


その言葉は、リリアか、まだ幼いクリスのどちらか一人を差し出せというものでした。


「どちらかを選べば、私は協力してやる。そしてもう人での浄化だけではこの件はかたがつくまい。息子の方も浄化が発動する可能性はある」


空は、感情を交えずに続けました。


「そうでなければ、ほかの柱へ助けを求めても眷属を貸してはくれまい」


空が求めているのは、蒼月が大地の宮へ戻り、地上のことを眷属へ委ねることでした。

そのためには、ラシードに加え、もう一人の大地の眷属が必要だというのです。


人の兵は、すでに限界へ近づいていました。


けれど、柱たちにとって、この世界は唯一のものではありませんでした。


たとえ魔物に侵され、人が滅びたとしても、初めから作り直すことができます。

今を生きている人々も、積み重ねられてきた営みも、柱たちにとっては失えば二度と戻らないものではないのです。


空は、蒼月を脅しているのではありませんでした。

理を預かる者として、協力するための条件を示しているだけでした。


蒼月もまた、空がすでに譲歩していることを理解していました。


本来ならば、この世界に残る二人の天零を、どちらも眷属とするよう求められてもおかしくありません。

そのうちの一人だけでよいと、空は告げていました。


それでも、蒼月には選べませんでした。


幼いクリスを、ラシードとリリアから奪うこともできません。

リリアから、ラシードを愛する心と、クリスの母である心を奪うこともできません。


どちらを選んでも、今ある家族は失われます。


沈黙する蒼月の後ろから、リリアが一歩前へ出ました。


「私がなります」


「リリア、それは駄目だ。クリスにとって、おまえは唯一の母なのだ」


ラシードはリリアの腕を掴み、引き留めました。


空は蒼月へ視線を向けました。


「本人がなると言っているぞ。おまえがしないのなら、私がしよう。浄化を扱える眷属は珍しいからな」


蒼月はリリアを見ました。


「リリアが、ほかの者の眷属になるのは嫌だ」


「では、しろ」


「……」


リリアの翡翠色の瞳には、隠しきれない恐れが宿っていました。


空は二人の様子を見たあと、蒼月へ告げました。


「よく考えるのだな。おまえが千年前に蒔いた種だ」


その言葉を残し、空の姿は夜空へ溶け込むように消えていきました。


賢者と武神、女神も蒼月へ礼を取ると、あとを追うように姿を消しました。


空と眷属たちの気配が完全に消えたあと、三人のそばで黒い影が揺らめきました。

影の中から、闇が姿を現しました。


「大地の。こっぴどく怒られてしまったの」


蒼月は、空が消えた場所を見上げたまま答えました。


「空の言っていることは正しい。当然のことなのだ」


闇は、蒼月の後ろに立つリリアへ目を向けました。


「もう一度、ラシードにしたのと同じことを、その娘にもすればよいではないか」


「そのことも怒られた」


「そうだな」


闇の口元に笑みが浮かびました。


「だが、条件に、それをしてはならないとは入っていない」


空が求めたのは、リリアかクリスのどちらかを、蒼月の眷属とすることでした。


けれど、蒼月の表情は晴れませんでした。


「それは賭けだ。リリアが、リリア自身を取り戻せるかは分からない」


「ラシードの時も、そうであっただろう」


闇は、ためらうことなく答えました。


ラシードが人としての心を取り戻せたからといって、リリアも同じように戻れるとは限りません。

一度眷属となれば、ラシードへの愛も、クリスを思う母の心も、すべて失ったままになるかもしれないのです。


闇はしばらく蒼月を見つめたあと、片手を差し出しました。


「ほれ。ソフィアの写しは貸してやる」


そう言い残すと、闇は影へ溶けるように消えていきました。


あとに残ったのは、重い沈黙だけでした。


蒼月はリリアとラシードを見つめたまま、言葉を見つけられずにいました。


夜空には、薄い雲が流れていました。

その切れ間に瞬く星だけが、何事もなかったかのように澄んでいました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。