↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀狼物語 ~森で出会った銀狼と紡ぐ運命の物語~  作者: ななお
第二部 第二章 ネヴァリア王国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

156/224

第四十三話 ラシードの面影

魔王軍と人々との戦いが続く一方で、グランヴァルド王国の王都は、瘴気の一件からの復興を続けていました。

しかし、全盛期にはほど遠く、人口も街の賑わいも、かつてには及びませんでした。


復興を優先したため、国葬は大きく遅れていました。

それでも準備は進められており、近いうちに執り行われる予定でした。


国葬を前に、リリアとラシード、蒼月は、クリスを伴ってグランヴァルド王国を訪れていました。

リリアの父であるハインリヒに、クリスを会わせるためでした。


リリアたちが訪れると聞き、王宮では、これまで親しくしていた者たちを昼食へ招き、ささやかな祝いの席が設けられていました。

アレクシス王とヴィクトリア王妃、王子たちをはじめ、懐かしい顔ぶれが一堂に集まっていました。


窓から差し込む柔らかな光が、長い食卓に並べられた花々を明るく照らしていました。

リリアがクリスを抱いて広間へ入ると、集まっていた者たちの顔に笑みが広がりました。


アレクシス王は蒼月とラシードへ向き直り、これまでの尽力に対して改めて深く礼を述べました。

ヴィクトリア王妃も、穏やかな微笑みを浮かべながら頭を下げました。


ラシードは一礼しました。


「皆様、お久しぶりです。本日は私どものために、このような席を設けていただき、ありがとうございます」


「私からも、ありがとうございます」


リリアも隣で頭を下げました。

それから、腕の中の幼子を皆に見えるように抱き直しました。


「こちらは、クリスです」


クリスは大勢の視線を受けても泣くことなく、翡翠色の瞳で広間を見回していました。


ハインリヒは、その小さな顔を見た途端、堪えきれないように表情を緩めました。

リリアの前まで歩み寄り、クリスの顔を覗き込むように身をかがめました。


「クリス。じいじだぞ」


いつもは厳格な宰相の口から出た言葉に、周囲から小さな笑い声がこぼれました。

リリアも思わず笑みを浮かべました。


「父さまったら」


ハインリヒは気にする様子もなく、クリスへ指を差し出しました。

クリスはその指をじっと見つめたあと、小さな手でしっかりと握りました。


その瞬間、ハインリヒの目元が潤みました。


「よく来たな、クリス」


ハインリヒはクリスに握られた指を見つめたまま、リリアへ告げました。


「リリア、何か困ったことがあれば、何でも言うのだ」


「ありがとうございます、父さま」


エレナも近くへ歩み寄り、クリスの顔を嬉しそうに覗き込みました。


「クリス様は、ラシード様に似ていらっしゃいますね」


ラシードはクリスへ視線を向けました。

その表情は穏やかでしたが、以前のような照れや戸惑いが浮かぶことはありませんでした。


「そうですか。それは嬉しいです」


落ち着いた返事でした。


その場にいた者たちは、ラシードに何が起きたのかを聞いていました。

かつて王宮で見せていた、親しみやすく、時に感情を隠しきれなかった頃のラシードとは違うことにも、皆が気づいていました。


それでも、誰も悲しげな顔を見せませんでした。

クリスを抱くリリアの穏やかな笑顔を曇らせぬよう、以前と変わらぬ様子でラシードへ言葉をかけました。


ラシードも、それに一つずつ丁寧に答えていました。

けれど、その姿を見つめる者たちの胸には、かつての彼を知っているからこその、言葉にできない寂しさが残っていました。


グランヴァルド王国に数日滞在し、一通りの挨拶を終えたあと、リリアとラシード、蒼月は転送機を使い、サハルディア王国へ向かいました。


王宮では、サフィーラ女王が三人とクリスを迎え、ナーディルも呼び寄せていました。


広間へ入ってきたラシードの姿を見た瞬間、サフィーラ女王の瞳に涙が浮かびました。

ラシードに何が起きたのかは、すでに聞いていました。


それでも、幼い頃から知る甥が、以前とはまるで違う落ち着きをまとって立つ姿を目の前にすると、込み上げるものを抑えることはできませんでした。


ナーディルもまた、言葉を失ったようにラシードを見つめていました。

長く傍らに仕え、笑う姿も、怒る姿も、苦しみながら前へ進む姿も見てきました。


だからこそ、穏やかに一礼するラシードの中から、かつての熱が失われていることが分かってしまいました。

悪戯っぽく笑う仕草も、ふと翳りを宿す横顔も、ナーディルと交わした調子のよい掛け合いも、すべてが遠い記憶の中へ滲んでいくようでした。


サフィーラ女王は涙を拭い、ラシードへ微笑みました。


「サフィーラ女王。ラシードです」


ラシードは一礼しました。


叔母上、と呼んでいた声を、この広間にいる誰もが覚えていました。

初めて会う相手のように名乗る甥を前に、サフィーラ女王の微笑みが一瞬だけ崩れました。


けれど、それを悟らせる前に、女王は口を開きました。


「ラシード。よく戻りました」


「本日は、クリスをご紹介するために参りました」


ラシードはナーディルへ顔を向けました。


「ナーディルも、お久しぶりです。クリスを見ていただきたいと思っていました」


「……はい。お待ちしておりました」


ナーディルは込み上げるものを抑え、ラシードへ頭を下げました。


サフィーラ女王は、リリアとクリスへ目を向けました。


「何日でも、ゆっくり過ごしなさい」


それから、リリアへ微笑みかけました。


「リリア公爵。こちらでも、何か困ったことがあれば、遠慮なく言ってくださいね」


「ありがとうございます、サフィーラ女王」


リリアはクリスを抱いたまま、深く頭を下げました。


サフィーラ女王は頷き、再びラシードへ視線を向けました。

幼い頃から知るラシードの変化に、胸の奥が痛まないはずはありませんでした。


それでも、その悲しみをリリアに悟らせぬよう、サフィーラ女王もナーディルも、以前と変わらぬ様子で接していました。


「リリア公爵。クリスを抱かせてもらえますか」


「もちろんです」


リリアは微笑み、クリスをサフィーラ女王の腕へ預けました。


クリスはサフィーラ女王の顔を見上げると、人見知りすることもなく無邪気に笑いました。

その笑顔に、サフィーラ女王の記憶の中で、幼い頃のラシードの姿が重なりました。


「ラシードに似ていますね」


サフィーラ女王はクリスの頬へ触れ、目を細めました。


「リリア公爵とラシードの子です。きっと、立派で美しい子に育つでしょう」


クリスは、サフィーラ女王の指を小さな手で握りました。


その温もりに、サフィーラ女王は一度だけ目を伏せました。

腕の中にいるのは、もう幼い日のラシードではありません。


けれど、その面影を受け継いだ新しい命が、今、確かにここにいました。


ナーディルはクリスを見つめ、目を細めました。

ラシードも少し離れた場所から、女王に抱かれるクリスを見つめていました。


王宮の窓から差し込む陽射しが、クリスの柔らかな髪を明るく照らしていました。

遠い記憶の中へ滲んでいったものを、その小さな命だけが、もう一度結び直しているようでした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。