第四十一話 命を祝う者たち
リリアから赤子の名を託されたあと、ラシードは再び戦場へ戻りました。
腕の中に残る赤子の温もりを思い返しながらも、今は大地の眷属として、蒼月のもとへ戻らなければなりませんでした。
ラシードが雪原へ降り立つと、蒼月とディグラード、黒が激しく刃を交えています。
白銀と漆黒の光が幾度もぶつかり合い、そのたびに凄まじい衝撃が大地を揺らしていました。
ディグラードと黒が左右から蒼月へ斬り込んだ瞬間、ラシードは雪を蹴り、三人の間へ飛び込みました。
振り抜いた冥霞で二本の剣を受け止めると、蒼月も下から剣を押し上げる。
三本の剣と一振りの刀が激突し、火花と白銀の光が雪原へ飛び散った。
四人は互いの刃を押しつけたまま動きを止め、至近距離で睨み合いました。
ラシードはディグラードと黒へ冥霞を向けたまま、蒼月へ報告しました。
「大地様、リリア様の子が無事に生まれました」
蒼月は、リリアの魂の揺らぎから、すでに新しい命が生まれたことを感じ取っていました。
それでも、ラシードの口から無事を知らされると、蒼い瞳に喜びが広がりました。
「そうか!」
ディグラードは蒼月とラシードを見比べると、押し合わせていた剣を引きました。
黒もそれに続き、剣を下ろしました。
「子の誕生を祝して、今回は引いてやろう」
ディグラードが剣を収めると、黒も頷きました。
「そうだな。めでたいことだ」
黒は剣を肩へ担ぎ、蒼月へ笑みを向けました。
「俺も祝福してよいか?」
「いらん」
蒼月が即座に断ると、黒は口元をつり上げました。
「くくっ、そうか」
黒の身体が濃い霧となってほどけ、雪原を吹き抜ける風の中へ消えていきました。
ディグラードも黒い瘴気に包まれ、その場から姿を消しました。
離れた場所からその様子を見ていた賢者と武神は、二人が消えた場所を見つめていました。
魔物を放ち、数え切れないほどの人の命を奪わせている者たちが、新たな命の誕生を祝う。
二人には、その矛盾を理解することができませんでした。
蒼月は、魔物を食い止めている賢者と武神へ目を向けました。
「賢者、武神。ここを任せてもよいか」
二人は蒼月へ向き直り、揃って頭を下げました。
「承知いたしました」
「大地様がお戻りになるまで、ここから先へは進ませません」
蒼月は二人へ頷くと、ラシードの肩へ手を置きました。
白銀の光が二人を包み、その姿は雪原から消えていく。
蒼月とラシードはリリアの部屋を訪れました。
扉が開くと、寝台の上にいたリリアが二人へ顔を向けました。
その傍らでは、柔らかな布に包まれた赤子が、小さな寝息を立てている。
蒼月は寝台へ歩み寄り、リリアと赤子の無事な姿を確かめました。
張りつめていた表情が崩れ、リリアの身体を腕の中へ抱き寄せました。
「リリア、よかったな。無事で本当によかった」
「はい。心配をかけました」
蒼月はリリアから身体を離すと、その傍らで眠る赤子へ目を向けました。
あまりにも小さな身体を前にして、伸ばしかけた手が止まりました。
リリアは蒼月の様子を見て、笑みを浮かべました。
「蒼月も、抱いてみますか」
「大丈夫なのか。あまりにも小さくて、壊れてしまいそうだ」
「ふふ、大丈夫です。優しく抱いてください」
リリアは赤子の頭と身体を支えながら、蒼月の腕へ預けました。
蒼月は教えられたとおりに両腕を構え、力を加えすぎないように赤子を受け取りました。
腕の中へ収まった身体は軽く、触れているだけで確かな温もりが伝わってきました。
小さな胸は規則正しく上下し、閉じられた瞼の下で瞳が動いている。
蒼月は息を止めるようにして、赤子の顔を見つめました。
リリアとラシードの間に生まれた命でした。
蒼月が手に入れられなかった想いと、蒼月自身が眷属に変えてしまった友。
その二人の先に宿った命が、今、蒼月の腕の中で眠っていました。
温もりが胸へ広がるほど、その奥が締めつけられました。
それでも、腕の中の命から視線を外すことはできませんでした。
守りたい、と思いました。
この子を、リリアやラシードとともに。
その思いは、幸福とも痛みともつかないまま、考えるよりも先に蒼月の中へ生まれていました。
「この子に、祝福を授けよう」
蒼月は赤子の額へ口づけました。
触れた場所から淡い白銀の光が広がり、小さな身体を柔らかく包みました。
光は赤子の内側へ溶けるように消えていきました。
赤子は目を覚ますことなく、蒼月の腕の中で穏やかな寝息を立てていました。
リリアは蒼月の後ろに控えていたラシードへ目を向けました。
「蒼月、ラシードにも抱かせてあげて」
蒼月は赤子を支えたまま振り返り、ラシードへ腕を差し出しました。
ラシードは前日よりも落ち着いた手つきで赤子を受け取り、その小さな顔を見つめました。
蒼月はラシードの腕に抱かれた赤子へ目を向けました。
「名は、どうするのだ」
リリアはラシードを見つめました。
「ラシードにお願いしています」
蒼月は赤子とラシードを見比べ、頷きました。
「そうか」
ラシードは腕の中の赤子を見つめたまま、その小さな命にふさわしい名を考えていました。




