第三十八話 蒼月と黒とディグラード
ラシードたちが前線で戦い続ける間にも、時は流れていきました。
長い戦いは終わりを見せず、各地では魔物との攻防が続いています。
その間にも、リリアのお腹の子は育ち続けていました。
そして、とうとうその時が訪れました。
リリアの陣痛が始まったのです。
念のため、女神が呼び戻されていました。
「まぁまぁ、生命の誕生はやはりいいですね」
女神は嬉しそうに微笑んでいましたが、リリアには返事をする余裕がありませんでした。
波のように押し寄せてくる痛みに耐えながら、寝台の上で何度も浅い呼吸を繰り返していました。
蒼月は、遠く離れた戦場にいるラシードの気配を捉えました。
「リリア、待っていろ」
次の瞬間、白銀の光が戦場へ降り注ぎました。
蒼月はラシードとディグラードの間に現れ、激突する二人の刃の間へ白銀月華剣を差し込みました。
「ラシード! 子が生まれるぞ。お前は戻れ」
突然告げられた言葉に、ラシードは目を見開きました。
「ですが、大地様……」
「ここは私が引き受ける」
蒼月の揺るぎない声を受け、ラシードはディグラードへ向けていた冥霞を下ろしました。
その身体が白銀の光に包まれ、戦場から姿を消しました。
蒼月は白銀月華剣を構えたまま、目の前に立つディグラードを見据えました。
ディグラードは蒼月の姿を見つめ、懐かしむように口元を緩めました。
「アルヴァン、久しぶりだな」
そのとき、二人の間へ黒い霧が流れ込みました。
霧の中から姿を現した黒は、待ちかねたように口元を上げました。
「おい、大地。やっと来たか」
黒は腰の剣を抜き、切っ先を蒼月へ向けました。
ディグラードは隣へ現れた黒を横目で見ました。
「邪魔をするな。アルヴァンは私が相手をする」
「お前だけで楽しむな。俺も大地と戦うために来たのだ」
蒼月は二人を見据え、白銀月華剣を握る手へ力を込めました。
かつて剣神と呼ばれたディグラードと、前の大地である黒を同時に相手にすれば、一瞬の迷いが致命傷になります。
先に動いたのはディグラードだった。
黒い魔力をまとった剣が振り下ろされた。
蒼月は白銀月華剣で正面から受け止める。
二人の力が激突し、足元の大地が砕けた。
積もっていた雪が衝撃に吹き上げられ、白い幕となって三人の姿を覆う。
その中から黒が飛び出した。
蒼月の脇腹へ剣を振るう。
蒼月はディグラードの剣を押し返し、身体をひねって黒の一撃をかわした。
そのまま白銀月華剣を横薙ぎに振り抜く。
黒は身を反らして刃を避け、後方へ跳んだ。
蒼月はディグラードと黒を見据える。
「二人がかりとは、随分と楽しそうだな」
黒は剣を構え直し、愉快そうに笑った。
「お前なら、この程度で文句は言わないだろう」
黒が笑った直後、ディグラードが再び間合いへ踏み込んだ。
上段から剣が振り下ろされる。
蒼月が受け止めると、ディグラードは刃を滑らせ、そのまま蒼月の首元を狙った。
蒼月は剣を傾けて切っ先を逸らし、ディグラードの胸へ蹴りを叩き込む。
ディグラードの身体が後方へ飛び、雪原の上を滑っていった。
そこへ黒が斬り込んだ。
蒼月が剣を返して受け止めると、黒は片手で刃を押し込みながら、空いた手を蒼月の胸元へ向ける。
黒い魔力が掌へ集まり、至近距離から放たれた。
蒼月は大地を蹴って後方へ退くが、黒い衝撃が胸をかすめ、身体が雪原へ投げ出される。
蒼月は白銀月華剣を地面へ突き立て、片膝をついたまま勢いを止めた。
顔を上げると、左右からディグラードと黒が迫る。
蒼月が白銀月華剣を大地へ深く突き立てた。
白銀の光が地面を走り、厚い氷が砕けると、巨大な岩壁が二人の間へ突き上がる。
ディグラードは岩壁を剣で斬り裂いた。
黒は立ち止まることなく壁へ踏み込み、黒い魔力をまとった拳で岩を打ち砕く。
砕けた岩と氷が降り注ぐ中、蒼月はディグラードへ斬りかかった。
二人の剣が幾度も激突し、白銀と漆黒の光が雪原の上で交差する。
ディグラードは蒼月の剣筋を知り尽くしていた。
蒼月が踏み込むより早く刃を合わせ、次に狙う場所を読んだように剣を差し込む。
「変わらないな、アルヴァン」
ディグラードの剣が蒼月の肩口へ迫った。
蒼月は身を沈めて刃をかわし、そのままディグラードの腹へ剣の柄を叩き込む。
「お前もだ、ヴァイド」
ディグラードの顔から笑みが消えた。
「その名で呼ぶな!」
黒い魔力が爆発するように膨れ上がり、ディグラードの剣が蒼月へ振り下ろされた。
蒼月が刃を受け止めた瞬間、黒が二人の横から剣を突き出す。
蒼月はディグラードの身体を押し退け、黒の剣をかわした。
黒の切っ先はそのままディグラードの頬をかすめ、血が細く流れる。
ディグラードは黒を睨みつけた。
「私まで斬るつもりか」
「当たったのなら、お前が遅いだけだ」
黒は笑いながら剣を返し、今度はディグラードへ斬りかかった。
ディグラードがその刃を弾くと、蒼月が二人の間へ踏み込み、白銀月華剣を振り抜く。
ディグラードと黒は左右へ飛び、迫る刃を避けた。
蒼月の一閃は背後の雪原を深く斬り裂き、一直線に走った亀裂が遠くの岩山まで届く。
「私を相手にしながら、争うな」
蒼月の全身から白銀の光が噴き上がった。
大地が激しく揺れ、三人を囲むように幾本もの岩柱が立ち上がる。
「二人とも、ここで止める」
黒は剣を肩へ担ぎ、愉しげに笑った。
「そうでなくては面白くない」
ディグラードは頬を流れる血を指で拭い、黒く染まった指先を見つめた。
傷口は瘴気に覆われ、瞬く間に塞がっていく。
「止められるものなら、止めてみろ。アルヴァン」
ディグラードと黒が同時に大地を蹴った。
蒼月も白銀月華剣を構え、正面から二人を迎え撃つ。
三本の剣が激突した瞬間、白銀と漆黒の光が空を貫いた。
凄まじい衝撃が雪原を駆け抜け、周囲の氷と岩が一斉に砕け散る。
離れた場所にいた賢者と武神も、咄嗟に身を低くし、その衝撃に耐えた。




