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銀狼物語 ~森で出会った銀狼と紡ぐ運命の物語~  作者: ななお
第二部 第二章 ネヴァリア王国編

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第三十五話 雪原の攻防

王都の転送機を使い、一行が移った先は「太陽の国」でした。


戦場から遠く離れたその国には、魔物との戦いさえ遠い出来事に思えるほど、穏やかな時間が流れていました。

白い街並みには明るい陽射しが降り注ぎ、乾いた風が、静かな通りをゆっくりと吹き抜けています。


しかし、その平穏は唐突に破られました。


淡い紫の光とともに、突然、女神が姿を現したのです。


「『黒』が出てまいりました。ラシード様、ご対応いただけませんでしょうか」


「……分かった」


ラシードは愛刀である冥霞(めいか)を携え、女神とともに出陣していきました。


ラシードは、自分の中にあったはずのリリアへの思いや、子供のことを聞いても、どこか他人事のように感じていました。


確かに、リリアを大切に思う気持ちはありました。

けれど、それは大地が愛している相手だからであって、自分自身の思いとは違いました。


リリアとの子供のことも、二人で過ごした過去のことも、どれほど聞かされても実感が湧きませんでした。


それでも、心の奥深くで、何かが必死に叫んでいる。

そんな声が聞こえるような気がする自分もいました。


ラシードは、胸の奥から響く声を振り払うように、首を横に振りました。


自分は、大地に仕える眷属なのだ。


ラシードは冥霞を振り抜き、黒へ斬りかかった。


黒の剣が、その一閃を正面から受け止めた。

刃と刃が激しくぶつかり、散った火花が降りしきる雪の中へ鮮やかな線を描く。


互いの刃を押しつけたまま、二人は雪原を横へ駆けた。

冥霞と黒の剣が擦れ合うたびに火花が弾け、踏み込む足が積もった雪を激しく跳ね上げる。


黒が剣をひねり、冥霞を外へ弾いた。

ラシードは流された勢いのまま身体を回し、横薙ぎに冥霞を振り抜く。


黒は身を沈めて切っ先をかわし、すぐさま剣を斬り上げた。

ラシードが冥霞で受け止めると、二人の足元から衝撃が広がり、積もっていた雪が円を描くように吹き飛ぶ。


ラシードは黒の剣を押し返し、斜面を駆け上がりながらさらに斬り込んだ。

黒も並ぶように雪上を走り、迫る冥霞を受け止める。


二人は刃を合わせたまま斜面を横切り、幾度も位置を入れ替えた。

散り続ける火花と蹴り上げられた雪が、その軌跡を追うように後方へ流れる。


黒が大きく踏み込み、ラシードを剣ごと押し返した。

ラシードの身体は雪の上を滑ったが、冥霞を雪面へ突き立てて勢いを止め、再び黒へ向かって駆け出す。


次の瞬間、二人の刃が再び激突した。

その衝撃が雪山へ響き、耐えきれなくなった山肌が大きく崩れる。


積もっていた雪が轟音とともに滑り落ち、白い濁流となって二人へ迫った。


黒が剣を横薙ぎに振るうと、巻き起こった風が渦を巻いた。

雪崩から舞い上がった雪を巻き込み、竜巻のように空高く舞い上げていく。


白く荒れ狂う風の中から、ラシードが飛び出した。

冥霞の切っ先が黒の胸元へ迫る。


けれど、黒は身体を引いただけで刃をかわし、すれ違いざまに剣を振るった。

ラシードはすぐに冥霞を返して受け止め、そのまま再び刃を噛み合わせる。


黒との攻防は、なお続いた。

かつて大地の柱であった黒の方が上であることは、ラシードにも分かっていた。


それでも黒は、ラシードを打ち倒すより、その力を確かめることを楽しむように剣を振るい続けた。

ラシードが斬り込むたびに受け止め、押し返し、ときには自ら間合いへ踏み込みながら、その力を確かめるように刃を交える。


やがて黒は冥霞を大きく弾き、ラシードとの間合いを開けた。

巻き上げられていた雪が、二人の間へ降り注ぐ。


黒は刃を引きながら、どこか満足したように微笑んだ。

そして、白く霞む雪の向こうへ姿を消していく。


残されたラシードは冥霞を握ったまま、黒が消えた先を見つめていた。

崩れた山肌から雪が滑り落ちる音が、戦いの余韻となって辺りに響き続けた。


別の場所では、空の眷属三人と沙良が戦っていた。


武神は吹雪の中を駆け抜け、沙良の胸元へ槍を突き出した。

沙良が片手を振ると、噴き上がった瘴気が穂先を横から弾き、武神の身体を雪原の上へ押し流す。


武神は槍を地面へ突き立てて勢いを止め、足元の雪を蹴り上げると、再び沙良へ向かった。

その頭上では、賢者の周囲に幾重もの魔法陣が広がり、そこから放たれた風の刃が四方から沙良へ襲いかかる。


沙良は両腕を広げ、全身から濃い瘴気を噴き上げた。

風の刃は瘴気を切り裂き、沙良の腕や頬へ傷を刻んだが、傷口は黒い気に覆われ、すぐに塞がっていく。


「何度やっても無駄だ!」


沙良の叫びとともに、周囲へ広がっていた瘴気が一斉に形を変えた。

黒い塊から鋭い爪と牙が生え、幾十もの魔物となって三人へ襲いかかる。


女神が両手を掲げると、淡い紫色の結界が三人を包んだ。

魔物たちが次々と結界へ爪を振り下ろし、そのたびに表面へ激しい光が走る。


「長くは持ちません!」


「十分だ!」


武神は結界の内側から飛び出した。

長い槍が弧を描き、迫っていた魔物の胴体をまとめて薙ぎ払う。


魔物たちは瘴気へ戻り、雪原の上へ崩れ落ちた。

しかし、沙良の足元から新たな黒い塊が膨れ上がり、失われた数を埋めるように魔物の姿を作っていく。


賢者は紫水晶の瞳を細め、沙良の周囲を覆う瘴気へ手を向けた。

激しい風が一点へ集まり、渦となって沙良の身体を包み込むと、瘴気が引き剥がされ、黒い霧となって空へ巻き上げられていく。


「今だ!」


賢者の声を受け、武神が沙良との距離を一気に詰めた。

繰り出された槍が瘴気の薄くなった場所を貫き、沙良の肩口を深く抉る。


沙良の身体が後ろへ傾いた。

武神は槍を引き抜き、続けて胸元を狙う。


沙良は穂先を素手で掴んだ。

掌から黒い血が流れたが、構うことなく槍を引き寄せ、武神の腹へ膝を叩き込む。


武神の身体が宙へ浮き、雪原へ投げ出された。

女神が結界を広げて受け止めると、武神は片膝をつき、苦しげに息を吐く。


女神は武神の背へ手を添え、治癒の力を注いだ。

淡い光が身体を包み、傷ついた内側を癒やしていく。


「まだ動けますか」


「ああ。これくらいで倒れるものか」


沙良の肩口では、抉られた傷がすでに塞がり始めていた。

賢者が吹き飛ばした瘴気も、周囲から吸い寄せられるように沙良の身体へ戻っていく。


沙良は三人を睨みつけ、歯を食いしばった。


「邪魔をするな! 私は人間をすべて滅ぼす!」


沙良は蒼月たちが進んだ方角へ身体を向けた。

その前へ賢者が降り立ち、左右には武神と女神が並んで、三人で沙良の行く手を塞ぐ。


「空様より、お前を食い止めるよう命じられている」


賢者の周囲へ、再び魔法陣が広がった。

武神は槍を構え、女神は二人を守る結界を張り直す。


「倒しきれずとも、ここから先へは行かせない」


沙良の顔が憎しみに歪んだ。

その身体から噴き上がった瘴気が吹雪を黒く染め、三人を呑み込むように広がっていく。


武神が先頭に立って駆け出し、その背後から賢者の魔法が放たれた。

女神も二人を追い、瘴気の中へ結界を押し広げる。


白い雪と黒い瘴気が激しく渦を巻く中、沙良と空の眷属たちの戦いは続いていた。


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