↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀狼物語 ~森で出会った銀狼と紡ぐ運命の物語~  作者: ななお
第二部 第二章 ネヴァリア王国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

146/224

第三十三話 悴の意思

吹き荒れる雪と風の中、ディグラードとシェザールは、崩れた城壁の前に立っていました。


開いた壁の穴からは雪が絶え間なく吹き込み、城の中にまで白い渦を巻き起こしています。

シェザールは白色の髪を風になびかせながら、ディグラードの腕へ寄り添っていました。


やがて、雪に霞む向こうから、黒が頭を掻きながら戻ってきました。

手にした剣を肩へ担ぎ、いかにも退屈そうな顔をしています。


「つまらん。お前の結界が破られた時点で、気づいていただろう」


黒の言葉に、ディグラードは喉の奥で低く笑いました。


「くく。いや、余興に乗っていたのでな。止めなかった」


黒は、崩れた壁の奥へ視線を向けました。

先ほどまでリリアがいた部屋には、今も雪が激しく吹き込んでいます。


「あたりまえだろう。あんな女に興味はない。あいつへの嫌がらせだ」


ディグラードは口元に笑みを浮かべたまま、ラシードが消えていった雪原へ目を向けました。


黒は、担いだ剣の腹を指でなぞりました。


ラシードと打ち合った感触が、まだそこに残っていました。


「しかし、大地はとんでもない眷属を作ったな」


黒は、独り言のように呟きました。

ディグラードは、楽しげに目を細めました。


「お前より強いかもしれんぞ」


「それは、楽しみだな」


ディグラードは、雪の向こうを見つめたまま笑いました。


その声には、隠しきれない高揚が滲んでいました。

シェザールは、その横顔を見上げました。

大地の眷属は、黒とさえ渡り合った。

ならば、大地そのものと相対した時、ディグラードは、無事でいられるのでしょうか。

その問いが、シェザールの胸へ不安を広げました。


ディグラードに回していた腕へ、思わず力がこもりました。


「ディグラード様」


シェザールは、縋るようにその名を呼びました。


「俺は、あなたを失いたくありません」


ディグラードは、シェザールへ視線を落としました。


「臆病になったな」


「臆病になったのではありません」


シェザールの金の瞳が、まっすぐにディグラードを見つめました。


「大切なものが、増えただけです」


しばらくの沈黙のあと、ディグラードは氷で崩れた壁を塞ぎました。


そして、隅で泣いていた悴へ視線を向けました。


「お前の役目は終わった」


「どこにでも行くがよい」


悴は、泣きながら城を出ていきました。

シェザールは、その後ろ姿を見て、少しだけ追いかけました。


「シェザール様、ディグラード様に捨てられてしまいました」


悴の瞳から、涙がこぼれました。


「自由になったのだ。泣く必要はない」


シェザールは、悴の前へ膝をつきました。


「少しだけ、力を分けてあげる。そのままでは、外に出た瞬間に消えてしまう」


淡い紫色の光が、細い指先から悴の中へ流れ込んでいきます。

消えかけていた身体の輪郭が、少しずつ確かなものへと戻っていきました。


「これで、すぐに消えることはない」


シェザールが手を離すと、悴は涙を拭いながら、自分の両手を見つめました。


「私は、これからどうすればよいのでしょうか」


「それを俺に聞くな」


悴は、不安そうに顔を上げました。


「お前はもう、誰かの命令だけに従う必要はない。どこへ行くのか、自分で決めればよい」


「自分で……」


悴は、その言葉を確かめるように繰り返しました。


これまで悴には、命じられたことしかありませんでした。

生み出された理由も、仕える相手も、行うべきことも、すべてディグラードから与えられたものでした。


自分が何を望んでいるのかなど、考えたこともありませんでした。


それでも、胸の中に浮かんだ人は一人だけでした。


「リリア様のところへ行きたいです」


シェザールは、驚くことなく悴を見つめました。


「そうか」


「リリア様は、いつも悲しそうでした。今度は、私がそばにいて差し上げたいです」


「ならば行け」


シェザールは、雪の向こうへ視線を向けました。


「今度はディグラード様に命じられたからではない。お前自身が、あの女のそばにいたいと望んだから行くのだ」


悴は、しばらくシェザールの横顔を見つめていました。


「シェザール様は、自由になりたいと思われないのですか」


風に流されていた白色の髪が、シェザールの頬へかかりました。


シェザールは、ほんの少しだけ目を伏せました。


「俺は、縛られているのではない」


その声には、迷いがありませんでした。


「ディグラード様のそばにいることを、俺自身が選んでいる」


悴は涙を拭い、深く頭を下げました。


「ありがとうございました、シェザール様」


シェザールは答えず、白い雪の中へ続く道を見つめていました。

降り続く雪が、二人のあいだに残された言葉まで覆い隠していきました。


悴は、吹雪の中を歩いていました。


シェザールから分け与えられた力によって、身体が消えることはありませんでした。

それでも、吹きつける雪は視界を白く閉ざし、細い身体から容赦なく熱を奪っていきます。


悴は足を止めず、かすかに残るリリアの気配をたどり続けました。


もう、自分へ命令する主はいません。

どこへ行くのかも、何をするのかも、自分で決めなければなりませんでした。


それでも、迷いはありませんでした。


リリアのそばへ行きたい。


その願いだけを胸に抱き、悴は白い雪の中を進み続けました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。