第三十一話 心に吹雪く風
城の外では吹雪が窓を打ちつけ、古い硝子が低く震えていました。
涙に濡れたリリアの視界を、迫りくる黒の影が覆っていきます。
黒の唇が、リリアの唇に触れそうな、その瞬間でした。
――リリア、いますぐ自分に結界を張れ!!
切迫した蒼月の声が、リリアの心の中へ響きました。
その直後、窓を突き破ってラシードが飛び込んできました。
黒がその姿を捉え、リリアから離れようとした瞬間、ラシードの蹴りが黒の横腹を捉えました。
黒は勢いよく吹き飛び、城の壁を次々と突き破っていきました。
何枚もの壁に大きな穴が開き、その向こうから雪と凍てつく風が激しく吹き込んできます。
リリアは、目の前に現れたラシードの姿を見つめました。
「ラシード!!」
その名を呼ぶ声は、涙に震えていました。
ラシードは、泣いているリリアへ一瞬だけ視線を向けました。
けれど、何も言わず、黒が吹き飛ばされた壁の向こうへ飛び出していきました。
その直後、ラシードが突き破ってきた窓から、蒼月が姿を現しました。
「リリア、大丈夫だったか」
「蒼月……」
崩れた壁から、凍えるような風と雪が激しく吹き込んでいました。
白い雪が部屋の中を舞い、寝台の布や床を瞬く間に覆っていきます。
蒼月はリリアの身体に傷がないことを確かめると、そのまま抱き上げました。
「行くぞ」
リリアは、蒼月の首へしがみつきました。
その視線は、ラシードが消えた壁の向こうへ向けられていました。
「ラシードは……」
「あとから来る」
蒼月はリリアを抱いたまま、外へ飛び出します。
次の瞬間、二人の姿は部屋から消えていました。
残されたディグラードは、崩れた壁の向こうを眺めながら、不敵な笑みを浮かべました。
「ふふ」
シェザールは、ディグラードの首へ腕を回したまま、その横顔を見つめました。
「ディグラード様、楽しそうですね」
「ああ」
ディグラードは、雪の吹き込む壁の穴を見つめたまま続けました。
「大地の新しい眷属が、あそこまでとはな」
その声には、警戒よりも愉悦が滲んでいました。
アルヴァンがついに、封じてきた手を使った。
それだけ、あの娘のために本気になったということでした。
城の外では、黒とラシードが激しく刃を交えていました。
黒の剣と、ラシードの刀「冥霞」がぶつかるたび、鋭い音が雪山へ響き渡ります。
刃から弾けた力が雪を巻き上げ、二人の姿を白い風の中へ隠していきました。
黒は大きく剣を振り下ろしました。
ラシードは冥霞で受け止め、その刃を横へ弾きます。
そのまま踏み込み、黒の胴へ向けて刀を振るいました。
黒は身体を捻ってかわし、すぐに剣を返しました。
ラシードは後ろへ退くことなく、冥霞でその一撃を受け止めます。
二つの刃が強くぶつかり合い、周囲の雪が一斉に吹き飛びました。
黒は、刃を押しつけながら笑いました。
「随分と変わったな」
ラシードはそれには答えず、冥霞を振り抜いて黒の剣を弾き、さらに斬り込みます。
黒も退かず、剣で受け流しました。
二人は雪を蹴り上げながら、何度も激しく刃を交えました。
やがて、ラシードの中へ、蒼月から引くようにとの合図が届きました。
ラシードは黒の剣を強く弾き返しました。
その勢いで大きく距離を取り、冥霞を構えたまま黒を見据えます。
黒は追いかけず、雪の中で剣を下ろしました。
ラシードは身を翻すと、その場から姿を消しました。
蒼月はリリアを宿へ運ぶと、冷え切った身体を温めるように毛布で包み、暖炉のそばへ座らせました。
そうしているうちに、扉が開きました。
雪を肩に残したラシードが、部屋へ入ってきました。
リリアは、安堵したように顔を上げました。
無事だった。
戻ってきてくれた。
その姿を見ただけで、張りつめていたものがほどけ、涙がこぼれました。
「ラシード」
リリアは毛布の中から手を伸ばしました。
ラシードはまず、蒼月の前で片膝をつきました。
「大地様。戻りました」
それから、リリアの前まで進むと、同じように膝をつき、深く頭を下げました。
「リリア様、ご無事で何よりです」
伸ばしかけたリリアの手が、宙で止まりました。
声も、姿も、確かにラシードでした。
けれど、自分を見上げる瞳のどこにも、あの温かな想いはありませんでした。
「えっ」
小さくこぼれた声だけが、暖炉の火のそばに残りました。




