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銀狼物語 ~森で出会った銀狼と紡ぐ運命の物語~  作者: ななお
第二部 第二章 ネヴァリア王国編

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第二十七話 愛を失っても

蒼月たち一行は、深い沈黙に落ちていました。

リリアが消えた場所には、何の痕跡も残されていませんでした。

吹き荒れる雪が足跡さえ覆い隠し、凍てついた風だけが、何事もなかったかのように白い大地を駆け抜けていきます。


空の眷属たちは、蒼月とラシードに何と声をかければよいのか分からないようでした。


吹きつける雪の音だけが、重い沈黙の中を通り過ぎていきました。

ラシードは、リリアへ伸ばしたままだった手を、ゆっくりと下ろしました。

胸の奥には、あの男に何ひとつできなかった自分への怒りが、焼けるように残っていました。


「蒼月、やはり俺はお前の眷属になる」


蒼月が振り向くよりも早く、ラシードは言葉を重ねました。


「いや、もう俺を眷属にしろ」


迷いを残さない、低く張り詰めた声でした。


「このままでは俺はリリアを守れない。守れなければ、気持ちなどと言っていられる場合ではない」


ラシードは強く拳を握りしめました。

爪が掌へ食い込んでも、その痛みさえほとんど感じませんでした。


「そして、俺は明らかに足手まといだ。俺が俺でなくなっても、蒼月がリリアを救いたいと思うなら、俺はそれに従う。それでいい」


眷属となれば、蒼月が唯一無二の存在となる。

今、胸の中を占めているリリアへの想いも、自分のものでは無くなる。

それを、ラシードはすでに知っていました。


それでも、人のまま何もできず、再びリリアを奪われることだけは耐えられませんでした。


蒼月は、何も答えられませんでした。

その蒼い瞳から、涙がこぼれていました。


「リリアの気持ちはどうするのだ」


掠れた声でした。

ラシードを眷属にすれば、リリアが愛したラシードを、自らの手で変えてしまうことになります。

かつて拒んだ理由は、今も何ひとつ変わっていませんでした。


ラシードは、泣いている蒼月をまっすぐに見つめました。


「お前が代わりに愛してくれ」


蒼月の瞳が揺れました。


「それはリリアの意思ではない」


「リリアの意思を尊重したい。だが、もうそう言っていられる状況ではない」


ラシードの声には、苦しみが滲んでいました。

リリアの心を無視したいわけではありません。

リリアの愛した自分を捨てたいわけでもありません。


それでも、守れなければ、すべてを失うのです。


「それと、俺はあの黒いやつを殴りたい」


その言葉だけは、何の理屈も飾りもありませんでした。

目の前でリリアを奪い、見せつけるように口づけた男を、この手で殴りたい。

それは、ラシードの中に残る、あまりにも人らしい怒りでした。


その時、雪の上へ深い闇が広がりました。

白い大地を染めるように黒い影が揺らぎ、その奥から闇の声が響きました。


「大地がしないなら、私がしてもいいぞ」


ラシードは、闇へ視線を向けました。


「それでは意味がない。リリアを大切に思っているやつでないと、リリアを守れない」


闇の眷属になれば、ラシードにとって唯一無二の存在となるのは闇です。

リリアへの想いが無くなった後、闇がリリアを救おうとしなければ、ラシードはその命令に逆らうことができません。


けれど蒼月ならば、違います。

自分がリリアを愛せなくなったとしても、蒼月はリリアを救おうとする。

蒼月の眷属となり、その意思に従う限り、ラシードはリリアを守り続けることができます。


闇は、しばらくラシードを見つめていました。

やがて、納得したように低く呟きました。


「まあ、そうじゃの」


吹き荒れる雪の中で、蒼月は涙を流したまま、ラシードを見つめていました。

ラシードの覚悟も、その先に待つものも、すべて分かっていました。


だからこそ、蒼月は答えることができませんでした。

やがて蒼月は、流れていた涙を拭うこともせず、低い声で告げました。


「少し考えさせてくれ」


ラシードは、すぐに首を横へ振りました。


「リリアをすぐに追いたい」


蒼月は、消えていった黒の気配を探るように、白い大地の先へ視線を向けました。


「もし今、眷属になって追っても、返り討ちに遭うだけだ」


「慎重に行こう」


焦りを押し殺すような声でした。

蒼月自身も、今すぐに駆け出したい気持ちは同じでした。


「リリアは、城の中だ。そして無事だ。魂が繋がっているから分かる」


けれど、その魂が深い絶望に打ちひしがれていることも、蒼月には伝わっていました。

それだけは、ラシードに告げませんでした。


蒼月は目を閉じ、遠く離れたリリアの魂へ意識を向けました。

細く繋がった魂を辿り、心の声を送りました。


――リリア。聞こえるか。


深く沈んでいたリリアの魂が、かすかに揺れました。


――私は、ここにいる。


――おまえがどこにいるのかも分かっている。必ず迎えに行く。


繋がった魂の向こうから伝わる絶望は、消えませんでした。

けれど、蒼月の声が届いたことだけは分かりました。


――ラシードも無事だ。


――だから、私たちが行くまで待っていてくれ。


蒼月は、もう一度だけ、強く言葉を送りました。


――必ず迎えに行く。


しばらくして、リリアの魂が、震えました。

それが返事なのかどうかは分かりませんでした。


それでも蒼月は、繋がった魂から意識を離しませんでした。

その細い糸だけが、今もリリアへ届く唯一の道でした。


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