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銀狼物語 ~森で出会った銀狼と紡ぐ運命の物語~  作者: ななお
第二部 第一章 柱

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第二十三話 沙良との再戦

荒野には、風が低くうなっていました。

乾いた大地の中央では、沙良を閉じ込めた結界が鈍い光を放ち、その内側から押し寄せる力に何度も歪んでいます。


蒼月、リリア、ラシード、六人の眷属、そしてソフィアの写しは、その結界の前に立っていました。


結界の向こうでは、沙良がなおも瘴気を吐き続け、内側から激しく魔力を叩きつけています。

黒い霧は渦を巻きながら膨れ上がり、沙良の姿さえ見通せないほど結界の中を埋め尽くしていました。

瘴気の中では、すでに生まれた魔物たちがうごめき、その周囲で新たな瘴気が次々と固まり、別の魔物へと姿を変えていました。


ラシードが目を見開きました。


「何もないところから……」


蒼月は、瘴気から生まれ続ける魔物を見据えます。


「瘴気が固まり、形を取って魔物となっているようだ」


リリアとラシードの周囲では、女神が張った強固な結界が二人を守っていました。


「リリア。まず、この中を浄化してくれ」


「わかりました」


リリアは杖を地面に立て、祈りを紡いだ。


翡翠色の陣が足元から広がり、封じの結界の内側を通り抜けていく。


黒い霧は端から溶けるように晴れ、その中にいた魔物たちも浄化されていった。


その中から現れたのは、黒髪に赤い瞳の沙良だった。


光の眷属たちが、悲しみに顔を歪めた。


「こうなってしまっては、もう理性を取り戻すことはできぬだろう」


蒼月の声は、静かだった。


沙良はなおも瘴気を吐き、結界へ魔力を叩きつけ続けている。


「にくい……にくい……」


「人間など、すべて滅してやる」


「おまえたちも、我をあざけりに来たのか」


「ここから、出せ」


リリアは、杖を握りしめた。


「なぜ、そんなに憎いのですか」


赤い瞳が、リリアを捉える。


「我を閉じ込め、なぐさみものにし、眷属としての尊厳まで奪い」


「我の、唯一の光まで奪った」


「この恨み、晴らさでおくものか」


「出せええええええ!!」


大地の底から這い上がるような咆哮が、地を震わせた。


ラシードが、リリアを庇うように前へ出る。


「リリア。ためらってはいけない。浄化を」


リリアは頷き、二度目の祈り。


三度目。


四度目。


五度目。


祈りを重ねるたび、瘴気は薄れ、沙良の叫びは短くなっていった。


リリアの額には、汗が滲んでいた。


そして、沙良の動きが目に見えて鈍り、瘴気を吐く勢いが弱まった。


「今だ」


蒼月の号令とともに、五人の眷属とソフィアの写しが、一斉に結界へ躍り込んだ。


刃が、槍が、拳が、四方から沙良へ殺到する。


けれど、千年の憎しみは、それほど浅いものではなかった。


沙良の魔力が嵐のように荒れ狂い、眷属たちは一人残らず弾き返された。


打ちかかっては、弾かれる。


浄化で瘴気を削り、隙を突いては、また弾かれる。


死闘は、昼も夜もなく続いた。


一日。


二日。


そして三日目。


揺らいだ沙良の防ぎの、その一瞬を、武神は見逃さなかった。


武神の槍が、沙良の脇腹を貫いた。


その隙を見た光輝が叫ぶ。


「今です!」


残る眷属たちが一斉に踏み込み、沙良へ刃を突き立てた。


しかし、剣と槍が届く直前、沙良の姿が消えた。

すべての刃は何もない一点へ重なり、激しくぶつかり合う。


少し離れた場所に、ディグラードとシェザールが立っていた。

沙良はディグラードの背後で、黒い結界に包まれている。


ディグラードが沙良を振り返った。


「危なかったな」


「ディグラード!」


蒼月の声が結界の中へ響いた。


ディグラードは蒼月へ顔を向け、口元を上げた。


「惜しかったな。だが、魔王は消させない」


ディグラードが沙良の額へ手を当てると、憎しみに染まっていた表情に理性が戻っていく。

それは、蒼月が千年前に対峙した、知性を備え、用心深く周囲を見定めていた沙良の顔だった。


沙良は周囲を見回すと、咆哮のような笑い声を上げた。


「はははははっ!」


沙良は自分を守った男へ目を向けた。


「名は知らぬが、礼を言うぞ」


「ディグラードだ。こっちはシェザール」


ディグラードが答えると、シェザールも沙良へ視線を向けた。


「……我は沙良だ!」


沙良は蒼月たちを見渡し、強い口調で続けた。


「人間どもに勝手につけられた『魔王』などという名で呼ぶな」


蒼月と六人の眷属は驚愕しました。

先ほどまで憎しみに呑まれ、獣のように暴れていた沙良が、自我を取り戻していました。


沙良は蒼月と六人の眷属を順に見ました。


「ほう、千年前にいた大地の柱ではないか。最後に私の呪いを受けたはずだが、やはり柱には効かなかったのか?」


蒼月は沙良を見据えたまま答えました。


「効かなかったわけではない。お前はその直後に封印されたから、その後を知らぬだけだ」


沙良は光輝を見ると、少し懐かしそうな表情を浮かべました。


「光様……お元気にしておられますか」


光輝は沙良をまっすぐに見ました。


「光様はお元気です。あなたのことを、とても心配しておられました」


光輝は沙良の姿を見つめたまま、言葉を続けました。


「こんなことはやめて、穏やかに暮らしてはどうですか」


「それはできぬ!」


沙良の表情が険しくなった。


「どれほど時が経とうと、私が人を憎むことはやめられない。堕ちた時の感情が強く残っているのだ。それを抑えることはできぬ」


このまま憎しみのままに力を振るい続け、世界が瘴気に呑まれれば、いずれ理によって世界ごと消されることを、沙良は分かっていました。


――それなら、それでいい。


この世界が終われば、憎い人間もすべて死ぬ。

沙良は、それで構わないと考えていました。


ディグラードは沙良へ目を向けました。


「いったん引こう。沙良、私と一緒に来ないか」


沙良はディグラードを見つめ、記憶を探るように目を細めました。


「お前は、よく見れば千年前にいた大地の眷属ではないか。お前も堕ちたのか」


やがて、沙良は楽しげに笑いました。


「面白そうだ。よかろう」


ディグラードの周囲から黒い霧が噴き上がり、シェザールと沙良の姿を包み込みました。

霧が消えた時、三人の姿はどこにもありませんでした。


蒼月と六人の眷属は、三人が消えていくのを見ていることしかできませんでした。


空の女神が、傷ついた眷属たちの前へ進み出ました。


「皆さんの傷を癒します」


女神が両手を掲げると、淡い光が広がり、傷ついた者たちの身体を包んでいきました。


武神は蒼月へ視線を向けました。


「大地様。私たちの力が及ばず、申し訳ありません。沙良に自我まで取り戻され、以前よりも厄介な状況になってしまいました」


蒼月は、荒れ果てた戦場を見渡してから告げました。


「悔しいが、いったん我々も戻ろう」


六人の眷属は、蒼月の言葉に頷きました。


「はい」


全員が苦い思いを抱えたまま、その場を後にしました。


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