第二十一話 残された座標
翌日、蒼月たちは、王宮の地下へ降りていました。
陽の光が届かない石造りの部屋には、冷えた空気が沈んでいました。
その中央では、転送機にはめ込まれた魔石だけが、残された魔力に呼応するように淡い光を宿しています。
蒼月は転送機の前に立ち、魔石へ手を当てました。
目を閉じ、内部に残された魔力の流れを辿っていきます。
誰かが通った痕跡を拾うたび、魔石の奥で光が脈打ちました。
「使われた形跡があるな。座標は、ハルディア王都とサライナ。それ以外にも転送された先はあるが、どこなのかまでは分からない」
蒼月は魔石から手を離しました。
「一つずつ辿っていこう」
最初に向かったのは、ハルディア王都でした。
転送を終えると、ラシードが先頭に立ち、駆けつけてきた内政官へ声をかけました。
「ラシード様」
内政官は、安堵したように深く頭を下げました。
「ご無事で何よりでございます。こちらへ避難された方々がおられます」
「誰だ」
「アレクシス王陛下とヴィクトリア王妃陛下、レオン王太子殿下、セドリック殿下、エリオット殿下でございます」
内政官に案内され、一行は王宮の一室へ向かいました。
扉が開くと、そこにはアレクシス王とヴィクトリア王妃、三人の王子の姿がありました。
「アレクシス王、ヴィクトリア王妃。皆様、ご無事で何よりです」
「ラシード公。リリアも無事で、本当によかった」
アレクシス王の声には、深い安堵が滲んでいました。
ヴィクトリア王妃と三人の王子も、リリアたちの無事を喜びました。
やがて、アレクシス王の表情が重く沈みました。
「おぬしたちが王都を発ったあと、ほどなくして黒い結晶が王都中へ撒かれたのだ」
「その時、ちょうど会議を開いていた。異変に気づいた星術師たちに促され、我ら家族は地下の転送機へ向かった。そこには逃げようとする者たちが殺到していたが、アステルが我らを真っ先に転送機まで案内してくれた」
アレクシス王は、レオンへ視線を向けました。
「我らは、レオンの操作でここへ避難することができた」
ヴィクトリア王妃が、胸元で両手を重ねました。
「私たちが転送されたあとも、王宮に残っていた者たちの避難は続けられたと思います」
「だが、人々が次々と魔物へ変わり、王宮も街も、すべてが混乱に呑まれていた。そのあとに転送された者たちが、どこへ向かったのかは分からぬ」
レオンが、蒼月へ顔を向けました。
「王都は、どうなりましたか」
ヴィクトリア王妃が、縋るように続けました。
「あのあと、蒼月様たちが到着されたのでしょう」
蒼月は苦しげに顔を歪め、視線を横へ逸らしました。
「すまぬ」
一度、言葉を切りました。
「すまぬ……」
その言葉だけで、全員が王都で何が起きたのかを理解しました。
蒼月が、アレクシス王へ視線を戻しました。
アレクシス王は、深い悲しみを堪えるように頷きました。
「分かった」
ラシードが、口を開きました。
「しばらくは、王家の皆様はこちらに残られたほうがよいでしょう」
ラシードの言葉に、アレクシス王は頷きました。
「うむ。サフィーラ女王陛下も、いつまでも滞在して構わないと仰ってくださっている」
アレクシス王は、ラシードを見ました。
「ありがとう、ラシード公」
その後、サフィーラ女王をはじめとする重臣たち、アレクシス王家、リリア、ラシード、蒼月、そして六人の眷属が会議室へ集まりました。
ラシードは、自分たちが王都へ到着してから起きたことを、すべて話しました。
「私たちが王都に到着した時には、すでに王都全体が瘴気に覆われていました。瘴気によって多くの民が命を落とし、次々と魔物へ変わっていました」
ラシードは、低い声で続けました。
「その後、リリアが浄化を行い、魔物は消え去りました。魔物と化す前に亡くなった方々の身は、皆の手を借りて清め、埋葬しました」
話を聞く者たちの顔に、深い苦悩が浮かびました。
ヴィクトリア王妃は両手で顔を覆い、その場に泣き崩れました。
ラシードは、それ以上言葉を続けることができませんでした。
空の眷属の賢者が、重い声で続けました。
「魔物となった者たちは、リリア様の浄化によって消えていますが、遺体が見つからなかった者については、魔物となったあとに浄化されたのか、転送機を使って避難したのか、今の段階では分かりません」
蒼月が、口を開きました。
「私が確認した限りでは、ハインリヒをはじめ、主だった重臣たちの遺体はなかった」
蒼月は、リリアへ視線を向けました。
「そして、リリアの母の遺体もなかった」
リリアが、息をのみました。
「生きている可能性はある」
その言葉に、リリアも泣き崩れました。
生きている可能性はありました。
けれど、自分の浄化によって皆を消してしまったのかもしれないという重みに、リリアの心は追いつきませんでした。
ラシードは、泣き崩れるリリアを抱き上げると、そのまま会議室を出ていきました。
腕の中の身体は、驚くほど冷たく、小さく震えていました。
ラシードは何も言わず、その身体を強く抱き直しました。
廊下を抜け、リリアを抱いたまま部屋へ戻ります。
扉を閉めると、ラシードは寝台へ腰を下ろし、リリアを腕の中から離さずに抱きしめ続けました。
リリアは泣き崩れながら、ラシードの名を繰り返し呼んでいました。
「ラシード……」
「大丈夫だ、リリア」
「大丈夫だ」
ラシードは、リリアを安心させるように繰り返しました。
それは同時に、揺らぎそうになる自分自身へ言い聞かせる言葉でもありました。




