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銀狼物語 ~森で出会った銀狼と紡ぐ運命の物語~  作者: ななお
第二部 第一章 柱

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第九話 空の眷属

挿絵(By みてみん)


魔王の封印が解けたことは、すでに王宮内の限られた者たちへ伝えられていました。

けれど、そこで話されたのは、あくまで事実の確認でした。

何が起きたのか。

どれほど危険なのか。

どこまで人の手で対処できるのか。


王宮の会議室には、再び限られた者たちが集められていました。

アレクシス王、レオン王子、セドリック王子。

ハインリヒ、ローガン、ヴィクトル、アステル。

騎士団の隊長であるガレスとエレナ、ラシード、リリアも席についています。


蒼月は、会議室に集まった者たちを見渡しました。


「魔王について、話がある」


その声に、会議室の空気が張りつめました。


「先に言っておく。あの魔王は、倒す」


その一言に、誰もが息を呑みました。


蒼月が手をかざすと、目の前に光景が映し出されました。

そこには、結界の中で瘴気と魔力を吐き出している魔王の姿がありました。


アレクシス王が、低く問い返します。


「封印ではなく、か」


蒼月は頷きました。


「封印では、また同じことが繰り返される。千年後か、百年後か、十年後かは分からない。だが、残せば必ず、誰かが同じものを背負う」


誰も、すぐには言葉を返せませんでした。


蒼月は、続けました。


「戦いは、私と、この三人の眷属で行う。他は来ないでくれ」


ラシードが、眉を寄せました。


「だが……」


蒼月は、まっすぐラシードを見ました。


「正直に言う。この瘴気の中で動けない者は、足手まといだ」


会議室の空気が、さらに重く沈みました。


「誰かを庇っていては、勝てない。守るものが増えれば、その分だけ隙が生まれる。あれは、そういう相手だ」


ラシードは、拳を握りました。

悔しさを押し殺すように、しばらく黙っています。


けれど、やがて小さく息を吐きました。


「……分かった」


その一言は、納得ではありませんでした。

それでも、蒼月の言葉が正しいと分かっている者の声でした。


蒼月は、扉の方へ視線を向けました。


「入ってこい」


その声に応じて、扉が開きました。


姿を現したのは、三人でした。

いずれも、人間離れした美しさをまとっています。

その佇まいだけで、会議室の空気が一段と張りつめました。


先頭に立っていたのは、白髪を一つに結んだ、鋭い目つきの男でした。

紫水晶を思わせる瞳が、一同を見渡します。


「空様のもとで、お仕えしております。賢者と呼ばれている。攻撃魔法を扱う」


短い名乗りでした。

それだけで、只者ではない気配が伝わってきます。


その隣には、栗色の短髪の男が立っていました。

片手に、丈の長い槍を携えています。

茶色の瞳が、興味深そうに会議室を見回していました。


「同じく、武神だ。よろしくな」


気さくな口調で、にっと笑います。


「前衛での戦闘なら、任せてくれ」


最後に進み出たのは、淡い紫の髪をたなびかせた女性でした。

紫の瞳は、どこまでもやわらかく、優しげな光を湛えています。


「同じく、女神と申します」


そう言って、一礼しました。


「治癒と結界を得意としております。どうぞ、よろしくお願いいたします」


三人が並ぶと、それぞれ異なる気配でありながら、確かに同じ主を持つ者たちだと分かる、不思議な統一感がありました。


蒼月は、三人を順に見てから、会議室の面々へ向き直りました。


「空の眷属だ。今回、力を貸してもらう」


三人の眷属は、蒼月のそばに立つリリアへ、そろって視線を向けました。

その瞳には、珍しい宝石を見つけたような、抑えきれない興味が宿っていました。


「この方が、大地様が愛しておられる方ですか」


最初に口を開いたのは、淡い紫の髪を揺らした女神でした。

紫の瞳が、やわらかくリリアを見つめます。


リリアは少し驚きながらも、丁寧に頭を下げました。


「リリア・フォン・ヴァイスベルクです。よろしくお願いいたします」


「まあ。リリア様」


女神は、うっとりとした声で名を呼びました。


「とても可憐で、美しい方ですね」


賢者も、紫水晶の瞳を細めてリリアを見ていました。

武神は腕を組んだまま、どこか楽しそうに口元を緩めています。


三人とも、リリアに興味津々でした。


「リリア様も、眷属になられるの?」


女神が、何気ない調子でそう言いました。


リリアは、きょとんとしました。


「眷属……?」


その瞬間、会議室の空気が止まりました。


女神は、ぱちりと瞬きをしました。


「あら。言ってはいけなかったかしら」


賢者が、横から息を吐きました。


「口が軽い」


「気にしないでくださいませ、リリア様」


女神は、にこりと笑って、何事もなかったように話を変えました。


「あなたは、浄化と治癒が得意と聞いています。陣は正しく描けますか?」


「正しい陣、ですか」


「ええ。手のひらに出してみてくださる?」


リリアは、自分の手のひらを見下ろしました。

それから、いつも浄化を行う時の感覚を思い出しながら、力を集めます。


淡い光が、手のひらの上に浮かびました。

小さな魔法陣が、翡翠色の光を帯びて回ります。


女神は、それを覗き込むようにして見ました。


「あら。これは力が滞っているわね」


「……?」


「ええ。でも、とても綺麗。基本は崩れていませんわ」


女神は、リリアの手のひらの上に浮かぶ光へ、細い指先を近づけました。


「ここを、こうして。こちらの流れを少し逃がして、結び目をこちらへ移します」


女神の指が、リリアの陣の上をなぞりました。

すると、翡翠色の光の線が、まるで糸をほどかれるように動き、さらに美しい形へと組み直されていきます。


「これで、力の巡りが倍になります」


リリアは、息を呑みました。

手のひらの上にある陣は、さっきまでと同じようで、まるで違っていました。

光が滞らず、中心から外へ、外からまた中心へ、なめらかに流れています。


「すごい……」


思わず漏れた声に、女神は嬉しそうに微笑みました。


「ふふ。素直で可愛らしい方」


そのまま女神は、懐かしむように目を細めました。


「ソフィア様は、それはもう、人とは思えないほど……」


「人とは思えない、というより、あいつは投げていたではないか」


横から、賢者が淡々と口を挟みました。


女神が、少し頬を膨らませます。


「賢者。今、私が美しく語っていましたのに」


「事実だ。浄化も結界も、すべて投げていた。陣を展開し、丸め、相手に叩きつける。あれは術というより投擲だ」


会議室に、奇妙な沈黙が落ちました。


リリアは、手のひらの陣を見つめたまま、瞬きをしました。


「……投げる、のですか」


武神が、そこで初めて声を立てて笑いました。


「投げていたな。見事なものだった」


女神は、困ったように眉を下げながらも、どこか誇らしげでした。


「ええ。けれど、とても美しかったのですよ。ソフィア様の光は、まっすぐで、強くて、誰にも止められませんでした」


蒼月は、黙ってその名を聞いていました。


ソフィア。


その名が落ちた瞬間だけ、蒼月の瞳に、遠い月明かりのような静けさが揺れました。


女神は、リリアの手のひらに浮かぶ陣を見つめたまま、楽しそうに笑いました。


「それにしても、地上は久しぶりですわ。空様は、あまり私たちを地上へ下ろしてくださいませんから」


武神が、槍の柄に軽く手を添えたまま頷きました。


「今回は、誰が行くかで争奪戦だったな」


「ええ。大地様のお手伝いで、しかもリリア様にお会いできるとなれば、皆、行きたがりますもの」


リリアは、思わず目を瞬かせました。


「争奪戦、ですか……?」


賢者が、瞳を細めました。


「地上に出られる機会は少ない。今回のような役目は、退屈を嫌う者たちには魅力的だった」


蒼月は、少し呆れたように息を吐きました。


「空のは、眷属が多いからな」


三人の眷属は、その言い方にも慣れているようでした。

むしろ、どこか楽しそうに微笑んでいます。


女神は、リリアへ向き直りました。


「ですから、リリア様。私たちは、とても楽しみにして来たのですよ」


魔王との戦いから眷属や神々の話へと広がる、人の常識からあまりにもかけ離れた内容に、会議室の者たちは口を挟む機会を失っていました。


その中で、アレクシス王は最後に蒼月へ向き直りました。


「よろしくお願いいたします」


そうして、会議は閉じられました。

空の眷属たちが地上へ降りたことで、次の戦いは、もう人の領域だけでは済まなくなっていました。


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