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銀狼物語 ~森で出会った銀狼と紡ぐ運命の物語~  作者: ななお
第二部 第一章 柱

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第四話 リリアの目覚め

挿絵(By みてみん)


窓から差し込む柔らかな朝の光の中で、リリアは目を覚ましました。

瞼の裏に、淡い光が滲んでいます。

遠くから届くその光は、白い薄布を通したようにやわらかく、部屋の静けさの中でゆっくりと揺れていました。


最初に感じたのは、胸の奥まで届く呼吸でした。


息が、苦しくありませんでした。


吸い込んだ空気が、喉を通り、胸の奥へ落ちていきます。

それはあまりにも当たり前のことのはずなのに、リリアには、長い夜の果てに初めて触れた朝のように感じられました。


体の奥に沈んでいた鉛のような重さも、嘘のように薄れていました。


リリアは、何度か瞬きをしました。


私は……。


まだ夢の続きを見ているのかもしれない。

そう思うほど、世界は静かで、穏やかでした。


すぐそばに、ラシードがいます。

リリアを抱きかかえるようにして、横で眠っていました。


頬の近くにある彼の呼吸は、少しだけ乱れています。

眠っているはずなのに、その腕には、離すまいとする力が残っていました。


起こしてはいけないと思い、リリアは少しだけ身じろぎした。


けれど、その気配で、ラシードの瞼が震えました。


「……リリア」


掠れた声でした。

ラシードは、信じられないものを見るようにリリアを見つめました。

そして、もう一度、その名を呼びます。


「リリア……良かった……」


リリアは、まだ夢の中にいるような心地で、ラシードを見上げました。


「私……どうなったのでしょう」


ラシードは、震える腕でリリアを抱き寄せました。

壊れものに触れるような、痛いほど静かで、慈しみに満ちた抱擁でした。


「その話は、あとだ」


耳元で落ちた声は、低く、深く震えていました。


「今は……こうしていさせてくれ」


リリアは、その腕の中で目を閉じました。

ラシードの手は、何度もリリアの背を確かめるように撫でます。

そこにある温もりを、呼吸を、鼓動を、一つずつ確かめるようでした。

リリアは、生き返りました。

けれど、痩せ細った体は、まだひどく弱っていました。

ラシードもそれを分かっているのか、強く抱きしめたい衝動を押し殺すように、ただ大切に、大切に腕の中へ閉じ込めていました。


そのときでした。

きゅう、と小さな音がしました。

リリアのお腹が鳴ったのです。

リリアは、はっとして顔を赤くしました。


ラシードは一瞬だけ目を見開きました。

それから、泣きそうな顔のまま、小さく笑います。


「……そうか」


その声は、先ほどよりも少しだけ柔らかくなっていました。


「良かった」


リリアは恥ずかしそうに視線を落としました。

ラシードは、リリアを腕に抱いたまま、扉のほうへ声を向けます。


「朝食を持ってこさせよう。消化にいいものを、少しずつだ」


リリアは、小さく頷きました。

その日から、リリアの回復の日々が始まりました。


起き上がること。

水を飲むこと。

匙を持つこと。

部屋の中を数歩歩くこと。


失われていた日常を、リリアは一つずつ取り戻していくことになりました。


リリアが目を覚ましたその朝、王宮の一室では、黒い結晶についての打ち合わせが行われていました。


リリアの命は戻りましたが、世界にはまだ問題が残されていました。


黒い結晶は、今もどこかに残っているはずですが、巧妙に隠されているのか、捜索は空振りが続いていました。

魔物の気配も、いつの間にか消えて、一見、平穏が戻ったようにも見えました。


けれど、誰もが、問題はまだ残っていると感じていました。


そして何より、魔王をどう再び封じるのかという課題が、まだ残されていました。


リリアが命を取り戻した今だからこそ、今度はその命を守り続けるために、動かなければならなかったのです。


蒼月は、打ち合わせを終えて中庭で空を眺めていました。


そのとき、中庭へセシリアが駆け込んできました。


「蒼月様……!」


息を弾ませたまま、セシリアは蒼月を見ました。


「リリア様が……目を覚まされました」


知っていました。

リリアの魂が、揺れたことを。

細く消えかけていた灯が、もう一度、確かな光を宿したことを。

魂は、まだ繋がっていました。

だから蒼月には、誰よりも先に分かっていたのです。


本当なら、すぐにでも駆け出したかった。

リリアのそばへ行き、その瞳を見て、声を聞いて、確かめたかった。


けれど、蒼月は我慢しました。

今、あの部屋にはラシードがいる。

長い夜の果てに、ようやく取り戻した時間がある。

そこへ、自分が真っ先に踏み込むべきではない。

そう思ったからでした。


蒼月は、胸の奥に込み上げたものを、長く息を吐いてのみ込みました。

すぐにでも駆け出したい思いを抑え、セシリアへ頷きます。


「……そうか」


リリアの笑顔が脳裏に浮かび、蒼月の胸の奥が熱くなりました。


「良かった」


中庭を渡る風が、蒼月の白銀の髪を揺らしました。

蒼月は、リリアのいる部屋へ顔を向けます。


長い夜の果てに、失われたはずの朝が、ようやく戻ってきたのでした。


しばらくして、蒼月はリリアとラシードのもとを訪れました。


「……リリア、おはよう。おかえり」


「蒼月、おはよう。ただいま」


蒼月は、寝台の傍らへ腰を下ろしました。

蒼月はリリアの手を両手で包みます。

重ねた手の上に、蒼月の涙が落ちました。


「蒼月……」


「リリア、本当によかった」


そうしてしばらく蒼月はリリアの手を包んでいました。


「リリア、横になって。体力の助けになる言霊を唱えよう」


戻ったばかりの魂が体に馴染んだのを確認すると、蒼月は片方の手でリリアの手を包んだまま、もう片方をリリアの胸に当て、言霊を唱えました。


「大地の理よ。細き命脈をたどり、失われた温もりを巡らせよ。この身に今ひとときの力を返せ」


蒼月の手から淡い光が広がり、リリアの胸へ吸い込まれていきました。

光が全身を巡るにつれ、失われていた体力が少しずつ戻っていきます。


「あとは、よく食べて、よく寝れば大丈夫」


蒼月は、その後もリリアの手を握り続けました。


戻ってきた命の温もりを、その手で確かめているようでした。


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