レナという人間
「レナ、レナ、大丈夫かい?」
「私倒れたの?」
「あぁ、大丈夫かい?」
「大丈夫よ!ずっとそばに居てくれたの?」
「あぁ、心配だったからね。」
「ありがとう。私なら本当に大丈夫よ!ところでここはどこ?」
「カンとネロの家さ。レナが倒れた事が伝わって、ぜひ家に来て欲しいと声を掛けてくれたんだ。」
「そう、ありがたいな。二人はどこへ?」
「庭でくつろいでいるよ。」
レナは窓の外を見ると、芝生一面の綺麗な庭が広がっていた。そこには太い木が一本あり、手作りのブランコがぶら下がっていた。
「わぁ、あのブランコ乗りたい!」
「あはは、2,3日お世話になっていくかい?」
「迷惑にならないかしら?」
「さっき二人と話をしていたんだけど、しばらく泊まっていって欲しいって言われたよ。お礼がしたいそうだ。」
「えっ、そんなのいいのに・・・。でもブランコ乗りたいし、迷惑でないのなら2,3日お世話になっちゃおうか!じゃぁ、ちょっとブランコ乗って来る。」
「あぁ、俺は部屋からレナを眺めているよ。」
「何それ!?」
レナは笑いながら庭へ走って行った。カンとネロの所まで行くと、お礼を伝えお辞儀をした。笑顔で二人と話した後、ブランコを揺らしながら満面の笑みを浮かべていた。ラピはその一連の様子を、優しい笑みを浮かべながら眺めていた。
◇◇◇◇◇
私が蟲の神だった頃、毎日暇で暇でたまらなかった。神といってもただただ見守るだけだ。何があろうと干渉してはならないからだ。私達神からすると、虫も植物も人間も、何もかも皆同じだ。人間が特別という事は決してない。ただ、神達の中であまり好かれていなかった者達が人間だ。人間は愚かで醜い。この世界で一番の弱者だというのに、自分たちが一番だと考えている生き物だ。欲におぼれ、人間同士が争い、自分達自ら住みにくい世界にしていった。それを何百年と繰り返しているのだから、なんと愚かな生き物なのだろう。
その日も暇だった。気が向いたのでなんとなく人間の世界を覗いてみた。すると灰色のオーラを持つ人間を見つけたのだ。それは異常なことだった。生き物にはそれぞれ決まったオーラの色がある。虫は青。植物は緑。動物は茶色。人間は白。私は人間の神にどういう事なのかときいてみたが、気付いていたが原因は不明だと言われた。その灰色のオーラをもった者こそがレナだったのだ。私はレナの人生を覗き見た。するとなんてことだろう、同じ運命を何度も何度も繰り返していた。そんな事普通はありえない。その人生を終えた者は新しく生まれ変わり、違う運命をたどるものだ。どうやらレナの魂は悲鳴をあげているようだ。
今回のレナの人生も悲しいものだった。レナの家は母子家庭だ。母親は父親がつくった借金を返す為、自分の母親の面倒をみる為、子供達と生きていく為に朝から晩まで働いていた。傍から見たら真面目に働いて、女一人で頑張っているいい母親だが、レナにとってはそうでもなかった。レナの母親は平気で傷つく事を口にする人間だった。レナは幼い頃から母親の言葉に何度も傷付けられていた。例えば、高熱を出し、数日風呂に入れなかった際、「あんた何日も風呂に入ってなくて汚いのよ。」そういう事を平気で言う親だった。レナには姉と兄がいたようだが、歳が離れていた為と、家庭環境のせいか、凄く仲が良いわけでもなかった。レナは幼い頃は人懐っこく活発な子供だった。まだ十歳にも満たないのに、遅くまで働いている親の為に、一人で買い物に行き晩御飯を作ったり、母親が常に仕事を休めない状況だった為、甘えることも、我儘を言う事もなかった。学校で何か行事があっても親が見に来ない事や、五歳頃から一人で病院に行く事もレナにとっては当たり前の事だった。困った事が起きても自力でなんとかするのがレナにとっての普通だった。とても健気な子供だった。そんな環境の中で育ったせいで寂しかったのか、知らない大人にも声をかけ、すぐに懐いていった。そこで一度目の悲劇がおこった。レナは大人の男にからだを・・・。あぁ、言葉にしたくない・・・。
レナは十代になった。相変わらず明るく活発な子供だったが、だんだん友人達に何かを感じたのか、急に人見知りが激しくなった。その頃から自殺願望もわき始めた。何に対しても投げやりになり、何かを任されることが凄く重荷に感じ始め、何もしなくなっていった。一気に自分の世界にこもる様になっていった。人の愛情に飢えて育ったせいか、好きな人への依存度だけがかなり大きくなっていた。
レナは高校を半年程で中退し、早くから働き始めていた。仕事は楽しく、良い人達に巡り会えたおかげで幼かった頃のレナに戻りつつあった。そこで忘れらなれない彼と出逢った。その彼はレナより六歳年上で結婚していた。それでも二人は付き合い始めた。彼はできる限りレナのそばにいてくれた。悪いところは真剣に伝えレナを叱ってくれた。レナが仕事でミスをし落ちんだ時には、心配して家の前で待ってくれていたこともあった。二人の時間はとても綺麗で儚いものだった。けれど別れは突然やってきた。いや、必然なのだろう。男は必ず戻って来るからと言葉を残し、消えてしまった。レナはその言葉を支えにずっと待っていた。けれど戻って来る事はなかった。それを確信した瞬間、深く傷つき、後悔し、彼への想いを無理やり胸の奥にしまい込んだ。
レナはまた恋をした。同じ職場の上司だった。また不倫だ。その関係は四年ほど続いた。その間も色んな事が起きていた。そんな恋を続けたせいで、また自分の世界にこもるようになっていった。その頃職場での人間関係もあり、人間不信にもなっていった。レナは、このままでは自分が駄目になると感じ職場を変えた。彼にも別れを告げた。
レナが次に恋をしたのは同級生の男だった。中退した高校の同級生だ。彼との関係はあやふやだったが、彼の子供を妊娠した。レナはそれが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。けれど彼からは拒絶され、子供はお腹の中ですでに亡くなっていた。レナは悲しくて悲しくてどうすることもできなかった。どうにかなりそうだった。そこでレナは間違った心の守り方をしてしまった。自分は子供なんて大嫌いで、必要ないものだと暗示をかけてしまった。レナの子供嫌いの原点はそこにあった。その後も彼との関係はあやふやなまま続いていた。レナは彼を諦めることができず、離れる事はしなかった。彼の何かを信じていたのだ。けれど、彼の気持ちがわからないまま追いかけ続ける事に疲れてきっていた。そんな頃他の男から告白され、レナは初めて迷った。そんな時彼も自分の事が好きだったことを知った。はっきり気持ちを伝えられなかった事情も知る事ができた。でも遅かった。レナは新しい彼を選んでしまった。
レナはその後も幸せになることはなかった。告白された男と結婚したものの、束縛が酷く殴られもした。何回も別れたいと言ったけれど受け入れてもらえなかった。そいつはレナに求めるばかりで、自分では何もしない奴だった。レナは精神的に追い込まれた。こいつがいなくなれば自由になれると、本気でそいつの首を絞めようとしたこともあった。レナはそいつの子供を妊娠した。けれど、レナは彼に対して憎しみしかなく、子供の存在を拒んだ。病院に行き処置を受けたが何の感情もわかなかった。むしろ身が軽くなったと嬉しささえ湧いてきたのだ。レナは本気で殺意を持った自分と、子供を殺めても何も感じなくなっていた自分自身に失望した。自分の最も汚い部分を目の当たりにしてからは、人間の汚い部分しか見えなくなった。レナの異常なまでの人間嫌いはそこが原点のようだ。
レナはなんとか離婚した。そして大好きだった彼のもとへ戻った。全てを話しても彼は受け入れてくれた。今度は間違えないようにと、幸せになりたいと強く願った。レナは彼と結婚し子供を授かった。レナは嬉しかった。幸せだった。けれどそれも続かなかった。流産したのだ。同じ年に二回も・・・。レナの心は空っぽになった。そして事故に遭い死んだのだ。
レナは同じ運命を何回も繰り返している。親の愛には恵まれず、幼い頃に大人の男に汚され、愛する人は消えてしまい、叶わぬ恋に苦しみ、好きになった人の子供は三回流産する。そして事故に遭って死ぬ。細かい出来事は違うものの、全く同じ出来事を何回も繰り返していたのだ。なんということだろう・・・。それではあまりにも気の毒ではないか・・・。
レナという人間は常に愛に飢え、人が当たり前のようにお願いするような事も我儘だと、迷惑をかける行為だと思い込み、自分の感情を無意識に抑え、人に頼るという概念がなく、心を間違った方法で守ろうとする。そして、レナは何歳になっても常に危うい。臆病で用心深く、神経質で潔癖。人の感情をもらい過ぎ、深く悩み苦しむ。そんなレナを私は愛おしく思った。ただただ幸せになって欲しいと思った。だから父上に強く願ったのだ。神の力を失おうが構わなかった。ただレナが笑っていられるのなら、それをすぐ隣でみていられるのなら何もいらない。父上にだされた条件があるのだから、何も助けてやる事ができない。真実を伝える事もできない。本当に隣にいるだけだ。それでも私は満足だ。自己満足かもしれない。レナを苦しめているかもしれない。それでも、どうか、どうかと願ってしまう。すまない・・・レナ。
ラピは天井を見つめたまま静かに目を閉じた。




