淡水の村
二人は美しい森を眺めながら、親子が待っている村に向かった。親子の言ったとおり二キロ程歩くと小さな村があった。小さいといっても立派な村で、そこは木々に囲まれていて、村中に小川が張り巡らされていた。小さいがかわいらしい家が小川に沿って建っている。
「ねぇラピ、あの親子は人間だよね。」
「あぁ、人間だよ。同じ人間だけど、見た目は進化の途中で枝分かれしていったのさ。能力的には何かに少し長けているだけで、中身は俺達と一緒さ。食べ物の好みとかはそれぞれ違うだろうけどね。」
「じゃぁ、この世界には人間と魔物しかいないのね?」
「そうなるね。もしかしたら俺の知らない例外はいるかもだけどね。ははは。」
「ラピは記憶がないのよね?そういう事は覚えているの?」
「あっ、あぁ、普通に生活する分には大丈夫だよ。自分に関する記憶だけは全く無いけどね・・・。」
「お姉ちゃーん、お兄ちゃーん。」
先程助けた親子がこちらに向かって歩いて来た。
「先程は助けて頂き本当にありがとうございました。」
「いえいえ。えっと、私達の名前をお伝えしていませんでしたよね。私はレナ。こちらはラピです。」
「魔物なら退治してきましたよ。大きいナマズでした。沼も森も、レナが浄化したのでもう大丈夫だと思いますよ。」
「はい。先程急に森の様子が変わりましたので、退治して下さったのかと思っておりました。本当にありがとうございます。お二人がご無事で何よりです。あっ、あちらは村長のパウロです。」
二人が目を向けると、白と赤の体をした人間がこちらに向かって歩いてきた。
ぎょえ、まるで日本の鯉そのまんまじゃない。なれるまでまだまだ時間がかかりそうね・・・。
「初めまして。私はレナ、こちらはラピです。」
「村長のパウロです。この度は村の者を助けて頂き、本当にありがとうございます。沼も森も浄化して頂いたようで、心よりお礼申し上げます。ありがとうございます。」
「あっ、はい。ご丁寧にこちらこそありがとうございます。それで村にはまだ・・・。」
「はい、あちらの建物に集めて看病しておりますが・・・、カンとネロも助けて頂いのに、他の者まで助けて頂いてよろしいのですか?」
「はい、構いませんよ。とりあえずあちらの建物に向かってもいいかしら?」
「はい、本当にありがとうございます。ご案内します。」
「レナさん、ラピさん、本当にありがとうございました。また後でお会いしましょう。この小川沿いの一番奥の家が私たちの家です。お時間が空きましたらぜひ寄って下さい。」
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、また後でね!本当にどうもありがとう!」
二人は深くお辞儀をしてから去って行った。
村長に案内され、皆が看病されているという建物に向かった。そこは普段集会所として使われているらしい。建物に近づくにつれて、何とも言えない泣き声が聞こえてきた。レナは嫌な予感がした。建物の中に入ると、床に二十人ほど横になっていた。体中毒に侵されている。意識がほとんどないようだ。付き添っている家族も皆、毒に侵されているようだった。
「村のほとんどの人間が毒に侵されてしまいました。小川の異変にもっと早く気付ければよかったのですが・・・。カンが沼の様子を見に行った時はここまで進行していなかったのですが・・・。私も時期に悪化するでしょう。」
「深刻にならなくて大丈夫ですよ。治しますね。」
レナは手をかざし、全員の元気になる姿を願った。するとあっという間に毒は浄化され意識がほとんどなかった人々も、徐々に意識を取り戻していった。
「えっ、もう治ったのですか?嘘みたいだ・・・。確かに体中の毒が消えているようだ。体調もいい。おぉ、信じられない。なんと・・・、なんと・・・、あなたはいったい・・・。」
「私は普通の人間ですよ。あの、他にはいませんか?」
「実はあちらの部屋に亡くなった者が五名ほど・・・。」
先程のとても悲しい鳴き声はあちらから聞こえてきていたのね・・・。
「あちらの部屋に入っても?」
「ちょっと待ってレナ、身体は大丈夫なのかい?身体に影響はないのかい?」
「ラピ?」
「わかっているけれど君が心配なんだ。普通は魔力がなくなれば倒れるだろう?だからその・・・。」
「ありがとうラピ。私は大丈夫よ!元気元気!」
「君の気持ちは尊重したいけど・・・、本当に無理はしないでくれ。」
「うん。ありがとうラピ。」
「村長さん、あちらの部屋の方々助けられます。」
「死んでいるのですよ。生き返らせると?」
あの親子、生き返らせた事は伝えていなかったのね。てっきり村長には話してると思ったな。黙っていてくれるなんて、そんな人間もいるのね。ありがたいな。やはりこの世界でのこの力は特別なんだ。気をつけなきゃ。
「はい、可能です。ただし条件が・・・」
「やはりお金ですか・・・」
「いいえ、お金なんていりません。」
「はっ、では何を・・・」
「私が生き返らせる魔法が使えるという事を、決して口外しないで欲しいのです。村人全員にもお願いしたい。私は普通に生きる事を望んでいるのです。特別視されたり、面倒ごとに巻き込まれたり、利用されるのはもっとも避けたい。もし、誰か一人でも口外したのなら、迷いなく村ごと消しにきます。子供も女も関係なく殺しにきますよ。それが条件です。」
「あっ、そんな事でしたか。お約束します。レナ様にはレナ様のご事情があるのでしょう。見捨てる事もできるのに、助けると申し出て頂きました。レナ様のお気持ちもわかります。この村の者は決してレナ様を裏切ったりしません。すぐにこのことを徹底させます。お約束します。」
「私はまるで悪魔みたいですね・・・。ありがとう。ではあちらの部屋に行きましょう。」
部屋に入ると、やはり亡くなった者の隣で泣きじゃくっている子供や女性、男性がいた。こういう姿はいつ見ても胸が締め付けられる。
「始めますね。」
レナは手をかざした。レナを中心に白い光に包まれ、亡くなった人達は徐々に息を吹き返していった。
「おぉ、なんと綺麗な光。そしてとても暖かい。信じられない、本当に生き返らせる事ができるなんて・・・。夢でもみているようだ。感謝します。感謝します。レナ様。」
レナは最後に毒を浄化した。
「あはは、村長さん感謝し過ぎです。でもありがとう。」
「お疲れさま。大丈夫かい?」
「大丈夫よラピ。でも少し疲れたかな・・・。いつも近くにいてくれてありがとう・・・。」
何だかとても身体が重い。力を使い過ぎたのかしら・・・。あぁ、ラピの瞳は本当に綺麗ね。見ているととても落ち着く。あれ?なんだか全てがスローモーションに見える。これって、事故にあって宙に浮いていた時と同じ状況じゃない?あれ?瞳の色、まだエメラルドグリーンだったよね。私また死ぬのかしら・・・。これでラピとお別れなの?それはちょっと・・・、いや、とても嫌だなな・・・。ラピ・・・。
レナはゆっくりと意識を失っていった。
「レナ!」
ラピは倒れ行くレナを抱きとめた。
全く君は・・・。知っていたさ、ずっと知っている。君はこういう人だ。ずっと見てきたから知っている。君は、君の人生は気の毒なくらいめちゃくちゃだった。気が弱く、気が強い。繊細で臆病で、いつも守り方を間違えている。知っているよ。いらない鎧を何重にも着てしまったことを。そうしないと心が壊れそうだった事も。知っているよ。誰よりも愛に飢えている事を。誰よりも優しい事も。全て知っているんだ。君だから力をあずけたんだ。君だから愛しているんだ。レナ、思うままに精一杯生きるといい。何を選ぼうと、どんな結果になろうと、どんな君でも静かにそっと傍にいるよ。
ラピはレナをそっと抱きしめた。それと同時に強い視線を感じた。ラピは視線を感じた方角へ目を向けると、木の枝に止まったスモーキーが、部屋の中にいる二人をじっと見つめていた。
わかっています父上。約束しましたから。わかっています。わかっていますから・・・
ラピは心の中で何度もつぶやいた。




