一一 喰われもの②
「裏切り? そんな言われをする覚えはないな······!」
呼気をととのえ、袖を鳴らして李鷹が臨戦態勢にはいった。普段の様子からは想像もつかない険しい表情に、盈秋は息を呑む。
かつては同輩だったという彼等。その間になにがあったというのだ。ここまで激しくぶつかり合うなんて。
腰を落として構えた李鷹の足元からは、金色の光が吸いあげれられ、全身を伝わって両の掌へと収束していく。
一方、布帛は重みゆたかな偃月刀を、その細身のどこに秘めるのかという程の力で、楽々と車輪のごとくに振りわます。
「無駄だと思うよ? いくら君が『還す力』を駆使しようともさ。──この、亜鋼特製の刀の前ではなにも出来ない。そうとも、しょせん君は祈禱具でしかないんだから!」
玉と鉄。祈りと実益。相反するといってもいいふたつの極み。だが、こと暴力においてその優劣は語るまでもない。
鉄で割れぬ玉など、古今通じて存在しない。
「······どうかな。やってみるがいいッ!」
有無をいわさず李鷹が突っ込む。剛力を奮って打ちつけてくる奴を二度、三度と躱す。
裏拳の要領で、突いてくる一撃を避け様、後ろ手に柄をつかむ。
だが。
「ちっ」
「残ぁん念。こいつは現代で拵えた物でしたっ!」
ぐいとひき戻して足元を脅かす。太腿をわずかに掠り、李鷹の顔に苦痛の表情が浮かぶ。
「姐様っ、みたっ!?」
盈秋は襲いくる影鬼へと、投石で必死に抗いながら叫ぶ。
あいかわらずよく当てる。が、いつぞやと違い効果は薄い。逃げまどう助けになるのがせいぜいだ。
「やっぱり彼ら同士だと傷つけられるんだ!」
「むう! これはやっぱり──」
瞬迅に突きつけられた影鬼どもの槍先をヒラリと躱し、桃霞は盈秋のもとへ跳ぶ。
刹那、彼女らへと李鷹の意識がむいた隙を、布帛は見逃さない。猛然と間を詰める。
「ほぅらほら、他に気を取られている場合かなっ!?」
「!」
自身が烈しく打ちかかるだけでは終わらない。周囲をとりまく影鬼どもが襲いかかってくる。
李鷹が吠える。躍動し、ついに全力を奮う。首元を斬りつけた刃を併せどる。
──!──
輝く掌に挟まれた古めかしい剣から、急激に暗気が抜けていく。勢いは武器だけに留まらない。握った影鬼をも諸共に呑みこんだ。
「!?」
「ッ! オオオオッッ!!」
影鬼どもは、得物であろうが身体であろうが、李鷹の掌に触れられるだけで結びを解かれ、霧散していく。
しかし布帛だけは勝手が違う。
苛烈な膂力で振るわれる偃月刀は、もちろん素手で受けることなど敵わない。
躱しつづけるしかない。素手の李鷹にとってはあまりにも不利だった。
布帛は勢いに任せてビョウビョウと振り回す。ふたつ、みっつと、李鷹の身に傷が増えていく。
「残念だけど李鷹。君とじゃ、真っ当にいけば俺は分が悪い。けど今なら! この状況ならッ! 俺たちの悲願のため──消えてくれよォッ!!」
勝機とみた。必殺の気合をこめた一撃が振り抜かれる。
「──それが。傲慢だというんだッ!!」
瞬間。李鷹が身を沈めて躱しざま、空を駆けあがるかと思えるような身軽さで跳躍をみせた。
布帛の肩を蹴上げ、頭上から両掌で頭を挟みこむ。
そのまま逆立ちで留まった。
「······終わりだぞ、布帛······」
「··················」
ながい、ながい間をおいて。やっと布帛は答えた。
「······そのようだ······けどね、李鷹。これでいいんだ。俺はけっして敗けた訳じゃない」
「······布帛よ」
「負け惜しみだと? げんに君は俺にばかり気を払っているじゃないか」
「なに──」
そこまできて李鷹はようやく悟る。
「······やってくれたな」
「ハハハッ!」
『去レ』
李鷹の掌が無情の輝きを放ち、布帛という存在は頭から光に呑まれ、霧散して消えた。
影鬼らから逃げ回っていた盈秋と桃霞は、ほっと息をつく。
だが李鷹の様子には微塵も安堵の色がなかった。せわしく背を翻す。盈秋はあわてて呼びかけた。
「どうしたの!?」
「──よくある手だ!」
李鷹は叫ぶ。
「狙いは私とみせて、やはり関西軍だ!!」
そう、誘導されていた。別動隊がいる。そして今このとき、馬超らの陣に襲いかかっているかも知れない。
執着していたのはむしろ自分の方で。彼らはしかと現実をみた行動をとっていたのだ。
我に似合わず叫んでから、李鷹の足がはたと止まった。
ふたりは依然、影鬼の群れに囲まれていた。
彼奴らがどこまで先行しているのか判らないいま、一刻が争われる。しかし。そちらを優先するということは、つまり──
「じゃあ······行って!」
あまりにも思い切りのよい言葉に、李鷹は目を見開いた。盈秋は桃霞と頷きあうと、確信をこめてもう一度いった。
瞳に決然とした意思と、奇妙なことには自信をのぞかせて。
「こっちは大丈夫! 大丈夫だからッ!」
「もうお前いなくても平気! 足手まといにはならない!」
「······恨みたまうなっ!?」
迷う時も惜しい。
せめてうまく逃げてくれるよう願いながら、やむなく李鷹は、空へと一歩を踏みきった。
李鷹を見送ったふたりは、あらためておし迫る影鬼どもの群れに向かいあう。
瘴気はいまもって強く、一帯を天蓋のごとく覆っているだろう。地上を逃げ回るならまだしも、空を駆けて遠方へ避難することはもう叶うまい。
さらに、このままこの者らを放っておく、などということは出来ない。
最低限、李鷹が別動隊を片付けて戻るまで、引きつけ、足留めして置かなければならないのだ。みずからの身をもってしてもだ。
それでもふたりには、李鷹の帰還をまつ、などという後ろ向きな目算は初めからない。
「じゃあ試そう姐様。······くれぐれも無茶だけはしないでね」
「分かってる。盈秋も離れすぎないで!」
桃霞が咆哮する。
宙へと踏みきると、くるりと一転する間に黒の戦袍姿へと変じた。
たなびく黒の袖と裾、そして尾。
左肩には、衣へ化した黒虎の名残りの頭。
一体となった頭巾の下からのぞく瞳は、赤金の強い輝きに燃えたつ。
『お前たちは私が送ってやる!!』
迫る影鬼ども顔を容赦なく踏んまえて、地に降りたった。
間髪入れず振り下ろされる手斧を、自慢の黒爪が迎え撃つ。
以前なら相反する衝撃で、ともに吹き飛ばされていたろう。
──!──
すっ飛んでいったのは、影鬼のもつ肉厚の刃物だけだった。
『ぬゥゥゥゥウウゥンッッッ!!!』
一斉に襲いかかってくる左右の刃物を、両の爪で突き止める。またも軽々と受けきった。
息もつかせず、柔軟な動きでとんぼを切る。今度は前後の者を双蹴りで仕留めた。
───ォオオオオっ───
不可解だ、といわんばかりに陰鬱な唸り声をあげ、一撃をうけた影鬼らが霧散していく。
攻勢はとおる。こうなれば。
いかに相手が十人並みの力を備えていようと、桃霞が遅れをとるはずはなかった。
荒ぶる猛虎そのままに桃霞は躍動し、爪を、拳を、蹴りをはなつ。
それほども時をかけず、一方的蹂躙という形で。
影鬼の残党をまとめて霧散させてしまった。
「姐様やったね! 大丈夫?」
『もちろん。これも盈秋のお陰っ』
ふたりは駆けよって手を握りあう。
桃霞はごぞごそと襟元から、首にかけていた紐を手繰った。その先にさがる、淡い翠波を圧し固めたような三角の薄片。
小憎らしいとばかり、コツンと指先ではじいた。
このサブタイ、まだ続きます。
誤表記を修正いたしました。




