二十話目、鳥籠の中に来る鳥
俺は、いつもあいつの側に居たかった。
あいつが、俺を必要としてると思っていたから。
あいつの側にかけよりながら、あいつの名前を呼ぶ。
「…!…!」
「ああ…お前か」
「次は何をしに行くんだ?俺は何をすればいいんだ?」
あいつの役に立ちたかった。
あいつに助けられて、恩返しをしたかったから。
だから、あいつのやりたい事を手伝いたかった。
役立たずだと、無能だと、もういらないと思われていたとは知らずに。
何も言わずに俺を蹴るあいつを見るまでは、そんな事に気付かなかった。
「っ…!」
「邪魔なんだよ役立たず!無能なくせに、俺の周りをうろつくな!」
やり返す事なんて出来なかった。
力も体格差も、勝てるものなんて何一つ無かったから。
ただ小さな体を更に縮こまらせて耐えるしかなかった。
体じゅうぼろぼろになっても、誰も助けてはくれなかった。
仲間も…いや、仲間だと思っていた奴らも助けてなんてくれなかった。
「弱っていたお前を拾ってやったってのに、まともに戦う事も、魔法も出来ねえ!
こんな事なら捨てれば良かった!」
体が動かなくなるまで蹴られ続け、気が済んだのか、あいつは何処かに行こうとしていた。
それを見る事しか出来無い俺は、あいつを…人間を強く憎んだ。
「嫌だ…何で俺だけがこんな思いをしないといけないんだ…」
あいつとの想い出も、恩返ししたいという気持ちも、全て恨みと憎しみに変わっていく。
残ったのは、自分の境遇を呪う気持ちだけだった。
「それはお前が必要ないからだ。お前は要らないんだよ、この世界にとってもな」
その言葉が、俺にいつかあいつを殺すという決意をさせた。
意識が、眠りの中から浮上していく。
体を起こして、胸の中にある苦々しいものを何とか消化していった。
「…また、あの夢か…」
毒を盛られてから、時々同じ夢をよく見るようになっていた。
最初の頃は断片的で、何を見ていたかは覚えていなかった。
だが、今では長く、はっきりと覚えている。
それでも、視界はぼやけていて、はっきりとしているのは声と痛みだけなのだが。
「痛みも、声も、…感情も、まるで現実みたいにはっきりしていた…」
本当に、過去に自分で経験した出来事のようだった。
そんな事、絶対あるはず無いのに。
だけど、まるで忘れかけていた事を思い出したような感覚がするんだ。
痛みも、恨みも憎しみも、自分のものじゃないはずなのに。
「一体何なのか…わけが分からない…」
そういえば、わけが分からないものがもう一つあった。
それを思い出した俺は、姿見と向き合い、襟をぐいっと引いて左胸を晒す。
そこには、黒子のように見える痣があった。
これに気付いたのは、脱走に失敗した後だった。
普通なら、ただの痣ならわけが分からなくはないだろうと思うだろうが、
最初に見付けた時は針の穴程度だったのに、一ヶ月経った今では掌の半分くらいになっている。
ぶつけた覚えが無いのにもかかわらずだ。
「閉じ込められたストレスから、なのかな…」
夢の場合はそれで説明が…つくのかな?
結局は、自分じゃ分からなかった。
「痣に、味覚に、変な夢、か…精神的にまいっているのは事実だけどな…」
場所も時期もバラバラ、原因が一つだけじゃないとすると、
ただでさえきつい状態だっていうのに更に気が滅入る。
思えば、あの後からだって…
「…ん?」
あの後?あの後って何だ?俺は今、何を考えて…
自分で思っていた事なのに、何を思っていたのか分からなくなって混乱していると。
………
「………」
うわぁ…幻聴までしてきたかもしれない…
自分以外に居ないはずの部屋の中で誰かの声が聞こえた気がした。
何を言っているかは声が小さすぎて聞き取れなかったが、少なくとも見知った相手では無いだろう。
…ルイーザからの視線も、今は感じないしな…
「あ~…このまま放っておくのはまずい気がする…」
幻聴がしたという事は、間違い無く精神が不健康である証拠だろう。
たとえそうで無かったとしても、放置しておくのはまずい気がする。
「…医術の本とかも読んでおくべきなのかな…」
読んだとしても、原因が分かるとは思えないが。
何もしないよりはましだろうが、自分でどうにか出来るとは思えなかった。
「…こんな生活…本当は良くないんだろうな…」
ベットから起き上がり、窓辺に行って外を見ながらそう口にした。
前は少しだけとはいえちゃんと働いていたし、こんな風に引き篭もる事も少なくなった。
今じゃあこんな…まるでヒモみたいな生活をするなんて…
「此処に来る前は…想像もしなかっただろうな…」
元居た世界の友人達は、今頃どうしているんだろうか…俺の事を心配してくれてるんだろうか…
俺の両親だって一月もの間、連絡が無いからどうしたのかと思っているかもしれない。
「…早く…帰りたいなぁ…」
窓にぐて~っともたれかかりながら、叶わない事を呟く。
昔の頃はともかく、就職してからは充実した生活を送っていた。
それが今や…自由も無く、やる事も無い生活になってきている。
元の生活に戻りたいと思うのは当然だろう。
そんな実にならない事を考えていると、何処か遠くから鳥の鳴き声が聞こえてきた。
「んん?鳥の声?此処に来るなんて珍しいな」
何でかは知らないが、この部屋の中で鳥の声を聞くのは初めてだった。
多分、餌になる植物が無いのかもしれない。
だから余計に、どんな鳥なのか気になって、顔を上げて鳴いている鳥を探し始めた。
「う~ん…声はするのに姿は見えない…もしかして飛んでいるのか?」
鳴き声が近付いているし、見える所に居るかもしれない。
そう思って空を見上げると。
「ピィ!ピィ!」
「…ん?何処かで聞いた覚えのある鳴き声が…」
何処でだっけ?最近聞いたような気がするんだけど…しかも、嫌な感じのする…
探している内に近くに来たからなのか、
さっきよりもはっきりと聞こえる鳥の鳴き声に、記憶に引っ掛かるものを感じた。
そしてようやく見つけた鳥の姿を見て、記憶が蘇ってしまった。
それを知らないだろうその鳥は、俺の所へとまっすぐ飛んできていた。
「お前…あの時の!」
「ピィ!」
その鳥は、俺を川に落とした翡翠のような鳥の雛だった。
何でこんな所に…巣が近くにあるのか?
「ピィ」
雛鳥は俺が開けていた窓のへりに降りたって、俺の事を見つめてきた。
それを見ていると何だか懐かれているように思えて、おずおずと雛鳥の体に触れてみる。
すると雛鳥は嫌がる様子も無く、むしろすり寄ってきた。
その様子に可愛いなぁ、と思うと同時に、
あの親鳥が探しに追いかけているんじゃないかと思って、周りを見た。
ふう…どうやらこの鳥一匹だけみたいだな…
「どうしてこんな所に来たんだ?もしかして、俺を追いかけて来たのか?」
返事が来るはずのない、ほとんど独り言を呟く。
今の今まで軟禁されたり、毒を盛られたりと、
心が荒むような事があったから癒しを求めていたのかもしれない。
「ほれほれ、もっと撫でて欲しい所は無いか?」
痛くないように優しく体を撫でていく。
雛鳥も気持ち良いのか、目をつぶって嬉しそう…
(う~ん、もうちょっと首のところを撫でて欲しいかな?)
「うえっ!」
しゃ、しゃべった!




