十五話目、昨日も今日も嫌な日になる
思えばここ最近、嫌な事ばかりな気がする。
昨日のルイーザと、アルバート王子の事もそれに当てはまるだろう。
「昨日の夜に兄様と廊下で会ったの!」
「はい、歩いていたら偶然に」
「何を考えてるのよあの人は…!」
そして今日のこの事も嫌な事になるんだろうなと、険悪な態度のエレナさんを見てそう思う。
というか…兄妹仲が悪いんだろうか…
「かなり嫌っているんですね…」
「エレナ様に一番厳しく言っていらした方でしたから、殿下も同じく嫌っているかと」
ぶつぶつと独り言を言って、聞いていないエレナさんの代わりに、
控えていたセルリアさんが答えてくれた。
「厳しくって…嫌がらせのような課題を出して来たとかですか?」
「いえ、ただ最後まで、逃げ出すな、と怒っていただけです」
…何か話を聞いてると嫌ってるというより、優しさで厳しくしてるような気が…
まあ、だとしても言う気は無いけど。
「あの人は私に怒りたいだけよ。それと、兄様に此処には近付かないように言っておくわ」
「そこまでしなくてもいいのでは?」
「念のため、よ」
まあ、そうしてくれるとこっちも助かるけどね。
笑顔なはずなのに、声がすごく怒っているエレナさんを直視出来ずに、目を逸らしてからそう思う。
「もうこの話はやめましょ。こんな話をしに来たんじゃないんだから」
「そうですね。でも、私は王子殿下の…」
そう言った瞬間、部屋の温度がかなり下がった気がした。
エレナさんを見てみると、笑顔でそれ以上は言わないでね、という無言の圧力をかけてきていた。
怖いのでセルリアさんを見ると、その話はやめてほしいという風に首を振られた。
…これ以上王子殿下の話はやめておこう…
もう黙るしか手が無かった。
「それにしても、よく本を読むのね…私だったらこんなに読む気はしないわ…」
「退屈なので。それに本を読むしかやる事も無いですし」
「それでも、一日でこの厚さの本を三冊は読んでいるのですよね…」
セルリアさんは、千ページ程ある六冊積まれた本を見てそう言った。
「あの本を!…読むのが早いのね…」
「セルリアさんのおかげです」
元々本を読むのは早かったし、自主的にこっちの世界の文字を読んでいたから、
元居た世界の本を読む速度とあまり変わらないくらいにはなった。
ちなみに、元居た世界の三百ページ前後の本なら、休みの日で一日五冊は読める。
「そういえば、この本は何処から持って来ているの?」
「私は本の種類を言うだけで、場所までは知らないんですよ。
知っているとすれば、持って来てくれるセルリアさんだけです」
「セルリアが?貴女、こんな本を持っていたかしら?」
そう言ったエレナさんは、セルリアさんに目を向けた。
それに倣うように、俺もセルリアさんを見た。
「今まで持って来た本は、全て王宮図書館から借り出したもので、私の私物ではありません」
「あ、やっぱりそういった場所からでしたか」
「分かっていたの?セルリアが王宮図書館から本を借りてたって」
紅茶を楚々とした所作で飲んでからエレナさんが聞いてきた。
てっきり同じ考えに至っていると思っていたから、その質問は意外だった。
「正確に言えば、何処かの図書館から持って来てるんだろうなと思っていただけですけど」
「そうなの。私はてっきり王宮図書館に行って、
持って来て欲しい本をセルリアに頼んでいるのかと思ったわ」
「もしそうなら、セルリアさんを通して言ってますよ」
「それ以前に、クシマ様が王宮図書館に行こうとした場合には私がお止めいたします」
「それもそうね」
…一応約束してるのに疑われてるのは、信用されてないからかな…
二人の会話に少し傷付く。
まあ、信用してないのは俺も同じだけど。
「それじゃあ、今日はここまでにしておくわ」
「そうですか、今日はそんなに時間を取れなかったんですね」
図書館の話の後も他愛もない話をして、
エレナさんが此処に来てから一時間経つかどうかくらいで、お茶会はお開きになった。
「そうじゃないわ。これから兄様に釘を差しに行くからそれでよ」
「そ…そうですか…」
何でかな~?笑顔なのに凄みがきいてて、すごく怖いんだけど。
そう思いながらエレナさんの顔を見れず、俯いていると、エレナさんがふふっ、と笑った。
何事かと思って顔を上げると。
「別に喧嘩をしに行くわけじゃないわよ。それに、今日はいつもより楽しかったわ」
「話し合いで済めばいいのですが…」
凄みの消えた笑顔のエレナさんと、それとは対照的に何処か疲れた表情のセルリアさんが居た。
というか…話し合いじゃ済まない可能性があるんですか…
「それじゃあね。今朝あった、ベットの隙間に挟まった話は面白かったわ」
「その話は思い出さないでください!」
思い出さないようにしてたのに!
楽しそうに笑いながら部屋を出て行ったエレナさんにそう思う。
そしてその後を追うように出て行ったセルリアさんは、今日はエレナさん付きなのだろう。
不安げな表情で俯いていた。
二人が出て行くのを扉が閉まるまで見送った後、
ベット横にあるチェストに積まれた本の表紙に手を伸ばした。
「こんなに探してるのに…見付からないなぁ…」
一ヶ月と少しだけの日数で、元居た世界に帰るための手掛かりはまったく見付からない。
もう諦めろと言われてる気がするくらい見付からない。
探し方が足りないのは分かっているけど、
何故か帰る方法が無いんじゃないかと心の何処かで思ってしまう。
「でも、だからって諦めたくない…」
元の世界に帰るという望みがなくなったら、俺はこの世界で生きる理由がなくなる気がする。
だから最後まで足掻いて見付けなきゃいけないんだ、生きていたいから…
そこまで考えて、陰気になるのは良くないと思い、立ち上がろうとした時。
「うわっ…と」
急に眠気が襲ってきて、目眩がした。
「昨日は夜更かししたからな…少し眠るべきかも…」
だけど夜寝られなくなるかもしれないし、どうしようか…
「寝れなくなると困るし、気合で起きていよう」
だがそう思っても、睡魔は遠慮なく瞼を閉じにかかってきて、今にも負けそうになる。
「…とりあえず、顔を洗っておこう…」
それでも眠くなったら、顔を叩いてまた顔を洗おう…
そうしてなんとか睡魔に打ち勝ち、いつもの時間に寝る事が出来たのであった。




