十四話目、危険はあってないようなもの
幸いな事に、部屋にはセルリアさんより五分早く戻れた。
だから襲われた事は知られていないし、疑われてもいない。
「元からこうすれば良かったのかもな…」
もう寝ているはずのうす暗い部屋で、ゆっくりとベットから起き上がり、部屋を出て行った。
庭は月明かりに照らされていて、歩くのはそこまで難しくはなかった。
それでも、陰のある場所は暗くて見えないけど。
そんな明かりも無ければ人気も無い庭を、何も言わずに歩いていく。
何回か見回りの騎士を見たが、隠れてやりすごし、目的の場所にようやくたどり着いた。
途中から付いて来ている人物が居る事に気付いていたが、気にしなかった。
「此処に来るのは初めてだな…」
うろついていた時に見かけた噴水に来ていた。
此処なら人も来ないだろうし影も少ないから、多少明るい。
「さて…付いて来てるのは分かっているんだ。出て来たらどうなんだ?」
噴水の方を向いたまま動かずに、此処に来ている人物にそう言う。
だが、かさっ、という音だけで、返事は無い。
「別に出てこないならそれでもいい。その代わり、エレナさんやセルリアさんに君の事を教える」
またかさっ、と聞こえたが、出て来る様子は無い。
「…君の主に、自分の失敗を知られたくは無いだろう…?」
今度はがさがさ、と音がして、音の方を見てみると、
俺を襲った暗殺者が、あの時の格好のまま出て来た。
目の色も同じ空色だから間違いない。
「やっと出て来たね」
「…何をするつもり?」
初めて聞いた暗殺者の声は、高い上に若い声で、同い年くらいの女の子のようだった。
…だからあの時、予想よりも軽かったのか…
「何もしないさ。ただ質問に正直に答えてくれればいい」
「…分かった…」
口数の少ない彼女に、苦々しい感情を感じて、さっさと終わらせようと決める。
…俺だって早く寝たいからな。
「まず初めに、天井に居たのは君だよね?」
そう言うと、彼女はこくりと頷いた。
やっぱりか…
予想が当たった事にはそれだけしか思わないようにし、次の質問に移る。
「なら、約一ヶ月前から毒を盛ったのも君だね?」
この質問にも、彼女は頷いた。
今考えてみれば、疑惑を持っていてもよかったんだ。
毒を盛られる前に俺の存在を知っていたのはエレナさん、セルリアさん、そして彼女だ。
毒を盛る理由の無い二人を除けば、消去法で彼女が犯人になる。
考えれば簡単な事だったんだ、本当に。
「はあ…何で君の事があの二人にばれてないのか不思議だよ」
心の底からそう思う。
確かに、姿を見かける事も、物音が天井から聞こえた事もなかったけど、
ふとした時に視線を感じる事は多々あった。
俺に見付かっているのに、何で二人には知られないんだろうか。
ちなみに、さっきの台詞を聞いていた彼女は、身に覚えがあるからか少し俯いていた。
「まあ、そんな事より次の質問だ。…君の主の名前は何かな?」
「…知ってどうすると言うの?」
今、一番知りたい事を聞いてみると、思った通りの言葉が返ってきた。
まあいくらなんでもこの質問には正直に答えないか。
元から素直に答えてくれるとは思っていなかったし。
「言いたくないなら別に言わなくていいよ、でも、俺も知りたい事だから」
だからこういう時のための意趣返しは考えていた。
それに少しだけ彼女の動揺した姿を見てみたいし、面白くなるかもしれないからね…
「体を使って聞けば素直に答えるのかな?」
顔がにやつくのを抑えながら、彼女の目を見て言う。
さて…どういう反応をしてくれるかな…
そんな風に思いながら、彼女が口を開くのを待った。
けれども、反応がまったくない。
十秒経っても何も言わないため、仕方なくこっちから口を開いた。
「俺の髪じゃあ不服か?かなり珍しいだろうから、高値で売れると思うんだけど…」
無理がある言い回しだと自覚しているが、元々このつもりで話をしていたし、
髪も体の一部だから間違った事は言っていないはず。
そう思いながら彼女を見ると、相変わらず反応が無いままだった。
面白味がないな…
期待していた分、がっかりではある。
「理由が聞きたかっただけでそんな事しなくてもいい」
「声が震えてる、震えてる」
勘違いをしていたみたいだ。
さっき何も反応しなかったのは、動揺しすぎて思考停止していただけで、別に無反応じゃなかった。
…面白いけど、ちょっと可哀想かな…
普通に話せなくなっている彼女にそう思う。
少しからかいすぎたと反省して、素直に聞いてきた事に答えようと思った。
「…君の主の事を知った所で、何も出来無いよ。ただ、殺される前に知りたかっただけ」
「たったそれだけ…?」
頷くだけで答える。
警戒のため、と言いたいけど、実際に会って話す事は無いし、
俺が此処に居る事はばれてるから無駄だろう。
…まあもしかしたらあの人だと思うけど、確証は無いし…
そう思いながら彼女を見ると、未だに答えに窮していた。
「自分からは言い辛いか…じゃあ質問を変えよう」
「…分かった…」
さすがに言える事と言えない事はあるのだろう。
それに、知った所で俺には何も出来ないんだから、一人除外出来るだけましだろう。
「君の主は、アルバート王子なんだろ?」
「…そう…よ…」
彼女は自分の主を言い当てられて、驚いていた。
こっちとしては、あからさまな気がしただけだから驚きは無い。
最初に会ったあの時から怪しかったんだ。
何で都合よく、あの廊下に王子殿下が通るんだ。
あそこは空き部屋ばかりの王城の端だぞ、何の用があるんだ。
考えれば考えるほど、不自然で不可思議だが、
理由なんて知りたくも無いからこれ以上考えるのはやめた。
「じゃあ…次で最後の質問にしよう」
最後の質問と聞いた彼女は、次は何を聞いてくるのかと構えているように感じる。
…答えてくれるかな…
「君の…名前は何かな?」
「…えっ?」
「名前だよ。な、ま、え」
驚きで固まった彼女に、もう一度同じ台詞を言う。
すると今度は呆れられてるような視線を感じた。
…他に聞く事が無かっただけだ…
じとっとした目で見ている彼女に、目を逸らした時。
「…名前は、無い…」
少し寂しげな声で答えが返って来た。
彼女へ向き直ってみると、目を逸らす前と全く変わってなかった。
気のせいだったんだろうか…?
そう思ったが、彼女の心境なんてどうでもいいし、名前が無いなら勝手に名付ければいい。
「なら、俺は君の事をルイーザと呼ぶ。嫌だと言われても聞かないから」
「え…?」
「俺は眠くなったから、部屋に戻って寝るよ。来たければ来ればいい」
「…分かった…」
特に文句も無いみたいだし、ルイーザでいいかな。
部屋に戻ろうとする途中、そんな事を思う。
気に入らないと言われるかと思っていたけど、大丈夫そうでよかった。
そう思いながら、ふと振り返ってみると、ルイーザの姿は無かった。
…次はいつ会うかな…
彼女の居ない噴水を見て、寂寥の念を感じながら、自分の部屋へと歩を進めた。




