十三話目、誰のために消えなければいけないのか
「さすがにすぐ行動に移るわけないか…」
夕食を食べ終えて、セルリアさんが居ない内に部屋を出た俺は、廊下をうろついている。
「明日の方がよかったかな?」
今日の昼食に毒が入ってなかったからって、警戒しすぎかな?
「でもまだ数分しか経ってないし、もう少しうろついてた方がいいか」
それにセルリアさんが戻ってくるまで五十分もあるし、それまでに帰ってくれば怒られないだろ。
最悪の結果の内、最も可能性が低い方法を使って来るか確かめるだけだし。
そう考えながら人気の無い廊下をうろついていると。
「…!」
何処かから視線を感じた。
危険を察し、すぐに後ろを振り向き周囲を見渡す。
「…気のせいか。少し過敏になってるのかもしれない」
そうつぶやきながら、歩き出そうとした時。
「っ…!」
一瞬、何があったのか分からなかった。
急に背中に痛みが走って目を瞑り、何があったのかと目を開ければ、
目の前に全身真っ黒の服を着た誰かが居た。
しかも、仰向けになった俺に馬乗りになって。
その状況を理解したと同時に、何が起きたのか分かった。
ああ…俺、殺されるんだ…
奇妙な程、冷静に現状を理解していた。
だってその誰かの左手にはナイフが握られていて、俺に刃先を向けて振り下ろそうとしてるんだし。
そんな状況なのに不思議な程恐怖を感じていなかった。
多分、こうなる事を予想していたからというのもあると思う。
でもこの時は怖いって思うより、やっと死ねるんだっていう気持ちの方が強かったんだと思う。
この時は自分でも分からないくらい嬉しくって、泣いてしまいそうだった。
「殺してくれ…」
そう言って顔を隠している布から覗く、空色の暗殺者の目を見ながらつぶやいた。
すると暗殺者の手が、一瞬だけ震えた気がした。
それを見て俺は、戸惑わずに思い切ってやって欲しい。
そう口を開こうとした時、暗殺者の後ろから剣を持った男が、横薙ぎに剣を振る姿が見えた。
「っ…くっ!」
右から振るわれる剣から逃げられるように、右手で暗殺者を抱えて、左に転がる。
幸い、暗殺者は俺と同じくらいの身長で、庇うのは不可能ではなかった。
「痛!っ…!」
だけど思ったより暗殺者の体は軽く、勢い余って壁に背中をぶつけてしまった。
結構な痛さに暗殺者を抱えていた腕の力がゆるみ、
暗殺者は俺の腕から逃れて、窓から外に出て行った。
…また来るんだろうか…?
そんな事を思いながら、暗殺者が出て行った窓を見つめていた。
「あ~…大丈夫か?」
そんな俺に話しかけてきたのは、見目麗しい美青年だった。
…そういえば居たんだっけ…
俺を暗殺者から助けようと余計な事をした彼を見て、人が居た事を思い出した。
「助けてくださってありがとうございます。名前を聞いてもよろしいですか?」
さすがにこの状況で逃げ出す事は出来なかった。
なるべく人目にはつきたくなかったけど仕方がないと思い、せめて約束を守るために、
俺の髪をじっと見ている青年の名前を聞く事にした。
「ああ。俺の名前はアルバート、この国の王子だ」
「っ…!失礼致しました!王子殿下とは知らず、無礼な振る舞いを…!」
「そんなに畏まらないでいい。別に気にする事ではない」
公の場では無いのだから。
そう付け加えたアルバート王子はやや困った顔をしていた。
困っているのはこっちだっての…!王族の権力がどれだけか知らないけど、
こっちは軟禁されてるんだ…!何をするか分からない相手の扱いなんて出来るか!
「では…私は先程と同じ態度で…」
「それでいい。こっちも急にため口で話されても戸惑うからな」
笑いながらそう言った王子を見て、早く部屋に戻りたいと思ってしまう。
理由はきっとエレナさんの家族だからだろう。
雰囲気からして信用できない。
そう思いながら、右膝を床につけ、頭を下げた姿勢から立ち上がった。
「ところで、名前を聞いたなら、自分の名前を名乗るのが礼儀じゃないかな」
「そう、ですね。私の名前は串間和彦。串間が名字で、和彦が名前です」
別に隠す事でもないため、さらっと名前を名乗る。
すると王子は、エレナさんと同じように訝しそうな顔をしていた。
「カズヒコ…変わった名前だね…」
「私の居た所では普通の名前ですよ?」
「俺はそんな場所は知らないんだが…」
「知らないだけであるんですよ。人間、知らない事もあるものです」
明らかに怪しまれているのを分かって、あえてぼかした言い方をしてみる。
本当の事を言っても、絶対に信じないだろうし。
「確かにそうだな…」
「自分の考えてる常識程、頼りにならないものですよ?」
「まるで常識外れな事に出会った事がある口ぶりだな…」
さすがにこの発言は聞こえないふりをするしかない。
馬鹿正直に、この世界に来た事が非常識ですから。
なんて言おうものなら、白い目で見られる事請け合いだろう。
「って、あ!早く戻らないと怒られてしまう…
申し訳ないんですけど、帰ってもいいでしょうか?」
「ああ…別に構わないが、理由は?」
「夜遅くに、こんな場所に来てると知られたら心配されてしまうんです。
あまり心配されるのも、怒られるのも嫌ですから」
今更な事を思い出して、ここから逃げ出す口実にいいと思いつく。
結構な時間、話をしていたから嘘は言っていない。
それに怒られたくないし。
「なら、早く帰った方がいい。また会う事があるといいな」
「そうですね、では」
返事もそこそこに、適当な挨拶をすませて自分の部屋に急いだ。
もう二度と、あの王子には会いたくないと思いながら。




