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全力のお出迎え

災害級の超大型個体《黒鋼帝》は、己の全存在と生命の灯火を燃やし尽くすかのように、全身の至るところから禍々しくどす黒い漆黒の魔力を激流のごとく大気へと吹き上げさせながら、世界を激震させる最期の猛烈な大咆哮を空高く轟かせた。


『グオオオオオオオオオオオオオッ!!』


その大地すら裂かんばかりの狂乱の叫びに呼応するかのように、周囲の傷ついた地表が爆発的な衝撃とともに無残に激しく割れ砕け、周囲に無数に転がっていた崩落した高層ビルの巨大な残骸群が、重力を完全に無視するかのようにふわふわと宙へと浮き上がり始める。


そして次の瞬間、何百トンもの質量を誇る超重量級の瓦礫の山々が、あらゆるものを粉砕し尽くす凶悪な破壊の嵐と化して、一直線に月詠霞の立つ場所へ向かって猛烈な勢いで襲い掛かっていった。


「霞様っ!!」


目の前に押し寄せる絶望的な破壊の光景を目にして、隊長の海斗をはじめとする精鋭部隊の面々は、思わず叫び声を上げながら手に汗を握り締める。


しかし当の霞本人は、迫り来る瓦礫の大嵐を前にしても逃げる素振りすら一切見せることなく、ただ面倒くさそうに心底呆れた様子で小さく可憐なため息をついた。


「……本当に、往生際が極めて悪い虫ケラね。」


彼女は美しく細い右手を、可憐な動作で空へ向かってゆっくりと静かに持ち上げる。


するとその白く小さな指先へ向けて、世界中の光をすべて集めてしまったかのように目眩く眩い白銀の輝きが、夜空に煌めく一番星のごとく急速に収束し集まり始めた。


彼女の指先に集った眩い神気は、瞬く間に天を穿ち貫くほどの絶大なスケールを誇る巨大な光の神槍へと急成長を遂げ、周囲の空間そのものを目に見える波動となって烈しく歪ませていく。


その凄まじい現象の煽りを受け、遥か遠く離れた中央シェルター内に設置されていた高精度の観測機器群が、一斉に危険を示す異常数値を弾き出し始めた。


「観測中のエネルギー反応、加速度的に急上昇中!」


「もはや数値を正常に計測することすら不可能です!」


「高負荷により測定器内部の回路が耐えきれません!」


「全システムのデータ処理が限界を超え、完全にオーバーフローを起こしています!」


集結していた先端科学の研究員たちが、己の目の前で跳ね上がる異常な数値の数々にパニックを起こし、絶叫のような悲鳴を次々と上げる。


しかしスクリーンの向こう側の戦場では、当の霞が何事もないかのように凛とした美しい声で静かに口を開いていた。


「あなた程度の取るに足らない存在に向かって解き放つには、少々大げさすぎるほどの力ではあるけれど……。」


「これ以上無駄に暴れられても見苦しいだけだし、ここで引導を渡して終わらせてあげるわ。」


その至高の宣告の一言とともに、霞は頭上に掲げた眩い光の神槍を、まるで散歩のついでであるかのように軽く前方へと振り下ろした。


「──《神槍・天断しんそう・てんだん》。」


次の瞬間。


世界そのものが、一切の色彩を失って真っ白な神威の光へと染め上げられた。


あまりにも常軌を逸した圧倒的な神威の前には、音の波という物理現象すらも置き去りにされ、天地を揺るがすはずの轟音すらも聞こえない完全なる無音の世界が訪れる。


一直線の軌跡を描いて放たれた無慈悲な白銀の神槍は、黒鋼帝が死に物狂いで放った膨大な漆黒の魔力を一瞬の猶予すら与えず綺麗さっぱり蒸発させ、その山のごとき巨大な肉体を真正面から容赦なく貫通していった。


そこに抗う術たる抵抗など、最初から何一つとして存在しなかった。


怪物が誇っていた至高の防御体制すらも、神の威光の前には一切の意味をなさなかった。


鋼鉄よりも遥かに強固であったはずの漆黒の重装甲は、まるで乾いた紙切れのように易々と引き裂かれ、山と見紛うばかりの巨躯は眩い光の粒子へと分子レベルで速やかに分解されていく。


『……グ……ォ……』


それが、地上の災厄として君臨し続けた怪物が残した最期の声であった。


末期の悲痛な断末魔の叫びすら最後まで上げ切ることすら叶わぬまま、災害級特定指定魔物《黒鋼帝》の存在は、美しい白銀の粒子となって空の彼方へと静かに溶けて消え去っていった。


そして、怪物の巨躯が完全に消滅したその直後のこと。


ドクン──。


かつて絶対的な怪物が鎮座していた崩落の爆心地点に、人類がこれまで目にしたことすらないほどに巨大で神秘的な魔石が、地響きとともに静かに転がり落ちた。


それは怪しくも美しい深紅の輝きと絢爛な黄金色の光が複雑に交ざり合い、生きているかのように脈動を続ける至高の結晶体。


赤ちゃんの背丈を超えるほどの大きさを誇る、規格外の超巨大魔石であった。


霞はそのあまりにも重厚な大塊の元へと優雅に歩み寄ると、それを片手だけでまるで羽毛でも扱うかのように軽々と持ち上げてみせた。


「ふふ。」


「思っていたよりもずっと不格好だったけれど、これは献上品としてなかなか質の良い魔石じゃないかしら。」


その頃──。


中央作戦会議室の中は、まるで時が完全に止まってしまったかのように、集まった誰一人として言葉を発することすらできず重苦しい沈黙が支配していた。


部屋の壁面を埋め尽くす巨大な大型メインスクリーンには、この三年間人類を絶望の底に突き落とし続けてきた災害級の怪物《黒鋼帝》が、あの可憐な少女の放った白銀の一撃によって綺麗さっぱりと完全に消滅してしまった奇跡的な瞬間が、自動プログラムによって何度も何度も繰り返し再生され続けていた。


一度。


二度。


三度。


どれほど目を凝らして何度見返してみたところで、スクリーンの向こう側で起きている決定的な結果が変わるようなことは決してなかった。


「……ただちに解析結果を報告しろ。」


統合作戦司令官が、喉を絞り出すかのような重々しく掠れた声で静かに尋ねた。


端末と向き合っていた専門研究員は、あまりの異常事態に言葉を失い、ただ力なくゆっくりと首を横に振ることしかできなかった。


「……解析データは、何一つとして存在いたしません。」


「存在しない、とは一体どういう意味なのだ!?」


「現代のあらゆる計測機器をもってしても……一切の物理的な解析が不可能なのです。」


「怪物《黒鋼帝》の存在は……。」


研究員は、恐怖と混乱によってガタガタと全身を激しく震わせながら絶望的な報告を続けた。


「ほんの一瞬の出来事によって、その身体の構成物質や存在そのものが完全に空間から消失してしまっています。」


「怪物の細胞片ひとつすら残っていません。」


「周囲に漂っていたはずの膨大な残留魔力すらもゼロです。」


「飛び散った肉片や血痕の類すら何一つとして存在しておりません。」


「爆心地点に残されたのは、あの背丈ほどもあるあまりにも巨大な魔石の結晶体だけでございます。」


その報告を受け、作戦会議室全体が凍りついたかのように再び静まり返った。


これまで人類は、生き残りと尊厳を懸けてあの黒鋼帝に対して幾度となく総力を挙げた決死の攻撃を試みてきた。


陸上自衛隊が誇る分厚い装甲の主力戦車隊。


遠距離からピンポイントで威力を叩き込む高精度巡航ミサイル。


航空自衛隊から投下された超重量級の大型航空爆弾。


地下深くに潜む目標を打ち砕くための最新型地下貫通弾。


それら人類の科学の枠組みを集結させた兵器の全てが、怪物の誇る重厚な外殻の前にただの一傷すら与えることができず通用しなかったのだ。


それにもかかわらず。


あの崩れ落ちた高速道路の上に舞い降りた一人の可憐な少女は。


たった一振りの攻撃──わずか一撃のもとにあの災厄を討ち滅ぼしてしまったのである。


「……もはや、あれは我々と同じ人間などでは断じてない。」


誰かが、今にも崩れ落ちそうなかすれ声で呆然と呟いた。


「少なくとも、我々と同じ物理法則や生命の概念の中で生きている存在などでは決してないのだ……。」


そのあまりにも圧倒的な事実と恐怖を前にして、真っ向から否定できる者などこの場には誰一人として存在しなかった。


内閣総理大臣・神宮寺隆一は、組んでいた手をそっと解くと、吸い寄せられるようにゆっくりとした足取りでメインスクリーンへと歩み寄っていった。


スクリーンの向こう側には、討伐を終えて巨大な魔石を片手に抱えながら、こちらの中央シェルターがある方角に向かって優雅に歩みを進め始める少女・月詠霞と、彼女に従う十人の精鋭戦士たちの姿が鮮明に映し出されていた。


「彼らの予測進行方向をスクリーン上に表示させなさい。」


「は、はい! 只今進行ルートの解析ラインを表示させます!」


オペレーターが引きつった手つきで操作卓のキーを叩くと、白飛びした地上のマップの上に一直線の鮮やかな赤色線が引かれた。


その赤い光の線の明確な終着地点。


それこそが──。


彼らが今まさに身を潜めている、この日本政府中央地下避難拠点『中央シェルター』そのものであった。


「……間違いなく、真っ直ぐこちらへ向かって来ているな。」


その決定的な事実に、作戦会議室の中のピリピリとした緊迫した空気が目に見えて極限まで張り詰める。


防衛大臣が、あまりの圧迫感に耐えかねたように椅子を蹴って勢いよく立ち上がった。


「総理!」


「万が一の最悪の事態に備え、地上へ通じる第一防衛線の自衛隊部隊に迎撃・防衛体制を──」


「……いや、その必要は全くない。」


神宮寺総理は、言葉を挟む余地を与えないほどの静かな気迫をもって、防衛大臣の発言を力強く遮った。


「しかし総理! 相手の真の目的も判明していない状況で防衛体制を敷かないなど危険すぎます!」


「君もその目でしかと見ただろう。」


神宮寺総理は、画面に映る美しくも恐ろしい少女の姿から一切視線を逸らすことなく、静かに語りかけた。


「あの三年間人類が束になっても傷一つ付けられなかった災害級の怪物《黒鋼帝》を一撃のもとに跡形もなく滅ぼしてしまうような超越的な存在に対して、我々人間の持っている鉄の銃弾や兵器の類が多少なりとも通用すると思うかね?」


その問いかけに対して、防衛大臣も自衛隊の最高幹部層も、ぐうの音も出ず誰も何ひとつ答えることができなかった。


「こちらから愚かにも軽率な敵意や武器を向けてしまえば。」


「……その瞬間に、我々五千人の生命もこの国家の最後の灯火も、一瞬で跡形もなく滅び去って終わるだけだ。」


神宮寺総理はゆっくりと身体を振り返らせ、会議室に集まった国家の中枢たる幹部たちの一人ひとりの顔を力強い眼光で見つめ返した。


「ならば、極限状態の中で我々が選択して進むべき道はただ一つしかない。」


その掠れた声には、この悲惨な三年間という絶望の年月において、死と隣り合わせの中で国民と国家を必死に支え続けてきた最高指導者としての不退転の覚悟が重々しく宿っていた。


「直ちに地上の全防衛部隊に対して武器を完全に収めるよう通達しなさい。」


「そして──。」


「この国の最後の代表として、最大限の礼節と敬意を尽くしてあの方々をお迎えするのだ。」


総理の放ったその言葉の重みに、防衛大臣も、自衛隊の最高幹部たちも、溢れ出る汗を拭いながらゆっくりと、しかし確実な決意をもって深く深々と頷いた。


今まさに彼らが目の前にして対峙しようとしている存在は、単に危険な災害級の魔物を討伐してくれた一介の英雄などでは決してない。


これまで人類が積み上げてきた常識や科学の枠組みを根底から全て超越してしまった、圧倒的な超常の存在。


それこそは、人類が遥か古来より口伝や神話の中でしか語り継いでこなかった、本物の「神」と呼ばれる存在そのものだったからである。


「……全館全階層に向けて、最高優先度の緊急放送の回線を開きなさい。」


神宮寺総理の静かな指示を受け、即座に中央シェルター内の全エリアに通じる館内緊急放送の回線が接続された。


深く静かな吐息を一度整えた後、神宮寺総理はマイクに向かって、この地下施設の中で必死に生き延びている五千人もの生存者たちに向けて、語りかけを始めた。


「中央シェルター内に避難されている全ての国民の皆さん、どうか心を落ち着けて私の声を聞いてください。」


暗く殺風景な地下施設のあらゆる通路や部屋に設置されたスピーカーから、聞き慣れた内閣総理大臣の落ち着いた声が重々しく響き渡っていく。


狭い配給所の長蛇の列に並び、わずかな食事を大切そうに受け取っていた哀れな人々も。


薄暗い応急病室のベッドの上で、静かに横たわっていた多くの患者たちも。


地上へと通じる重厚な防壁の前で、銃を握り締めて緊張した面持ちで整備を行っていた自衛官たちも。


地下施設にいる全ての人間が、ただならぬ雰囲気を察して一斉にその足を止め、天井のスピーカーへと耳を傾けた。


「……先ほど、この三年間という長きにわたり我々人類を死の恐怖と絶望によって苦しめ続けてきた災害級特定指定魔物《黒鋼帝》が、完全に討伐されました。」


そのあまりにも衝撃的な一言が発せられた瞬間、館内の至るところで「嘘だろ……」「あの化け物が……?」という驚愕と困惑のざわめきが一斉に沸き起こった。


「しかし、あの絶対的な怪物を討伐したのは、我が国の自衛隊の力によるものではありません。」


「当然、我々政府や既存の兵器の力によるものでも一切ないのです。」


神宮寺総理はそこで言葉を一度区切り、深く息を整えてから静かに言葉を続けた。


「……間もなく、あの恐ろしい化け物を一撃のもとに討ち滅ぼしてくださったその偉大な方々が、この中央シェルターの扉の前へと到着されます。」


「全職員、全生存者に強く命じます。決してあの方々に対して愚かな敵意や疑念の目を向けないでください。」


「恐れる必要も、パニックを起こす必要も一切ありません。」


「我々生存者は全員で……。」


神宮寺総理は胸の奥から深く静かに息を吸い込み、魂を込めて最後の言葉を紡ぎ出した。


「崩壊したこの世界で人類を救ってくださった偉大な恩人の方々を、我々が持ち得る最大限の敬意と感謝の心をもって、温かくお迎えいたします。」


スピーカーからの放送が静かに終了すると同時に、広大な地下シェルターの全域は水を打ったかのようにしんと静まり返った。


その場にいた誰もが、あまりにも規格外のニュースに信じられないといった驚愕の表情を浮かべながら、隣にいる者同士で顔を見合わせることしかできなかった。


そして──まさにその同じ時刻。


太陽の光が虚しく降り注ぐ地上の世界においては、月詠霞を筆頭とする十人余りの精鋭部隊が、中央シェルターの最深部へと通じる分厚く重厚な巨大鋼鉄隔壁のすぐ目の前まで、ゆったりとした圧倒的な足取りで歩みを進めていたのであった。

読んでいただきありがとうございます!

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