信じられない力
◇
「監視カメラの映像を限界まで拡大しろ!」
中央作戦会議室の中に、統合作戦司令官の切迫した怒号が雷鳴のように重々しく響き渡った。
「は、はい! 只今拡大操作を実行します!」
オペレーターの男性は恐怖と混乱で激しく震える手で操作卓のキーボードを死に物狂いで叩きつける。
地下施設内の各所に設置された地上監視用の無人カメラのうち、三年間の壮絶な崩壊を奇跡的に生き延びていたわずか数台の映像が、巨大なメインスクリーンへと次々に切り替えられて映し出された。
しかし──。
「駄目です! 状況を捉えきれません!」
「光源があまりにも強烈すぎて、レンズの映像が完全に白飛びを起こしています!」
画面の全域を隙間なく埋め尽くしていたのは、あまりにも目眩く眩しい純白の光芒であった。
それはまるで、天上に輝く太陽そのものが地上の瓦礫の街へと舞い降りて降臨したかのような、言葉を絶するほどに神聖で絶対的な輝きであった。
「熱源のデータはどうなっている!? 状況を報告しろ!」
「通常兵器や爆薬の燃焼反応では一切ありません!」
「有害な放射線反応、一切検知されず!」
「核分裂・核融合反応、ともに反応ゼロ!」
「さらに、既存のあらゆる魔物が発する魔力波形とも一切一致いたしません!」
集結した専門研究員たちが、端末から叩き出される異常な分析結果を次々と絶叫するように報告する。
「未知の超高エネルギー体です!」
「こんな異常な現象……現在の人類が保有するあらゆる科学技術の延長線上では到底あり得ません!」
あまりにも常識を逸脱した現象に、作戦会議室の中は蜂の巣をつついたような怒号と騒然たる混乱に包み込まれる。
まさに、その最中のことだった。
「司令ッ!!」
別のオペレーターの男性が、椅子を激しく倒しながら弾かれたように立ち上がった。
「黒鋼帝に動きがありました! 黒鋼帝が動きます!」
会議室にいた全員の視線が、吸い寄せられるようにメインスクリーンへと一斉に集められる。
そこに映し出されていたのは、体長五十メートルを超える圧倒的な巨大怪物《黒鋼帝》。
この三年間の長きにわたり、地上のその場から微動だにせず一歩も離れることのなかった災害級の巨大魔物。
その山のごとき超巨大な躯体が、地響きとともにゆっくりと、しかし確実に立ち上がり始めたのである。
「なっ……! 一体何が起きているのだ……!?」
「初めてだ……奴が自分から動くところなんて、この三年間で一度だって見たことがない……!」
黒鋼帝は、巨大な建造物すら容易く押し潰す重厚な巨体を持ち上げ、ゆっくりと頭部を天へと持ち上げていく。
その禍々しく巨大な眼球が見つめる先。
そこには、世界を白く染め上げる神々しい白銀の光が存在していた。
そして──
『グオオオオオオオオオオオオッ!!!』
大気を激しく震わせ、地下空間にまで地鳴りとなって響き渡る凄まじい大咆哮が、地上の世界へと解き放たれた。
「他の魔物の群れも一斉に動き出しました!」
「周囲の鋼殻獣群!」
「上空を旋回する飛竜型魔物!」
「さらには特級の大型種までもが連動しています!」
「総数……二百!」
「いえ、加速度的に増加しています! 既に三百頭を容易く超えています!」
地上のあらゆる方角から、無数の魔物たちがその狂暴な紅い眼光を輝かせ、あの白銀の光が放たれている中心地に向かって津波のごとく集まり始めていた。
「まるで……。」
国家の科学顧問を務める老研究者が、顔から血の気を完全に引かせて青ざめる。
「王が立ち塞がる強大な敵を迎え撃つために、自らの軍勢を総動員して集結させているようだ……。」
その場にいた誰も、その恐ろしい推測を否定することなどできなかった。
この絶望的な三年間において、知性の乏しい魔物同士がこれほど組織的かつ整然と連動して動いた例などただの一度として存在しなかったからだ。
それにもかかわらず今、怪物《黒鋼帝》は明確かつ強固な意思をもって、自らの配下である魔物の大軍勢を束ねて率いていた。
つまり──。
あの白銀の光の中心に君臨する存在は。
あの災害級の絶対的怪物すらも、本能的に全力を尽くして警戒しなければならないほどの超常的な脅威なのだ。
「……一体全体、何者だというのだ。」
内閣総理大臣・神宮寺隆一が、息を呑みながら静かに呟いた。
その頃──。
地上を覆い尽くす白銀の光の、まさに真中心。
激しい戦火によって半壊し崩落した高速道路の高架の上で。
月詠霞を主と仰ぐ十人の精鋭部隊が、威風堂々と整列を果たしていた。
全員が神具へと昇華した至高の武器をその手につよく握り締め、全身から煌々とした白銀の神気を濃密に纏い放っている。
その中央。
周囲より一段高く崩れ落ちたコンクリートの瓦礫へと優雅に腰掛けているのは、一人の美しき少女であった。
風にそよぐ長く艶やかな漆黒の髪。
吸い込まれそうなほどに深く、まるで夜空そのものを宿したかのような瞳。
圧倒的な白銀の神気を、あたかも羽織る衣装のように自然体で全身に纏う可憐な少女。
月詠霞。
彼女は白く細い指先で頬杖をつきながら、遠くの地平線を静かに見つめていた。
「……ようやくお出でなさったわね。」
その冷徹で美しき視線の先。
凄まじい地響きと地震のような揺れを巻き起こしながら、暗雲の向こうから姿を現す超巨大な黒い影。
その怪物が一歩足を踏み出すたびに。
周囲に残されていた高層ビルの残骸が無残に崩れ落ち。
足元の硬質なアスファルトが粉々に砕け散っていく。
そしてその巨体の背後には、地表を隙間なく埋め尽くす数百頭もの魔物の大群が地平線まで押し寄せていた。
隊長の海斗が、あまりの光景に思わず息を呑む。
「これほどの規模と圧力とは……。」
副隊長の圭もまた、槍を握り締める己の手のひらにぐっと力を込めた。
「今まで地上で戦ってきた魔物たちとは、文字通り桁違いの存在感ですね。」
しかし、目の前で繰り広げられる絶望的な大軍勢を前にしてもなお、霞の表情は心底退屈そうであった。
「少しは退屈しのぎに楽しませてくれるかと思ったけれど……。」
彼女はため息をひとつ吐くと、ゆっくりとソファー代わりの瓦礫から立ち上がった。
「私の期待を裏切るような、つまらない期待外れじゃないといいのだけれどね。」
『グオオオオオオオッ!!』
黒鋼帝が空を裂くような大咆哮を上げた。
その直後の瞬間。
引き連れられた数百頭の魔物たちが、飢えた狂気とともに一斉に突撃を開始した。
大地が激しく激震する。
粉砕された瓦礫と粉塵が空高くへと巻き上がる。
それはまるで、世界を呑み込み全てを無に帰す黒い大津波そのものであった。
常人の人間であれば、視界に入った瞬間に絶望に狂い、心を砕かれてしまうような地獄の光景。
しかし。
最前線に立つ霞は、その場で一歩たりとも動こうとはしなかった。
「海斗。」
「はっ、御前に。」
「あなたたち。」
「群がってくる有象無象の雑魚どもは、全て任せたわよ。」
海斗は主からの信頼に、誇らしげに胸を叩いて嬉しそうにニヤリと笑った。
「謹んで、お命じのままに。」
圭もまた、鋭い眼光に揺るぎない笑みを浮かべる。
「霞様のお手を煩わせるような雑魚どもなど、一頭たりともお側に近付けさせはいたしません。」
神気を纏った十人の戦士が、霞の前に一歩踏み出す。
ただそれだけの所作で、周囲を支配する大気の圧力が劇的に一変した。
彼らの放つ眩い神気が、空間そのものを目に見える波動となって激しく振動させる。
「全隊員、武器を構えよ。」
海斗が鞘から静かに、そして力強く大剣を引き抜く。
磨き上げられた白銀の刀身が、太陽のごとく眩しく煌々と輝きを放った。
「霞様に、絶対なる勝利を献上するぞ!」
「「「応ッ!!!」」」
次の瞬間。
十本の白銀の軌跡を描く光芒が、迫り来る魔物の超大群に向かって真っ直ぐ一直線に疾風のごとく駆け抜けていった。
その信じがたい戦闘の始終を、遥か遠く離れた中央シェルターの生き残り監視カメラが、奇跡的にも鮮明に画面へと捉えていた。
「な……。」
オペレーターの男性が、画面を注視したまま目を限界まで見開く。
「人間……ですか!?」
「たったの十人だけです!」
「馬鹿な真似をやめろ!」
統合作戦司令官が、あまりの無謀さに画面に向かって叫び声を上げる。
「すぐに退避しろと通信回線を開け! 死にに行くようなものだ!」
「不可能です!」
「強烈な神気の妨害により、通信が一切届きません!」
内閣総理大臣・神宮寺隆一は、固唾を呑みながら息を殺してスクリーンを見つめ続けた。
地平線を覆い尽くす、三百を超えて押し寄せる凶悪な魔物の大軍勢。
それに対して立ち向かうのは、あまりにも頼りなく見えるわずか十人の人間たち。
そこにいた誰もが、数秒後に訪れるであろう凄惨で悲劇的な結末を疑いもなく確信していた。
──次の、まさにその瞬間訪れた奇跡を見るまでは。
ズドォォォォォン!!
大地そのものを揺るがす天地開闢のような轟音とともに、先頭を怒涛の勢いで突き進んでいた数十頭の鋼殻獣の群れが、一瞬にして眩い白銀の光に呑み込まれ、何が起きたかを理解する暇すらなく跡形もなく砕け散って消し飛んだ。
作戦会議室全体が、凍りついたかのように静まり返る。
「……は?」
出席者の誰かが、あまりの事態に間の抜けた呆然とした声を漏らした。
スクリーンの向こう側では、たった十人の戦士たちが、数百頭の凶悪な魔物の大軍勢に向かって正面から真っ向勝負で突き進み、なぎ倒していた。
その恐るべき圧倒的な姿は、もはや儚い人間などではなく──まるで古代神話の中で語り継がれる「神の軍勢」そのものの神威を誇っていた。
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